清風、此処にあり Ⅳ

文字数 2,071文字

 キャメロット政庁の議場は水を打ったように静まり返っていた。
 アーサーには上座の椅子が用意され、次にヴィレムとマーリンが向かい合って座る。その次にアーサーの弟、ウィルフレドとブフォンが向かい合って座り、後は思い思いの席に着く。
 アーサーが議場に入ると、全員が居住まいを正した。席に着くと全員が一礼し、軍議が始まる。軍議の進行はウィルフレドが務めることになっている。進行役を任せたのは、頼りなかった弟を少しでも成長させたいというアーサーの考えだった。今は無難に進行を務め、平素よりアーサーの片腕として職務を遂行している。
 ウィルフレドがまずはじめたのは、この秋の収支報告だった。徴収自体はまだ実際に行われていないが、希望的観測がない、極めて正確な報告だった。領内をしっかりと把握していると、アーサーは満ち足りた気持ちになった。
 内政において一番の信頼を置いているのは、ディナダン・ル・ノワールだった。もともとテュンダーベル郡の役所で仕事をしていたが、ひとりで三人分もの仕事をこなしていた。民の陳情を聞く役割も担っていたため、アーサーの下では内政を任せることにした。
 ブリタニア州統一戦の際に加わったサーフィル・シャロンは、算術や計数に秀でた俊英で、領内の経済を任せている。サーフィルの提案した施策によって、ブリタニア州の税収は分断前よりも増している。
「次にウェリックス地方、リオグランデ州の情勢ですが、ウェリックス軍がリオグランデ州に侵入し、略奪をなすという報告が相次いでいます。我が軍も兵を出してウェリックス軍の撃退を行っておりますが、不意を打った襲撃には対応できていないのが現状です」
 リオグランデ州はアーサーの領地ではない。しかし、ザクフォン族が外敵とされている以上、その侵入を撃退するのは責務である。と、いうのが常識だが、ザクフォン族もまた、イングリッドランド王国から爪弾きにされた弱者といえた。
「王国中央があのような状態では、ウェリックス軍を本格的に討伐することはできますまい。しかしこのままいけば同じことの繰り返しです。どこかで手を打たなければならないでしょう」
 発言したのはヴィレムだった。そこから政務官も交えて、どういった手が有効か、議論がはじまる。時おりアーサーも口を挟みながら、議論が続く。
「いっそ、リオグランデ州を支配下に置く、というのなら、ずっとやりやすいのですが…」
 ついに来た。とアーサーは思った。言ったのは政務官のサーフィルだったが、幕僚の中から外征という言葉が出てくるのを、アーサーは待っていたのだ。サーフィルのひと言で火が付いたのか、外征について積極的な意見が出てきている。
 ウィルフレドがアーサーを横目で見る。一瞬、ウィルフレドと眼を合わせる。それですべて通じた。
「リオグランデ州のことなのですが、混血種(ハイブリッド)のコロニーに対して、不正に税を徴収していた疑いがあるとの報告がありました。その疑いがあるのは、ドムノニア州のフェリプ・マグナス卿です」
 議場が静寂に包まれた。信じ難い愚挙に、誰もが自分の耳を疑っているのだろう。そして、ドムノニア州のフェリプ・マグナスは、リオグランデ州の数郡を支配下においている。残りの郡は役人による統治のために、リオグランデ州をなんとかするのは、まずドムノニア州をなんとかしなければならないということになる。
「春先に我らの領内に、ウェリックス軍が侵入した。それについても、背後で動いた者がいる。もうわかるだろうが、フェリプ・マグナスだ。我らがウェリックス軍に敗退すれば、ブリタニア州の数郡を侵食できると考えたのかもしれないな」
 実際、そうだろう。おそらく武器や兵糧の都合もしていたに違いないのだ。
 卓を拳で叩いたのは、ケイだった。正義に対して厳格なケイからすれば、フェリプ・マグナスの所業は許し難い行為だろう。
「王国の民として認可していない混血種(ハイブリッド)から租税を取るとは。それが一郡の太守の行うことでしょうか マグナス卿には、何らかの罰が必要です」
 ウィルフレドが手元にある書簡をいくつか広げた。それはフェリプ・マグナスの印が押された書簡である。混血種(ハイブリッド)から税の徴収を行うよう、自分の配下に命じたものだった。それを見て、また議場が静まり返った。
「決まりですな」
 沈黙を破ったのはマーリンだった。さすがにいいところでまとめに入ってくれた、とアーサー思った。
「皇都ログレスに上申し、フェリプ・マグナス討伐の許可を取りましょう。これ以上放っておけば、必ずや禍の元となります」
 全員がマーリンの意見に賛同した。軍人も政務官も、意義はないようだ。
「わかった。それでは、我らはドムノニア州征伐に向けた準備に入ることにする。ログレスに上申してから本格的な準備まで、半年を要すだろう。このことは軍事機密とし、口外を禁止する」
 ウィルフレドが場をまとめ、軍議は散会となった。
 これで目標は固まった。家臣団の意思もひとつとなり、何の障害もなくなった。
 ドムノニア州攻めは、春先か、とアーサーはぼんやりと考えていた。
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