第1話『魔王、驚愕する。』

文字数 2,218文字

 とある世界の果て。空には常に暗雲が漂い、陽の光を遮る。そのせいか昼間だというのに辺りは薄暗く、緑も少ない。大地はひび割れ、刺々しい岩が目立つ。
 まさにそこは魔界と呼ぶにふさわしいところであった。普通であれば誰も立ち寄らないような、死の大地。
 そこには、似つかわしくない城があった。
 その中で、一人の男の声が響いていた。
おーい。誰かいないかー?
おーい! おーいったら!
 とそこへ、廊下の奥から足音が。小刻みに、軽快に。
お呼びでしょうか魔王様。
うん呼んだ呼んだ。呼びまくってた。
誰も反応しないから無視されているのかと思って殺伐としてた。
あのさ、なんか今日さ、猛烈に嫌な予感するんだよね。
ほうほう、嫌な予感でございましょうか。
そうそう。なんかこういうの割と当たるんだよね、僕。
ってことで、みんな呼んできてくれない?
ええっ!? 私がでございましょうか!?
なんなの……。なんでそんな反応なの……。
いやだって……。みんな揃うのは中々難しいとは思うのですが……。
そこをなんとかするのが、召使いであるキミの役目ではないのかね?
そんな横暴な……。
とにかく呼んで来て! すぐ呼んで来て! さあ呼んで来て!
……パワハラで訴えてやりますよ?
ってことでよろしくー!!
 まるで言い逃げの如く、魔王は彼方へと走り去って行った。猛烈な勢いで。
に、逃げた……。
 そしてしばらくした後、玉座の間には魔王をはじめ彼の部下達が顔をそろえていた。
ま、魔王様……。どうにか全員連れてきましたぞ……。
もう偉い! よくやった! グッジョブ!
ねえ。私掃除とかで色々忙しいんだけど……。
ごめんねイシリアちゃん。ちょっと重要な用件があって……。
ワタクシもですわ。乙女の読書を邪魔しないでくださいませ。
……ちなみにどういった書物を……?
世界拷問大辞典。
それって乙女の読書なの!?
私も祈りを捧げていたところでしたのに……。
祈りって……誰に……?
神に。
それ敵だからね!?
俺はちょうど退屈してたところだから全然いいぜ!
おお……! なんと嬉しいことをスレイブ!
そんでなんか用か!? 修行か!? 修行なのか!?
迸るほどに熱い修行をするつもりになったのか!?
(ああもうめんどくさいから放置しておくかな……)
僕はむしろ呼ばれて嬉しいかな? こんなにも美しい女性の皆さんに囲まれていますし。
ジョセフ様! そう言っていただけると嬉しいですわ!
ワタクシ胸が張り裂けそう!
それは大変だ。それでは後で僕の部屋でゆっくりと――。
危ない会話はやめてもらえないかな?
魔王様。そろそろ話を……。
そうだった! 忘れるところだった!
ありがとうダンゴくん!
あのですね、何度も言っているとおり、私にはルドル・バルト・シュバエルという立派な名前が――!
ええみんなに集まってもらったのには理由があって……。
聞けやゴルァ!
ここんところなーんか嫌な予感がするっていうか、ムズムズするっていうか、虫の知らせっていうか。
とにかくそんな予感がするんだよね。
酷く曖昧な表現ね……。
要領を得ない話は耳障りですわ。
もっと具体的に話してくれるとありがたいですね。
だぁってそれしか言えないんだもん。
それはきっとお前の中の魂が叫んでいるんだ!
修行しろと!
それだけはない。
何か心当たりはありませんか?
心当たりかぁ……。うーん……。
どうせしょうもないことでしょ。
やらなきゃいけないことを忘れていたりとか。
ご飯を食べたか覚えていないとか!
みなさんの名前を忘れてしまったとか。
財布をどこに直したのか分からないとか。
帰り道が分からなくなったとか。
人をボケ老人みたいに言うのはやめてくれないかな?
戦いだ! お前の心は戦いを欲しているのだ!
君はとりあえず黙っていようか。
とにかく、そんな曖昧な言い方じゃ話にならないわよ。

そんなこと言われてもなぁ……。
……ああ、それはそうと、ついでに一ついいですか?
ん? どったの?
風の噂で聞いた程度なんですが。
ふんふん。
出発したらしいですよ。
出発……?
はい。
どこへですか?
ここへ。
どちら様がです?
勇者御一行が。
そういう話は最初にしてくれない!?
いえ、大した話ではありませんでしたので。
めっちゃ大した話じゃん!
魔界を揺るがす大事件じゃん!
来た来た来たあああ!
俺の時代が来たあああ!
なんで喜んでんの!?
そんなことよりそろそろ掃除に戻りたいんだけど。
そんなこと!?
勇者って掃除以下なの!?
ワタクシもそろそろいいかしら。読書の時間がなくなってしまいますわ。
勇者来ちゃうよ!?
その時間も差し迫ってるよ!?
あらあら。それでは、私は新しい紅茶でも準備しておこうかしら。
歓迎ムードなの!?
むしろ招くの!?
綺麗な女性がいると嬉しいんですがね。
ダメだからね!?
口説いちゃダメだからね!?
さっそく迎え撃つとするか!
うおおおおおお……!!
いやまだ来てないから!
まだだからね!
ちょっと!おーい!
……行っちゃったわね。
私達もそろそろお開きにしましょ。
ですわね。ではみなさん、ごきげんよう。
はい。それでは。
お元気でぇ。
 そして彼らは、背伸びをしたり雑談しながら部屋を後にしていく。
 その光景は、さしずめ授業が終わった後の教室のようであった。
……みなさん帰っちゃいましたね。
えええ……。
それで魔王様。これからどうします?
どうするって……どうしよう……。
 かくして物語は切って落とされる。
 はてさて、やる気のない部下を抱えた魔王はどうするのか。
 魔王の苦悩が始まる……。
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登場人物紹介

魔王
若くして魔界を統べた英雄的新米魔王
めちゃくちゃ強いが、苦労人
ツッコむつもりもないのにツッコまざるをえない部下を多数持つ

イシリア
魔王の城のメイドさん
意外と真面目
魔王とは幼馴染

セルフィー
幼女と見せかけて単に幼児体型なだけ
ジョセフに恋する自称乙女
一度回復魔術を使えば、超絶スパルタウーマンと化す

スレイブ
戦闘&修行マニア
なんとか魔王をこっちへ引き込もうとしている
普通に強い

マリアンナ
魔界随一の魔術使い
敵であるはずの神を崇拝
いちおう味方

ジョセフ
色々謎な優男
そしてイケメン
女好き

ダンゴ
魔王の部下
一番の理解者兼一番の被害者
本名はルドル・バルト・シュバエルとかいう長ったらしい名前らしい
見た目からダンゴと呼ばれている

勇者
選ばれし者、英雄を約束されし者
そしてヤル気も既に失われし者
布団の中をこよなく愛する者

エレナ
回復術士
女神の如き優しさと寛大さを持ち合わせる聖女
単に天然なだけという噂もちらほら
ファンクラブは星の数ほどあるという

ユーン
女戦士、豪傑豪胆
勇者一行ツッコミ担当
そして勇者一行唯一の常識人

リュー
魔術師担当
おっとりとした口調が特徴
腹黒さは魔族並

ルルリエ

天界の聖天使。マジ天使。
大天使長リヒテルの実の妹
唯一とも言える良識人
魔王一派に圧倒されているが

リヒテル

天界の大天使長
なんか色々考えてるっぽい
めちゃくちゃ強い

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