炎 Ⅱ

文字数 2,008文字

 街路は霞が漂い、まだ城郭(まち)が眠っているように感じる。
 パランデュースと共に宿で一泊したガウェインは、朝早くに募兵所に向かった。昨夜はパランデュースと身の上を語り合った。
 パランデュースのスノーイ村は、交通の便が悪い貧村だった。両親は朝早くから働いて作物を育てていたが、隣町に安く買い叩かれ、収入はごくわずかだった。弟たちに腹一杯食べさせるために、両親に楽をしてもらうために、パランデュースはスノーイ村を出てきた。自分の境遇と重なって、ガウェインは胸が詰まる思いになった。
 募兵所には幾人かの武装した者たちが集まっていた。とにかく人手が必要、というのが伝わってくる。経歴や出自は重視されなかった。
 ガウェインは持参している武器と馬を使わせてもらえる、ということを条件に募兵に応じた。ヘイムダル傭兵団の名を出しただけで、募兵役を務めている隻眼の軍人が鼻息を荒くした。
「あの豪腕のゲッツが率いている、ヘイムダル傭兵団か。ビフレスト州を転戦とし、その武名は我らも知っている。兵を率いた経験はあるか?」
「あります」
 ヘイムダル傭兵団ではないものの、ラウドのもとで用兵は学んだ。兵を動かすことに不安はなかったガウェインは、迷わず即答した。
「ブリタニア州のローエンドルフ卿と一触即発の状態でな。すぐにも攻めてくるという噂なのだ」
「そうなのですか。ローエンドルフ卿はなぜドムノニア州を攻撃するのですか?」
 隻眼の軍人が少し口ごもった。何か後ろめたいことがある、とガウェインはすぐに見抜いた。
「我らがザクフォン族と通じていたとか、リオグランデ州から不正に搾取を行ったなどと吹聴しておる。どれもこれも、根拠のないものだ。本音はこのドムノニア州を欲しいと思っているだけだろう。浅ましい奴よ。実力もないのに、父の威光だけで成り上がったからな。少し思い上がっているのだろう。貴公には部隊をひとつ任せたい。一千の混成部隊だ。騎馬も百騎はつけよう」
 ガウェインは昨年の出来事を思い出した。ファルディオの依頼で、エレインと共に混血種(ハイブリッド)の難民を救出した時のことである。あの時、長老のロゼフという男が言っていた。

『いつ頃でしたか定かではありませんが、ドムノニア州の太守が我々に租税を納めよと申してきました。毎月、役人と軍が派遣されてくるのです。それによって、皆、瘦せ衰え、衣服も繕えないという有様でございます』

 ガウェインはパランデュースを自分の部隊に入れる了解をもらうと、隻眼の軍人の案内で兵舎に向かった。
「私はピスコ・サルデだ。もともと私も傭兵でな。マグナス卿に腕を買われて直臣に取り立てられたのだ。傭兵だと稼ぎはいいが、家族のもとにいてやれんのでな」
 そこまでの軍人ではないのか、ガウェインは威圧感を感じなかった。兵舎が珍しいのか、パランデュースがきょろきょろとしている。
 兵舎に荷物を置くと、甲冑と得物を持って城外へ向かう。ガウェインはパランデュースのために槍とブロードソードを選んでやった。
「お、重い」
 ガウェインの想像以上に、パランデュースはひ弱だった。そのため、ガウェインはブロードソードとショートソードを持たせた。
 ガウェインに与えられたのは混成の部隊だった。元傭兵、農民などが混じっている。動きもばらばら、合図にも従わない。ガウェインは頭が痛くなるのを感じた。
 戦闘では自分の指揮下に入ってもらうと告げると、後は任せたと言わんばかりに、ピスコが城内に戻った。
「パランデュース、いつでも逃げられる準備をしておくんだ」
「え?」
 パランデュースが首を傾げる。ガウェインは原野に並ぶ一千の兵を見た。
「マグナス軍は長くない。そう感じた。ドムノニア州一州を支配したのは、たぶん傭兵の力に依るものだったのだろう。しかし、今その傭兵はビフレスト州やミネイロン州に駆り出されている。だから慌てて兵を集めているんだ」
「どうしてわかったの? 傭兵の力だって…」
「俺がヘイムダル傭兵団の名を出したら、食いついてきた。そこでわかったんだよ」
 この混成の小隊を仕上げるのに、どれくらいかかるか。ガウェインはそう思った。まずは動きを素早くすること、合図を徹底すること。戦いが迫っている以上、出来ることはそれだけだった。
「パランデュースのことも鍛える。今のままじゃ、戦場で最初に死ぬ兵になるぞ。寝る間を惜しむことになるから、覚悟しておいてくれ」
「えー…。う、うん。わかった」
 パランデュースが少し怯えた表情になった。
 弱い兵というのは、味方の足を引っ張りながら死んでいく。そしてそれが、全軍に大きな損害をもたらすのだ。パランデュースのことを思うならば、徹底的に鍛え上げるしか方法はなかった。
(ゲッツ団長も、こんな思いだったんだろうか)
 在りし日の上官の姿を思い出し、ガウェインの胸に懐かしさがこみ上げた。大変な日々だったが、あれが自分を強くした、とガウェインは思った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み