嵐の予感 Ⅳ

文字数 2,074文字

 夕食を終えたガウェインは、用意された自分の部屋にいた。エリューズの居館もまた、エルミトルの館と大差のない造りで、違和感はなかった。
 エレイン一行を襲った魔物を撃退したこと。そして戦死したデルーニ兵に弔意を示したことで、ガウェインに対する周囲の接し方が、明らかに変わった。
 これまではエレインと、イグレーヌ、侍女たちが親しく接してくれていたが、兵たちから向けられる敬意の眼差しを、ガウェイン自身も感じていた。
 不意に部屋の扉が叩かれた。椅子から立ち上がったガウェインは、部屋の扉を開ける。するとそこには、兵がひとり立っていた。
「お休みのところ申し訳ございません。ラウド将軍が、是非対面したいとのことです。どうかご足労願えませんか」
 兵が深々と頭を下げた。思わぬ来客に面食らったガウェインだったが、断るのもいかがなものかと考え、兵を待たせて支度をはじめた。
「ありがとうございます。それではついてきてください」
 居館を警固している兵はすべて、ラウドの指揮下にある。話は通じているようで、ガウェインが通ると直立して通行を許可された。
 ガウェインが案内されたのは、一階部分が練兵場になっている兵舎だった。腰に手を当てたラウドが、兵舎の前で立っていた。
「おう、ご苦労。もういいぞ」
 ラウドが早々に兵を払い、ガウェインとラウド二人だけになった。
「わざわざすまなかったな。飯後でかったるいだろう」
 声をあげて笑ったラウドの様子に緊張がほぐれたのか、ガウェインも少し肩をすくめてみせた。
「はい、少し」
 頷いたラウドが、兵舎の一階に入る。後について足を踏み入れたガウェインは、思わず声をあげた。石造りの外側と違って、練兵場の壁は木製だった。かつての家を思い出させる木の香りが、ガウェインの鼻腔をくすぐる。
「エレイン様とウチの兵が世話になったな」
 そう言いながらラウドが、ガウェインに木剣を差し出した。唐突な出来事に、ガウェインは首を傾げてしまう。
「見せてもらいたい。魔物を一閃したその剣撃をな」
 有無を言わさず、ラウドがガウェインに木剣を押しつけた。啞然とするガウェインに対して、ラウドが間合いを取った。
 ラウドが木剣を構えた。ガウェインはまだ躊躇いを見せている。その時、ラウドが突然殺気を放った。
 ガウェインは即座に木剣を構えた。闘気を放ち、ラウドと相対する。大きく息を吸ったラウドが、その巨躯に見合わぬ速さで、ガウェインに斬りかかる。
 ラウドの体重と膂力が乗った突進を、ガウェインはなんとか押し止めた。腕に痺れるような刺激が走り、まるで体が押し潰されそうな圧力を感じた。
 木剣が鍔迫り合い、ガウェインがラウドの一撃を耐えきったところで、ラウドがにやりと笑みを浮かべた。
「やるじゃないか」
 木剣を離したラウドが、殺気を放つのを止めた。荒い息をついたガウェインは、なぜこんなことするのか、訝しげにラウドを見つめた。木剣を振ったラウドが、ガウェインに背を向ける。
「だが、その剣、そして眼に、迷いがあるな」
 ラウドが肩越しにガウェインを見やった。
「お前さんの迷いがなんなのかわからないが、闘志を隠す必要はない。剣を持つことに、迷うこともない。強さは力だ。そして、その力によって救われる命もあるはずだ」
 胸を衝かれたガウェインは、ただ呆然として動けなくなった。心身が回復してからというもの、どうして自分が元の体力を取り戻そうとしているのか、実戦の勘を求めているのか、迷うことがあった。たった一度、握手を交わしただけで、ラウドはそれを見抜いていたのだ。
 ラウドがガウェインに向き合う。そこには穏やかな表情でガウェインと対するラウドがいた。
「なかなかの腕前だな。どうだ、エレイン様のもとで兵として働いてみようぜ!」
 拳をぐっと握りしめたラウドに、ガウェインぽかんと口を開けている。先ほどの気迫はどこにいったのかと言いたげであった。
「ガウェイン、お前さんには槍が似合うと思うんだよな。ちょっと待ってろ」
 人の意見を聞かない質なのか、困惑するガウェインを余所目に、ラウドが武器庫に入っていく。
(なんだか、すごい、疲れた)
 その疲労は剣合わせによるものだけではないだろう。すっかりラウドの空気に吞まれたガウェインだったが、不思議と不快に感じていない自分に驚いてもいた。
「ほれ、これ使ってみろ」
 ラウドが手渡したのは、穂先が一フィール(一フィール=三十センチ)以上はある、全長四トール(一トール=九十センチ)の槍であった。
大尖槍(グロース・ブレード・スピア)ってやつだ。使いこなせば、乱戦では無類の強さを発揮できるぜ。かつて、ウォーゼン様やロキ殿が愛用していた種類の得物だな」
「へ~え。…ウォーゼン様? ロキ殿⁇」
「あ」
 ラウドがわざとらしく咳払いをする。
「で、どうする。ガウェイン。使ってみるか?」
 ガウェインは手渡された大尖槍(グロース・ブレード・スピア)を握り締めた。
「はい。やってみます」
 ラウドが親指を立てた。
 再び兵として戦う。ガウェインは決意した。
 今度は復讐のためではない。自分の命を救ってくれた恩人であり、大切な人のために。
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