第3話『魔王、泣かされる。』
文字数 3,432文字
突如現れた天界の見習い天使、ルルリエ。
会議室の中心に彼女を座らせた魔王達は、
厳しい尋問をすることとした!
はん! おとぼけになさってやがる。
いいか? ネタはバレてんだよ。しらばっくれてんじゃねえよ。
もういいんだよ。お前は頑張り過ぎだ。
……かつ丼、食うか?
もいっかい確認するね?
君は本っっっ当に天界の見習い天使なわけだね?
呑気なことを言ってる場合ですか!
相手は見習いとは言え、あの天界の天使ですぞ!?
またもや私の真名を……!
はい! 落ち着きまくります!
ダンゴという名前すらなくなってしまってはただの虫ですわ。
ゆっくりでいいんですよ?
自分のペースで話してください。
……改めて名乗らせていただきます。
私は、天界の見習い天使、ルルリエです。
天使の修行の一環として、また自身の知見を広げるために、魔界へとやってきました。
魔王様。バカっぽく見えるから黙っててくださいまし。
で、では……。
魔界の各所を周った最後に、魔界の主、魔王城を見ることにしたのです。
そして、あわよくば天界にも轟く、かの魔王を……。
あんたのせいで魔界全土がバカだと思われるじゃない!
それで……魔王城の傍まで来たのは良かったんですが……。
……はい。城が急に騒がしくなったので、思わず急いでしまい……。
それでいいのですか!?
え!? それでいいのですか!?
気にしないでくださいね。これがこの城の普通ですので。
落とし物が見つかったのですから、普通に考えれば天界に帰るのでは?
もちろんそのつもりです。
みなさんにはご迷惑をおかけしました。
魔王様魔王様。
それは捉え方次第では、天界への挑戦状にも聞こえますぞ?
そうですね。案外、軍を率いて戻って来たりするかもしれませんね。
ふふふ。本当にとても面白い方々ばかりです。
聞いていた魔界の民のイメージとは全く違いました。
人を喰らい、天使を喰らい、血で血を洗う混沌とした世界、種族。決して分かり合えることのない、敵を殺すことを躊躇わない野蛮な種族……そう聞いていました。
交流が途絶えて遥かな時間が経過していますしね。一方的な価値観や敵視観が、そういった幻像を生み出しているのかもしれませんね。
まったくです。
血を血で洗ってもキューティクルは守れませんよ。
あんたのキューティクルって何を指すんだっつーの。
そういうの一切不要じゃないのよ、あんた。
いやマジでハンパねえよ?
世界が変わるよ?
後で教えてあげる。
ふふふ。さてみなさん、あまりルルリエちゃんを待たせるのも申し訳ないですし、この辺でお別れにしましょうか。
あなたのような可愛らしい方ならいつでも大歓迎ですよ。
出来れば一人でお願いしますね。
軍隊とかシャレになりませんので……。
もちろんです。また近いうちに遊びに来ようと思います。
ではみなさん。
本当にありがとうございました。みなさんと出会えて、本当に楽しかったです。
そしてルルリエは全員に頭を下げた後、魔王と共に部屋を後にした。
そして、エントランス。
目の前の扉の隙間からは外の光が溢れ、その前で魔王は、徐に口を開いた。
……もう、ダメだよ?
そういう表情は最後まで隠していなきゃ。
まあここには僕と君しかいないし、他のみんなの魔力も部屋から動いていないから安心してよ。
監視なんて無粋なことは僕もしたくないし、みんなだってしてほしくないからさ。
まあね。うまく魔力をコントロールしてたようだけど、ここに来た経緯を話すときにさ、魔力が僅かに波打ってたよ?
ダンゴくんが嘘をつく時とおんなじ波動だったし。
僕だけじゃないと思うよ。たぶんマリアンナさんも気付いていたんじゃないかな。
それにしても、なかなか肝が据わってるじゃない。
堂々とペンダントを取りに来たり、迷うことなく天界の者というのを名乗ったりしてさ。さっき話してた魔界のイメージってのは本当だろうから、普通なら出来ることじゃないよ。
……その通りです。
私は、天界の聖天使を務めています。
そっか……。
となると、けっこうヤバいかもしれないかな。天界、本腰になってきてるんじゃないの?
……天界は魔界の混乱を好機と見ています。
そのための偵察を、大天使長より命ぜられました。
あちゃー。やっぱりか。
……でも、そんなに話してもいいの?
恥ずかしながら、私はここへ来るまで、みなさんを敵視していました。
ですが実際にみなさんと話して、それまで抱いていた感情が一方的なものだということを実感してしまい……。
先入観に囚われ、善意ある方を偏見の眼差しで見てしまっていたのです。
それは聖天使としてふさわしくありません。
私は構いません。
こうしてあなたと親密に会話すること自体、天使として懲罰を受けるだけのことになるので。その罰を受けることも、天使として当然のことです。
そしてみなさんのことは、天界に帰り話そうと思います。
敵は遥か昔に消え失せた、と……。
……なるほどね。それが天使ってわけだ。
でも、僕は嫌だな。こうして僕のせいで君が辛い思いをするなんてのはさ。
気にしないでください。
私は天界の者。もともとは干渉することのなかった存在。
全ては、私のせいなのです。
……では、そろそろ帰らせてもらいます。
魔王さん、ありがとうございました。
そしてルルリエは扉を開き、外へと一歩足を踏み出した。
もともとは干渉することがなかったのかもしれない。
君とは関わることはなかったのかもしれない。
それでも、僕らの中にはもう君はいるから。大切な友人として、心の中に刻まれているから。
そしてルルリエは城を後にした。
エントランスに佇む魔王は、閉じられた扉を見つめる。その眼は揺れ動き、何かを訴えていた。
彼女はこれからどうするのか。彼女が、どうなるのか。
それを考えた魔王の心に、耐え難い悲しみが募る。
その名を発した魔王は、険しい表情のまま立ち尽くしていた。
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