清風、此処にあり Ⅲ

文字数 2,127文字

 キャメロット城内にある政庁は、本営としての役割も果たしている。ここからブリタニア州全域を統治するための施策が発せられるのだ。
 アーサーの父ウーゼル亡き後、中央政治は混乱を極め、跡目争いが勃発して国内の治安は大きく乱れた。地方を任された貴族たちは王国政治に見切りをつけ、自分たちの支配する領地の強化に努めた。それだけでなく、隣接する領地への進攻を行うなど、まさに戦乱の時代へ突入していた。
 ブリタニア州を治めるアーサーも、領地支配を強化していた。東部でアーサーの勢力伸長は著しく、その勢いは王国中央にも伝わっていた。
 この日はブリタニア州各地に配置された主将たちも集めての軍議がある。アーサーの配下は、アーサーの友人やアーサー自身が幕下に加えた者。そして父ウーゼルの旧臣が混在している。それら新旧の臣下たちを取りまとめ、アーサーは強固な家臣団を形成していた。
 白のニュートン石(使用不能となった輝石や魔石を再加工し、素材としてよみがえらせたもの。耐性にすぐれ、魔法で色を自在につけられるのが特徴)で造られた政庁は、まるで神殿のような荘厳な雰囲気を醸し出していた。
 軍議が始まるまでまだ時間がある。しかし、勤勉なアーサーの配下たちは、すでに政庁に集結しつつあった。
 親衛隊五人を連れたガラハッドも、政庁に到着した。ガラハッドはヘンリック砦を拠点としており、対ウェリックス軍との戦線を受け持っている。
「ガラハッド」
 声を掛けられたガラハッドが振り向くと、そこには親衛隊を引き連れた長身の男がいた。
 男の名はケイ・ファーブル・マッケラン。眉間に深い皺が刻まれた人相と、鋭い視線、口髭と顎髭が、峻厳な印象を抱かせる。物静かで沈着。軍紀には厳しいが、その実同僚や部下への気遣いを欠かさない軍人である。
「ケイか、相変わらず気難しい顔をしてるな」
「こういう顔だ。悪かったな」
 こうした軽妙な掛け合いは、ガラハッドとケイの間ではお約束であった。共に旗揚げから付き従った股肱の臣である。気心は知れていた。
 ケイはブリタニア州の豪族の子息で、父をアルトリウスに殺されたため、アーサーのもとに馳せ参じた。ガラハッドとは以降、死線をくぐり抜けてきた戦友だった。
「どうだ、アクテーム州は?」
 ケイの受け持つ城はガルディアン城塞。アクテーム州に隣接する城であり、アクテーム州を治めるデュネア卿に対する牽制を担うが、デュネア軍の目下の敵は、隣接するプロデヴァンス州のシーマ軍であった。
「兵力は対シーマ軍に投入されていて、こちら側にはまるで兵がいない。デュネア軍よりも恐ろしいのは、シーマ軍だろう。伝わってくる話を聞いても、その精強さは脅威だ。早めに手を打ったほうがいいかもしれん」
 挨拶代わりに情勢を訪ねただけだったが、思ったよりも深刻な返答を聞いて、ガラハッドも難しい顔をした。
「は~い、お二人さん。どうしたの。こんなところで考えこんじゃって。巨体がこんなところにいたら邪魔でしょ。はい、入った入った」
 足を止めたガラハッドとケイの肩を叩いたのは、ルナイールだった。両手を伸ばして二人を政庁に押しやった。
 ルナイールを前にして何も言えなくなった男二人は、ルナイールの後を追うようにして議場に向かった。
 政庁内は整然としており、塵ひとつ落ちていない。時おり役人が忙しそうに廊下を走っていた。
 議場の扉前には長椅子が設えてあり、仮休憩をとれる場所があった。そこには軍議に出席する者たちが何人か集っていた。
「あら、ブフォン将軍」
 長椅子でパイプをふかしているのは、モルオルト・ブフォンである。アーサーの部将では最年長であり、かつてはウーゼルのもとで将校として働いていた経歴がある。かっかっと高い笑いをあげたブフォンは、三人を見回した。
「うむ、三者三様。息災でなによりだ」
 ブフォンは普段、オックス城を守備しており、南のドムノニア州に睨みを効かせている。
 三人がブフォンの前で一礼すると、通路から一人の男がやってきた。
 親衛隊と参事官を連れたがっしりとした骨格の大きな男。名をヴィレム・ペレンノアという。ブフォンと同じくウーゼルのもとで将校として戦った歴戦の将であり、ローエンドルフ軍を統轄する役割を担う、アーサーの配下の筆頭部将といえる軍人である。
 整えられた黒い髪を後ろで結び、顎には豊かな髭を蓄えている。左眼に負った刀傷と細い眼が、無骨な印象を増している。
「おお、ヴィレム」
 ブフォンが笑みを見せると、ヴィレムも笑顔で応えた。
「皆、息災なようで何よりだ。また顔を合わせることができて嬉しく思う」
 ヴィレムを前にして全員が一礼した。穏やかで冷静沈着。平等で公私混同しない姿勢は、すべての将兵から敬意を抱かれている。兵ひとりひとりにも声を掛けるその人望を信頼したアーサーが、全軍の統轄を任せたのだ。
 ヴィレム、ブフォン、ガラハッド、ケイ、ルナイール。この五人はアーサー挙兵からブリタニア州統一までに多大な功績を挙げた、ローエンドルフ軍の主柱である。五人が互いに敬意を抱き合うその関係性ゆえに、ローエンドルフ軍自体のまとまりも強固であった。
 この五人を総称して、ローエンドルフ五英将と呼ぶ。

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