第11話『魔王、対決する。⑤』

文字数 3,264文字

 各地で続々と決着が付く一方で、魔王と勇者は魔界の中心地、荒野にいた。
 草木は全く見当たらず、辺り一面渇いた砂と石しかない。暗雲が空を覆い、風が吹けば砂塵を巻き上げ視界を遮る。
 二人を邪魔する者もいなければ、見守る者もいない。無機質に広がる荒れた大地で、魔王と勇者は雌雄を決していた。
……。
 勇者は荒野を駆け抜ける。山のように動かない魔王の周囲を周りながら徐々に距離を詰める。
……。
 魔王は力なく立ちつつも、その視線は確実に勇者を捉えていた。
――ッ。
 勇気は跳び上がり、一気に間合いに入る。そして剣を振り抜くが、魔王が生み出した光の障壁が雷電と共に刃を遮る。
 だが勇者は動揺を見せない。あらゆる角度から何度も剣を振り抜き、隙を窺う。それでも魔王はあくまでも冷静に剣筋を見切り、全ての斬撃を防いでいた。
 バチ……バチ……と。
 稲光は魔王を囲むように光を放っていた。
チッ――。
 小さく舌打ちをした勇者は大きく後ろに跳び、魔王から距離を取った。
 そして着地と同時に剣を腰の鞘に収め、両の掌を合わせた。
聖なる光よ。
弾け我が敵を討て――。
 詠唱と共に重なる両手の隙間から光が溢れる。そして勇者が投げ出せば、光は槍のように魔王へと襲い掛かる。
無駄だって。
 魔王はゆるりと右手を前に出す。そして光を掌で受ければ、光は渦巻きながら縮小し、やがて消えた。
 魔術をも防がれた勇者だったが、彼に焦る様子は見られない。
……お前さー、いくらなんでも鉄壁過ぎんじゃねーの?
そりゃ防がないと痛いし。
痛いのやだし。
痛くしないとお前倒せないじゃんよ。
……あのさ、ちょっと言いにくいんだけどさ、いい加減諦めた方がいいよ?
……。
お世辞抜きに、君は確かに強いよ。
僕が今まで会った人間の中では断トツとも言えるね。
……でも、そんな君だからこそ、本当は分かってるんでしょ?
その程度の力じゃ、僕を倒すのは到底無理だよ。
仮に君たち4人全員が相手でも、僕に傷一つ付けることも出来ないよ。
……ま、そうだろうなー。
……君さ、なんか色々めんどくさがってるくせに、意外と色々考えているんだね。
さーな。
タイマンの件にしてもあっさり承諾したけどさ、あれも全部分かってたんでしょ?
だから敢えて自分が引き受けて、被害を最小限にしようとしたんじゃないの?
能天気を装うって辛いよね。
お互いに。
……はぁ。
 勇者は頭を手でわしゃわしゃとかきながら、一つため息をこぼす。
もう誤魔化すのもめんどくせえから素でいくわ。
勘弁しろ。
いいよー。
どうせ僕と君の二人しかいないしね。
あと、ここでのことはあいつらには内緒にしろよな。
俺のイメージに関わる。
おっけー。
 そして勇者は表情を変えた。
 その顔に、それまでの緩さはない。気の抜けた瞳には確かな光が宿り、真っ直ぐに魔王を見つめていた。
……お前が言ってたことは概ね合ってるよ。
お前の力は一目見ただけで分かったし、お前の仲間の力もある程度は推測できたよ。
そんで?
お前、強すぎ。
そんでお前の仲間も強すぎ。
化物だらけかよ。
あいつら頑張ってるだろうけど、たぶん勝てねえな。
悪いけど。
まあ、彼らに限って変にボコることはないとは思うよ。
スレイブは微妙だけど、あの子の場合は絶対に相手は殺さないし、再起不能にしたりもしないし。
それも何となくわかったからさ、お前が各個撃破を言ってきた時は正直助かったわ。
……ただ、理由は少しばっかし違うけどな。
……というと?
その前にさ、お前に教えとくわ。
俺さ、勇者勇者って言われてるけど、本当の名前があるんだよな。
当たり前だけど。
冴島悠希っていうんだよ。
変わった名前だろ?
確かに。
サエジマユウキ……長ったらしい名前だね。
ファーストネームは悠希だ。
冴島は、セカンドネーム。
俺の国では、セカンドネームを最初に言うんだよ。
へぇ……。
変わった国だね。
そりゃそうだろ。
この世界にはない国だし。
……どゆこと?
俺さ、この世界とは別の世界から来たんだよ。
いわゆる異世界人ってわけ。
面白い冗談……じゃないみたいだね。
こんな時にふざけるほど、空気読めないわけじゃねえって。
転移の禁術ってやつで来たらしい。
俺はよく分からないけどな。
……聞いたことあるね。
異界の扉を開くとされる、伝承の中だけの、秘術中の秘術だったはず。
たぶんそれだな。
それでエレナの城に呼ばれたんだよ。
……。
(……でもその術って、魔界の伝承の中だけで存在するわけで、人間界には知られていないはずなんだけどな……)
ってわけで、俺は異界の住民なんだよ。
……それで?
まさか自己紹介だけって言うつもりじゃないよね?
そりゃそうだろ。
……その秘術はな、召喚された奴に呪いをかけるんだよ。
“時忘れ”って言うんだけどな。
時忘れ……?
ああ。
その名のとおり、召喚された奴は時に忘れられるんだよ。
召喚された時のまま、そいつだけ、時が止まる……つまりは、一種の不老不死になるわけだ。
もちろん痛みは感じるし、ケガや病気で死ぬみたいだけどな。
それがなけりゃ、いつまでも今のまんまだ。
不老不死……信じられないけど……。
信じるもクソも、全部事実だし。
……でもな、その呪いは、自分で解けるんだよ。
解けば時が進むんだ。
なんかあってないような呪いだね。
そうでもないって。
異界の壁を無理やりぶち抜いて来たせいなんだろうけど、呪いを解いたらあり得ないくらいに時の流れが早く進むんだよ。
見た目は変わらないけど、代わりに寿命が縮むんだ。
比率で言うと、15分で寿命1年分くらいだな。
今俺の歳が18だから、たぶん15時間くらい解放したら死ぬだろうな。
……じゃあ解かない方がいいじゃん。
でもよ、時の力ってのはスゲエんだぜ?
そんだけの時間が圧縮されるからよ、解いてる間はすげえ力が出るんだよ。
それこそ、化物みたいな力がな……。
……。
 そして勇者は、四肢に力を込め始めた。
……で、話が戻るわけだ。
俺がお前とタイマン張りたかった理由は、俺が犠牲になるつもりじゃないんだよ。
この力のことは、あいつらは知らねえ。
だから、余計な心配されたくねえ。
そんで、この力はじゃじゃ馬過ぎてさ、加減が効かねえんだよ。
巻き込みたくねえんだわ。
それに、お前の仲間のことを気にしなくて済むからな。
お前さえ……魔王さえ倒せば、俺らの勝ちだ。
……。
この力使って戦うのは、お前が初めてなんだぜ?
ありがたく思えよ……!
 勇者は塞がれていた時を解き放つ。
 その瞬間、周囲に異変が起こった。
 空間は歪み初め、景色を曲げる。空は七色に染まり、禍々しいまでに彩られた。心がざわつき、耳鳴りが響く。魔王ですら気を抜けば倒れそうなほど、歪んだ圧力が勇者から放たれていた。
 そして異変が終われば勇者の体は溢れんばかりの輝きに包まれる。やがて輝きは背後で収束し始め、一輪の、光の輪が形成された。
 その膨大な力は、勇者の体が宙に浮く程であった。
……その光の輪は、君のマナそのものなんだね。
体からは溢れ出た凄まじいマナが具現化して、その輪っかを形成してるんだろうね。
理論上はあり得ないことはないだろうけど……まあ、あくまでも理論上での話。
現実的には、ぶっちゃけあり得ないね。
それこそ人智を遥かに超えたマナが必要だし。
理論上だとか現実的だとか、どうでもいいんだよ。
今目の前のことが事実だろ。
……さっきさ、散々人のことを化物呼ばわりしてたけど、ホントよく言うよね。
君は分かってるの?
その力は、この世界そのものを壊しかねない程に強大で、そして、危険な力だ。
今の君は、この世界の理から完全に外れてるよ。
君、本当に人間?
化物だよ。
お前と、同じな。
……。
(……こりゃ、本格的にマズイかな。こんだけのマナを持つ存在は、今まで見たことない。久々に鳥肌が立ってるわ……)
(さすがに本気でやらないとマジで死ぬかも。それでも、止められるかどうかは微妙なところだけどね……)
悪いが時間がねえんだ。
さっさと終わらせるぞ――!
――ッ!
 勇者は魔王に向け滑空する。圧倒的な力を携えて。
 そして魔王もまた、勇者を迎え撃たんがために構えを取るのだった。
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登場人物紹介

魔王
若くして魔界を統べた英雄的新米魔王
めちゃくちゃ強いが、苦労人
ツッコむつもりもないのにツッコまざるをえない部下を多数持つ

イシリア
魔王の城のメイドさん
意外と真面目
魔王とは幼馴染

セルフィー
幼女と見せかけて単に幼児体型なだけ
ジョセフに恋する自称乙女
一度回復魔術を使えば、超絶スパルタウーマンと化す

スレイブ
戦闘&修行マニア
なんとか魔王をこっちへ引き込もうとしている
普通に強い

マリアンナ
魔界随一の魔術使い
敵であるはずの神を崇拝
いちおう味方

ジョセフ
色々謎な優男
そしてイケメン
女好き

ダンゴ
魔王の部下
一番の理解者兼一番の被害者
本名はルドル・バルト・シュバエルとかいう長ったらしい名前らしい
見た目からダンゴと呼ばれている

勇者
選ばれし者、英雄を約束されし者
そしてヤル気も既に失われし者
布団の中をこよなく愛する者

エレナ
回復術士
女神の如き優しさと寛大さを持ち合わせる聖女
単に天然なだけという噂もちらほら
ファンクラブは星の数ほどあるという

ユーン
女戦士、豪傑豪胆
勇者一行ツッコミ担当
そして勇者一行唯一の常識人

リュー
魔術師担当
おっとりとした口調が特徴
腹黒さは魔族並

ルルリエ

天界の聖天使。マジ天使。
大天使長リヒテルの実の妹
唯一とも言える良識人
魔王一派に圧倒されているが

リヒテル

天界の大天使長
なんか色々考えてるっぽい
めちゃくちゃ強い

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