春の花 Ⅰ

文字数 1,418文字

 光も音もない、真っ暗な空間。そこにあるのは炎に縁取られた二つの輪だった。輪の中心には、楕円形の黒い穴があった。その火輪の前で、ガウェインは立ち尽くしている。
 一歩一歩、火輪に近づいていくと、背筋が震えて悪寒が走る。手を伸ばせば、届きそうな位置までたどり着いた。その時、ガウェインは二つの火輪が何なのか、ようやく悟った。

『よくも、よくも父上を…! お前だけは、お前だけは絶対に許さない‼』

 火輪が一層激しく燃え盛る。中心にある闇が、大きくなる。憎悪に満ちた瞳が、ガウェインを糾弾するように睨みつける。
「待ってくれ、違うんだ。俺は、知らなかったんだ!」
 火輪から帯状の火が放たれ、ガウェインの周囲を取り巻いていく。炎に囲まれたガウェインは、さながら火刑に処される罪人のようであった。
 業火と良心の呵責によって、顔を歪めるガウェインの耳に、聞き覚えのある声が響いた。
 
『知らなかった? そりゃあそうだろうなぁ。これから殺す相手の家族のことなんか、考える奴がいるかよ。誰でもそうだ。だがな。だからこそ、戦場に立つには、覚悟や執念が必要なんだよ。それが分からなかったお前に、救いの道なんてありゃしねぇぜ、小僧』

 高笑いが闇の空間に反響し、ガウェインの頭を揺さぶる。火輪はますます大きくなり、ガウェインを焼き尽くそうと襲いくる。
「どうすればいい⁉︎ 俺は一体、どうしたらいいんだ⁉︎」
 頭を抱えたガウェインは、膝から崩れ落ちた。すると不思議なことに、ガウェインを覆っていた炎も、火輪も、忽然と消え去っていた。
 ゆっくりと起き上がったガウェインはら辺りを見回す。背後に気配を感じて振り向くと、そこにはテレシア、ポルシャ、ルウェイン、ヒューウェイン、タバサがいた。皆一様に穏やかな笑みを浮かべ、ガウェインを見つめている。
「みんな…」
 自然と涙が溢れてきたガウェインは、導かれるように家族のもとに歩み寄った。
「ガウェイン」
 優しい母の声音がガウェインを包む。ガウェインはテレシアに駆け寄り、思い切り抱きついた。しかし、テレシアの体は、まるで石のように冷たかった。
「ガウェイン。ガウェイン、ガウェイン…。ガウェ、ガガガガ…」
 テレシアの体が震え、眼や鼻から血が溢れ出す。呻きを上げたテレシアは、悶絶した後に、口を大きく開いた。すると、テレシアの頭部が吹き飛んだ。
 ガウェインは悲鳴をあげる。テレシアだけではない。ポルシャやヒューウェイン、タバサも、全身から血を噴き出し、奇声をあげながらのたうち回っている。
「にいさん…」
 眼と鼻、口から血を流しているルウェインが、ガウェインに歩み寄り、かっと双眸を見開いてにやりと笑った。
「にいさんも、死ねばいいんだよ」
 ガウェインの首を、ルウェインの両手が覆う。ルウェインの手に力がこもり、ガウェインの気管を締め付けていく。
「みんな、苦しんで死んだ。そしてにいさんは、いろんな人を不幸にした。だから、にいさんも苦しみながら死ぬべきなんだ‼︎」
 視界がぼやけて、意識が遠のいていく。やはり、自分は許されないのだ。そう確信したガウェインは、静かに深淵へと沈んでいく。
 ガウェインの下半身が常闇に落ちた時、上空から木漏れ日のような光が差した。やがて光は太陽のように輝き、ガウェインを照らす。
(温かい。この温かさは、もう、ずっと忘れてしまっていた)
 ガウェインは光に手を伸ばす。降り注ぐ光が、ガウェインを柔らかく包んでいく。
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