第9話『魔王、対決する。③』

文字数 3,281文字

 ユーンが激戦を繰り広げている最中、そこから遥か離れた森の中。
 太く延びた木々の隙間からは優しい木漏れ日が溢れ、森の香りが辺りに広がる。
 そして、その中に2つの椅子が並び、そこにはマリアンナとリューが座っていた。
 ティーカップを片手に持ち、実に優雅に……。
――本当に美味しいねぇ、この紅茶。
ありがとうございます。
おかわりはいかがですか?
いただくよ。
僕も紅茶、始めてみようかなぁ。

それでしたら、今度葉の選び方と美味しい淹れ方をお教えしますね。
ぜひお願いするよ。
楽しみだなぁ。
……あの、戦わなくてよろしいのでしょうか。私達……。
どうして?
先ほど、そのような話になっていた気がしまして……。
……ああ。それならもういいんだよ。
はぁ……。
さっきのあなたの移動魔法、見事だったよ。完璧とも言える。
詠唱の速度、とてつもない量のマナの形成、そして移動の不快感すらなく、尚且つそれぞれの組み合わせをほぼ同じ立ち位置で別々の場所に送り出す技。
マナの量も桁違いのうえ、その使い方も完璧と来たもんだ。
そんなあなたと戦えって?
冗談じゃないよ。
確かに僕は魔王一派の討伐に来たけど、出来ないことをわざわざするほど愚かじゃないさ。
それは、自殺行為って言われる愚行だ。
僕はあなたには勝てない。
絶対に。
勝てないからこそ、こうやって紅茶を飲んでいるんだよ。
買いかぶりすぎですよ。
謙遜を……。
むしろ、こうなることが分かってたんじゃない?
さあ……なんのことでしょう。
まあいいさ。
……それとさ、一つ聞いておきたいんだけど、いいかな?
なんでしょうか?
……魔王は、そんなあなたよりも強いの?
はい。
とてもお強いですよ。
……そうかぁ。
なら、討伐は諦めるかなぁ。
よろしいのですか?
僕は元々興味本位で付いてきたからね。
世界に轟く魔王の力……それを、この目で見たかったんだよ。
自慢になるけど、小さい頃から天才とか言われてたんだ。僕は。
魔術の基礎は幼年部に全てマスターしたし、小等部ではあらゆる魔術を使えていたんだ。
お前は天才だとか、お前に出来ないことはないとか。
そんなことを言われてきたんだよ。
素晴らしいですね。
でもある時、ふと思ってね。
全てを思い通りになるのなら、それなら僕の存在意義ってなんだろうって。
僕の魔術で全てが出来るのなら、僕は何をすればいいのだろう。これ以上、何を望めばいいのだろうって。
だから魔王に会いたかったんだ。
常軌を逸した魔王の力を垣間見て、自分の延びしろを知りたかったんだ。
手の届かない領域に触れることで、この世界に対して未練を感じたかったんだ。
そして僕はあなたに出会った。
尊敬の念すら感じるほどに、あなたは凄かった。
僕なんてまだまだちっぽけな存在に過ぎないことが分かったし、そういう意味では、僕個人の旅の目的を果たせたとも言えるね。
それなら、あなたはこれからどうされるのですか?
そうだねぇ……。
勇者やエレナ、ユーンのことは好きだし、当面は一緒に行動しようかなぁ。
とりあえず今は……。
今は?
紅茶のおかわり……
もらおうかな。
はい。
たくさんありますよ。
 そして、森の中のお茶会は続いていく……。
 一方その頃、セルフィーとエレナは、なせだか人間界の王都……それも、王族が住まう城の中にいた。
 煌びやかな装飾に、見るからに高級感のある机、椅子、食器類。絨毯は皺もなく、部屋には埃一つない。
 遠くからはクラシックの音楽が奏でられ、会話を阻害することなく、エレガントな雰囲気を演出する。
……。
……。
……お飲み物をお持ちしました、姫様
ありがとう。
突然戻り、驚かせてしまいましたね。
何をおっしゃいますか。
この城は、姫様の御自宅。私目共は、いつでも、姫様を御迎えしますぞ。
重ね重ねありがとう。
下がっていいですよ。
かしこまりました。
何かあれば、御呼びくださいませ……。
 そして男性は、一礼の後、部屋を後にする。
い、今の方は……?
この城の執事です。
ひ、ひつじ……!?
……そ、そうですわね!
乙女たる者、二足歩行で人の形をしていて言葉を喋るひつじの1頭や2頭くらい飼っていて当然……!
あ、あの……執事、ですけど……。
城の雑務を取り扱う、使用人のことで……。
――ッ!?
お、おほほほ!
冗談ですわ冗談!
そうそう! しつじですわ!
彼は、小さい頃から私に仕えてくれている者です。
私の、育ての親とも言えますね。
……それよりあなた。
人間界の王族だったのですね……。
いちおう、そういうことになりますね。
私の母は、現王の第3婦人にあたるので、王族と言われればそうかもしれません。
歯切れの悪い言い方ということは、何かあるのかしら?
……何かある、というほどではないのですけど。
先ほど言った通り、私の母は第3夫人で、父には第1夫人、第2夫人がいるんです。
そしてそれぞれの子である、異母兄弟が2人います。
二人の兄にはどちらにも王位継承権がありますが……。
私は女子ですし、王位継承権はありません。故に、私が王族と呼ばれるには違和感があります。
どうでもいいことで可能性を摘んでしまう……人間界の悪いところですわ。
でも、二人の兄はとても優秀なんです。
私なんて全然で……だから、そのことについては何ら抵抗はありません。
……ですが、仮にも私は王の娘。
この国のために、国民のために、何かを成したいと考えていました。
ですから、私は魔王討伐に参加したのです。皆は反対しましたが、それでも何か行動したかったのです。
……お母様は、なんと?
……母は、まだ私が幼い頃に他界しました。
……ごめんなさい。
ワタクシ、不謹慎なことを……。
気にしないでください。
それにきっと母なら、応援してくれたと思います。
……。
(……王族の軋轢に苛まれながらも国を想う悲劇の姫君。母亡き今、唯一の肉親である王は国の政に追われ到底親子とは呼べぬほど希薄な関係。育ての親に支えられ逆境に負けないほどに誇り高く高貴に成長し今まさに世界の敵たる魔王討伐を果たすべく足を踏み出す健気な少女……!)
(なんという、
 乙女力……!)
 エレナのこうげき!
 かいしんのいちげき!
 セルフィーは精神的ダメージを受けた!
(くッ……! けど、まだ負けませんわ!)
……あ、ごめんなさい。
私ばかり話してしまって……。
き、気になさらないでくださいませ。
ありがとうございます。
良ければお飲み物をお飲みください。
冷めないうちにどうぞ。
……これは……?
カプチーノです。
私が好きなもので申し訳ありませんが。
か、かぷちぃの……?
(なんですのこれ!?
 コーヒーや紅茶とは違うのかしら!?
 香りはいいですが……)
(そもそもどうしてそのような名前に……何かきっと、意味があるのですわ。何か、意味が……)
(かぷちぃの……かっぷちぃの……かっぷぁちぃの……かっぷあちいの……)
――ッ! 分かりましたわ!
 かぷちぃのとは、“カップ熱いの”が由来の造語……!
 おそらくは、熱々の飲み物を優雅にいただくという、乙女に課せられた修練のようなもの……!)
(それならば、ワタクシにもまだ勝機はありますわ!)
あ、あの……。
……オッホン!
ごめんあそばせ。少し、考え事をしていましたの。
そうだったのですね。
……申し訳ありませんが、ワタクシはもっと熱いかぷちぃのが飲みたいですの。
あっつあつのぐっつぐつに煮えたぎらせた地獄の釜のマグマのように、もっともっと熱くしてくださいませ!
え、えええ!?
あら……用意できませんの?
でもワタクシは飲めますわ!
飲んでみせますわ!
例え口の中の皮が醜く剥がれ落ちようとも、飲み切ってみせますわ!
ワタクシ、
乙女ですので!
……。
(ふふ~ん。これは、ワタクシの乙女力の勝ちですわね)
(この勝負、もろたで!
 ですわ!)
……申し訳ありませんが、おっしゃっている意味が私には分かりかねまして……。
へ?
かなりお熱い方が好みなのでしょうか……?
ですが、カプチーノはあまり熱すぎるとミルクとコーヒーの香りが消えてしまいますので、あまりオススメはできませんが……。
――ッ!?
 エレナvsセルフィーの乙女力対決……。
 セルフィーは苦戦を強いられていた……!
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登場人物紹介

魔王
若くして魔界を統べた英雄的新米魔王
めちゃくちゃ強いが、苦労人
ツッコむつもりもないのにツッコまざるをえない部下を多数持つ

イシリア
魔王の城のメイドさん
意外と真面目
魔王とは幼馴染

セルフィー
幼女と見せかけて単に幼児体型なだけ
ジョセフに恋する自称乙女
一度回復魔術を使えば、超絶スパルタウーマンと化す

スレイブ
戦闘&修行マニア
なんとか魔王をこっちへ引き込もうとしている
普通に強い

マリアンナ
魔界随一の魔術使い
敵であるはずの神を崇拝
いちおう味方

ジョセフ
色々謎な優男
そしてイケメン
女好き

ダンゴ
魔王の部下
一番の理解者兼一番の被害者
本名はルドル・バルト・シュバエルとかいう長ったらしい名前らしい
見た目からダンゴと呼ばれている

勇者
選ばれし者、英雄を約束されし者
そしてヤル気も既に失われし者
布団の中をこよなく愛する者

エレナ
回復術士
女神の如き優しさと寛大さを持ち合わせる聖女
単に天然なだけという噂もちらほら
ファンクラブは星の数ほどあるという

ユーン
女戦士、豪傑豪胆
勇者一行ツッコミ担当
そして勇者一行唯一の常識人

リュー
魔術師担当
おっとりとした口調が特徴
腹黒さは魔族並

ルルリエ

天界の聖天使。マジ天使。
大天使長リヒテルの実の妹
唯一とも言える良識人
魔王一派に圧倒されているが

リヒテル

天界の大天使長
なんか色々考えてるっぽい
めちゃくちゃ強い

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