第3話『魔王、テンション上がる。』

文字数 2,525文字

 ゆるーく構える魔王達はさておいて、一方魔界から遥か遠くの遠くの、そのまた遠くにある小さな村。
 争いなんてなんのその。
 え? なにそれおいしいの? を地で行くような、のどかでへんぴで、それでいて、退屈な村。
 麗らかな日差しが村全体に降り注ぎ、近くの森林からは鳥の囀り、木々達の唄が聞こえていた。村人はみんな笑顔で生き生きと農作業をし、或いは商売をして、のんびりと生活を繰り返す。
 そんな村の中にある、小さな宿屋。そこに、勇者はいた。
 そして――。
めんんんどくさ。
もうヤル気出ね。
帰ろう。今すぐ帰ろう。
 ――勇者は、へこんでいた。
勇者さん……そんなこと言わずに……。
まあ気持ちは分かるわ。
あれは反則じゃん。アタシらフルボッコじゃん。
ああまで力の差を見せつけられたらさぁ。
僕らの気持ちも持たないよね。
だいたいさー。魔王もバカじゃねえのかね?
普通しょっぱないきなりあんなん送る?
無理ゲーじゃん?
 ――遡ること、数時間前。
――ああもうめんどくさ。
さっさと魔王倒してさっさと帰ろうぜ。
まだ出発したばかりじゃないですか……。
もう帰りたいんだよ。布団が恋しいんだよ。
夢の中が懐かしいんだよ。
お前ついさっきまで寝てたじゃん!
もうすっかり昼だよ!
おかげで出発も遅れちゃったんだよねぇ。
まあまあ。勇者さんにも悪気はなかったわけですし。
のんびりと出発していいじゃないですか。
もう……。エレナは勇者に甘いんだから……。
それにあんまりゆっくりしてたら、案外魔王からの刺客が――。
 金髪の青年――リューがそう呟くや、目のまえに突如魔法陣が浮かび上がる。
 そしてそこから、一つの影が湧き出て来た。そして……。
――あ、どもー。
あ、初めまして。
ええと……。影……さん?
あ、幻影っていいます。はい。
げ、幻影……?
変わった名前ね……。
では幻影さん?
今日はどういったご用件で?
いやですね、自分、魔王様に言われて来たんですよ。
生まれながらに死ぬ運命を背負った哀れな男なんですよ。
なんかヤケクソ気味に聞こえるな……。
うん? 今、魔王様って……。
あ、はい。
簡単に言えば、魔界の鉄砲玉です。
本当に刺客来ちゃったよ!
まじかー。刺客来ちゃったかー。
いや緩すぎるだろ!
まあ来ちゃったものは仕方ないねぇ。
とりあえず始めちゃいますか?
そうしていただけると僕も浮かばれます。
どこか並々ならぬ覚悟を感じますね。
 ふと、何かの駆ける音が。
へ?
 その足音が近付いて来る――。幻影がそう分かったと同時に、彼の体に閃刃が走った。
ぐへっ!?
 その一撃を受けた幻影は、力なく床に倒れた。
 そして刃を放った通り魔的犯人――勇者は、ゆっくりと立ち上がった。
はい終了ー。
いきなり不意打ち!?
卑怯というか手が早いというか。
勇者にあるまじき行為ですね!
まあまあそう言わずに……。え?
あれ?
おや?
はて?
いやお前だよお前!
あ、僕ですか?
うわ全然効いてねえ。まじかー。
あの……痛くありませんか?
それが全然まったく。
なんだかんだで直撃だったのに!?
残念ですが……。
 ひゅるる……と。花火が打ちあがるような音が幻影に近付いてきた。
んあ?
 幻影が気付くや、彼の体は爆発を起こす。
へぼぇ!?
 爆風に呑まれた幻影は、壁際へと弾き飛ばされてしまった。
 そして立ち込める煙の中で、リューは最っ高の笑顔を浮かべながら、満足げに言い放つ。
隙あり……です。
お前も不意打ちかよ!
ちょっと卑怯じゃね?
お前が言うなお前が!
そうだそうだ!
お前らの血の色は何色だぁあ!
うおい! また出て来た!
むぅぅ……。また無傷ですか……。
仮に傷があっても真っ黒だから分かりにくいでしょうけどね。
そのセリフいただき!!
なんの話してんだ!
あー。これちょぉっとマズイかもなー。
あの……なんかすみません……すみません……。
 謝る幻影の手からは光が溢れ出す。それは徐々に巨大になっていき、やがて
建物もろとも勇者達を吹き飛ばすのだった。
ぎゃあああああああ……!!
 悲痛な勇者たちの叫び声は、爆音の中に消えていった。
 
 ――そして、今。
まあ無理だな。ありゃ無理だ。とにかく無理だ。
あれはおそらく、魔王の幻影でしょうね。
……ということは、本物の魔王は……。
もっともっと強い、ということになりますねぇ。
……。
――帰るか。
待て待て待て!
さあ帰るぞ。すぐ帰るぞ。今すぐ帰るぞ。
落ち着こうか!
とりあえず一度落ち着こうか!
勇者さん……。あんなに落ち込んでしまって……。
そうかなぁ。
ここぞとばかりに普段の自分を出し切ってる気がするけどなぁ。
とにかくもう無理だろー。手下であれってどうよ。
でも、確かに由々しき事態ですね。
よりにもよって、最初の敵があれってのはねぇ。
これはあれだ。
まずは小手調べで、魔王の幻影を俺達にぶつけてだな……。
死闘の末幻影を倒した俺達が思うんだよ。
これが、魔王の力か……!!
みたいな。

そうする予定だったのがひしひしと伝わって来るな。
んなわけあるか!
どこの中二病だよ!
分からんぞ?
案外、こっちがレベル低いうえに装備だってまだ弱いのを忘れているのかもしれないだろ?
そんなバカみたいな魔王だったら苦労しないって……。
さすがに、かの有名な魔王がそこまでおバカだとは思えませんが……。
そうだねぇ。そんなバカ過ぎる魔王ってのはあり得ないだろうねぇ。
そっかー。いい線いってると思ってたけどなー。
とにかく、私達がまだまだ魔王に挑める段階ではないことは確かですね。
レベル上げ……するしかないか……。
それしかないねぇ……。
――……一つだけ、あっさりレベルが上がる秘策がある。
嘘!? ホントに!?
ああ……本当だ……。
いつになく自信満々だねぇ。これは期待できるかも。
あっ! という間にレベルを上げる方法……それは……。
それは……?
はぐれ〇タルを大量に仕入れるんだ。
闇市で。
んなもんあるかぁぁああ!!
 ……こうして、勇者たちのお先真っ暗な旅は始まるのだった。
 
 そして、一方その頃、魔王はというと……。
――ダンゴくん! マジかそれ!
そうやってトリートメント使うのか!
え? 私、いつもこうやって使ってますが変ですか?
変て言うかスゲエ!
うはっ! めっちゃテンション上がって来た!!
 ……お風呂で、はしゃいでいたのであった。
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登場人物紹介

魔王
若くして魔界を統べた英雄的新米魔王
めちゃくちゃ強いが、苦労人
ツッコむつもりもないのにツッコまざるをえない部下を多数持つ

イシリア
魔王の城のメイドさん
意外と真面目
魔王とは幼馴染

セルフィー
幼女と見せかけて単に幼児体型なだけ
ジョセフに恋する自称乙女
一度回復魔術を使えば、超絶スパルタウーマンと化す

スレイブ
戦闘&修行マニア
なんとか魔王をこっちへ引き込もうとしている
普通に強い

マリアンナ
魔界随一の魔術使い
敵であるはずの神を崇拝
いちおう味方

ジョセフ
色々謎な優男
そしてイケメン
女好き

ダンゴ
魔王の部下
一番の理解者兼一番の被害者
本名はルドル・バルト・シュバエルとかいう長ったらしい名前らしい
見た目からダンゴと呼ばれている

勇者
選ばれし者、英雄を約束されし者
そしてヤル気も既に失われし者
布団の中をこよなく愛する者

エレナ
回復術士
女神の如き優しさと寛大さを持ち合わせる聖女
単に天然なだけという噂もちらほら
ファンクラブは星の数ほどあるという

ユーン
女戦士、豪傑豪胆
勇者一行ツッコミ担当
そして勇者一行唯一の常識人

リュー
魔術師担当
おっとりとした口調が特徴
腹黒さは魔族並

ルルリエ

天界の聖天使。マジ天使。
大天使長リヒテルの実の妹
唯一とも言える良識人
魔王一派に圧倒されているが

リヒテル

天界の大天使長
なんか色々考えてるっぽい
めちゃくちゃ強い

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