旅立ち Ⅱ

文字数 2,609文字

 ベルゼブール四星。その聞き慣れない用語に、ガウェインは困惑した。
「四星っていうのは?」
「それも知らなんだか。デルーニ族で信仰されるアージュリ教には、主神ジュピスの下に、四星神と十二神がいる。四星神は星の運行を司り、十二神を束ねる。その神々にフォルセナ戦争の功労者を当てはめたのだよ。即ち四星、焔皇(バーン・ティラント)、シュルト・オーズ・ディートリッヒ。無限なる叡智(インビジブル・マトリクス)、ユーミル・マーリィ・クローセル。魔術の女王(ウィッチ・クイーン)、ルーフェイ・ファータ・モルガン。深紅の魔人(クリムゾン・ロード)、アレクセイ・ロキ。そして十二神将、黒の戦鬼(ブラック・オーガ)、ハウザー・ソール・オーウェン。天眼(ゴッド・アイ)、エスター・ディーン・マリス。神速陥陣(アイン・ファレン)、テュール・ヴィートス・アンドリュー。黄金の頭脳(ブリッツェン・インテルゲンツ)、イーゾルト・ケルーノ・ブランジァン。白虎牙顎(シルバー・ファング)、ヴェルフレート・ロイシュナー。絶対要塞(プロテクト・イージス)、ぺラム・ヘジン・ニュールズ。死告天使(ダーク・セラフィム)、ペルセフォネ・オズワルド・プラーナ。死の暴風(デス・テンペスト)、ヴィーダル・フォスター・ルーベック。雷獣(サンダー・ドレーク)、バルザック・バルバレスコ・バルドル。銀麗の騎士(シュテルン・リッター)、トリスタン・レーベンハイム。絶戦竜騎(デュアル・ドラグナー)、ラウド・デリング・ベルトラム。灼煌神魔(ブライト・サナトス)、ヘルヴォル・グレイス。それらを束ねるのが、武帝(ヘル・カイザー)、ウォーゼン・デュール・ベルゼブール」
「ラウドさんって、十二神将だったんですか⁉」
「そうだ。あの男を甘くみてはいかんぞ。最年少で十二神将に列せられたのは、トリスタンとラウドの二人だけだ」
 思い当たる節がいくつかあったと、ガウェインは思った。ウェリックス軍との戦闘における鮮やかな手並みと、戦術眼。ベルゼブール十二神将の一角と言われれば納得である。
「四星のひとり、アレクセイ・ロキが叛乱を起こした」
「そうだ。ペレファノールの戦いで完勝し、ウォーゼン様は態勢を整え、一気に攻勢を掛けるつもりであった。前線に兵力を集中し、自らは後方のアークレイ城塞にて、物資の補給を待った。そこを共に待機していたロキが突如造反。ウォーゼン様はアークレイ城塞の炎の中に消えた」
「それでどうなったんですか?」
 慌てるなと言わんばかりに、ブラギがお茶を注いだ。思わずガウェインはカップを手に取り、ゆっくりとお茶を飲み干す。
「それから全軍の指揮はシュルト様が執られた。ロキはウォーゼン様を討った後、自領に戻って戦闘の態勢を整えていた。そこをロキ討伐の主将に任命された、ハウザー将軍と、テュール、ペルセフォネが急襲。ロキは得意とする野戦で迎え撃ったが、ハウザーとテュールの連携によって敗走。城に籠ったが、ペルセフォネの魔法によって城壁を破壊され、最期はハウザーとの一騎討ちに破れて自害した。そのため、ロキが何故叛旗を翻したかは、今もって定かではない」
「それで、イングリッドランド王国軍は?」
「無論、その隙を見過ごすはずはない。宰相ウーゼルは全軍で攻め寄せ、エルグラードでシュルト様率いるベルゼブール軍の主力を打ち破った。この戦いで、ヴェルフレート、ペラムといった十二神将が戦死。さらにユーミル正軍師も病に倒れ、ベルゼブール軍は崩壊の危機に陥った。シュルト様はウォーゼン様亡きベルゼブール軍の統率に限界を感じ、イングリッドランド王国と休戦を結ぶことに決めた。ところが、それに異を唱える者がいた」
「それは、誰ですか?」
 ブラギが大きく頷く。
「ロキ討伐の功労者、ハウザー将軍と、テュールの両名だ。二人の意見にヴィーダル、バルドル、ヘルヴォルらが同調し、ベルゼブール軍は休戦派と抗戦派の二つに割れた。しかし、ベルゼブール軍の弱体化は火を見るよりも明らかだった。シュルト様はルウェーズ州国のベルナード公を介し、秘密裏に休戦の交渉を進めていった。そして、ついにラクスファリア条約が取り結ばれることになったが、これに激怒したハウザーやテュールらが、議場襲撃を画策した。事態を察知したエスターが、シュルト様にこれを報告し、モルガン様指揮のもと、ペルセフォネ、トリスタン、ラウドが従軍し、ハウザーらと交戦、捕縛するに至った。また、休戦交渉を行っている最中、シュルト様はエレイン様の身柄をルウェーズ州国に移している」
「当時、エレインのいたミネイロン州は、デルーニ族の勢力圏。つまり、ハウザーら抗戦派がエレインを擁し、第二の勢力となることを恐れたんですね」
「その通り。察しがよいな。捕縛されたハウザー将軍らは、協議の結果アースガルドから追放するということになった。フォルセナ戦争の功労者ではあったが、仕方がないといえるな。その後テュールらは、人口過密で溢れたデルーニを受け入れ、傭兵のようなことをやっているそうだ。ハウザー将軍の消息は不明。なんでも移送中に暴れ、谷底に転落したらしい」
 そこまで聞いて、ガウェインは大きく息をついた。ブラギがまた茶を注いでくれたので、それをゆっくり口に運んだ。
「…リエージュに真の平和をもたらすにはどうすればいいのか、ずっと考えていました。そして、今の話を聞いてわかりました。人間族とデルーニ族の共存。これが成って初めて、ザクフォン族にも混血種(ハイブリッド)にも、安息が訪れるのだと思います」
「人間族とデルーニ族の共存、とな?」
 ブラギが眼を見開いている。途轍もないことがガウェインの口から語られて、面喰っているようだった。
「はい。そのためには、まずイングリッドランド王国をなんとかしなくてはいけません。オズウェル・イワン・マイクロトフという男が、王国の実権を握っているうちは、人間族とデルーニ族の共存は成り立ちません」
 溢れだす思いを抑えるように、ガウェインは拳を握り締めた。ガウェインが何をしようとしているのか、ブラギにはわかったようだった。そっと、ガウェインの拳に手を重ねる。
「道は険しく、平らになることはないであろう。それでも、往くというのだな?」
 ガウェインは強く頷いた。この命に代えても、という思いがある。自分の身に起こったこと、エレインの身に起こったこと、過去に起こったこと、今、起こっていること、すべてを受け止めて、ガウェインは大きな決断をしたのだ。
「…若さとは、力であるな。よい。往くがいい。君の生きる道だ。しかし、たとえ何かに絶望しようとも、その信念を曲げるでないぞ」
「はい。わかっています」
 ブラギにお茶の礼を言ってから、ガウェインはエリューズの政庁を後にした。
 兵舎に戻りながら、空を眺める。
 迷いはない。そうガウェインは、自分に言い聞かせた。
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