花園の少女 Ⅳ

文字数 1,679文字

 エルミトルの町はいつもと変わらず穏やかであった。街路を行き交う人々の顔は明るく、生き生きとしている。
 活気に満ちているのは、市場も同じである。店を出す商人や店主が、町民に声を掛ける。
 エレインはイグレーヌと侍女を連れて市場に来ていた。街中を歩くのは珍しいことではないので、町民もエレインの顔を知っている。御用達の工房の職人が気さくに声を掛けてきたので、エレインもいつも通り挨拶をした。
「おや、エレイン様。お買い物でございますか?」
 エレインは野菜や果物を扱う露店で足を止めた。笑顔で呼びかける。
「はい。体に良いスープを作ろうと思って、野菜と果物を買いにきました」
「そいつはちょうどよかった。それならこれはいかがでしょうか」
 そう言って主人が差し出した麻の籠には、青々と色づいた葉菜だった。
「これはホリンといいます。下茹など火を通す必要がありますが、栄養もあって体力の回復を助ける効果もある、薬師認定のお野菜です」
 エレインがホリンという野菜を吟味する。いつもエレインが食べる野菜と比べて、青味が濃いのが特徴的であった。
「うん、じゃあ、これ買います」
「よしきた。それじゃあ、他の買い物と一緒にお包みしましょう」
 エレインはメークンやパウラムと一緒に、ホリンという野菜を購入した。代価を銀貨で払うと、侍女が荷物を持った。
「こんなところでいいかな」
 目的のものを手に入れたエレインは、館へと足を向けた。こうして自分で町を歩くことは、エレインにとって気分転換であり、習慣でもあった。
「あの子、大丈夫かな。まだ眼を覚まさないみたいだけど」
 エレインが言ったあの子とは、ガウェインのことだった。ガウェインを館に運び込んだものの、未だに目覚める気配すらないことに、エレインは不安を感じていた。
「侍医の診察でも、まずは体力の回復が優先とのことでしたから、今は様子を見るしかありませんね」
 エレインはただガウェインの身を気遣うだけだったが、イグレーヌは他のことにも気を配らなければならなかった。
 それはブラギやラウドからも言い含められていることで、ガウェインがエレインに害を及ぼすようなならば、即座に斬るべしとのことだった。エレインのためならば、斬ることなど容易いものだが、これだけエレインがガウェインを心配しているようだと、イグレーヌの心も痛むというものだった。
「ちょうどいいお野菜も手に入ったし、私、スープを作ろうと思う。たぶん、そろそろ眼が覚めるような気がするから。このスープはね、お母様が作ってくれたものなの」
 エレインの母は、フォルセナ戦争の最中に亡くなっていた。幼いころに過ごした母との生活を、エレインは幸せな思い出として記憶している。母が自分に注いでくれた愛情は、誰かに返していくべきだと思っていた。その誰かが笑顔になった時、自分も満ち足りた気持ちになることを、エレインは感じていた。
 だからだろう。エレインは戦争というものを嫌悪する。戦いは人々の笑顔を奪う悲劇だ。エレインはそう思っていた。それでも戦いがなくなる訳ではないし、終結のために戦いがあることも理解している。それでも、たくさんの命が露のように消えていくことに、深い悲しみを抱いているのだ。
 戦争で幸せを失ったことがあるからこそ、同じ傷を負う者を見捨ててはいけないと、エレインは常日頃から自分に言い聞かせていた。
 アンシャルからの帰路で出会った少年もまた、戦いで傷ついた者だということを、エレインは確信していた。侍医の診察によれば、戦争での刀傷が多数とのことだった。疲れ果て、平穏を求めてルウェーズに足を運んだならば、尚更手を差し伸べなければならない。
「大丈夫だよね、あの子」
 不安を打ち消すように、エレインは頷く。そんなエレインを気遣ったのか、イグレーヌがエレインの隣に立った。
「大丈夫ですよ、きっと」
 イグレーヌの微笑みによって安心したのか、エレインも笑顔を見せた。
「さあてと、それじゃあ、頑張ってスープを作ってみようかな」
 降り注ぐ光をいっぱいに浴びながら、エレインは館へと通じる階段を昇った。
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