章最終話『魔王、してやられる。』
文字数 3,481文字
……どれほどの剣が振り抜かれたことか。どれほどの拳が向けられたことか。どれほどのマナが放たれたことか。どれほどの血が流れたことか。
魔王と勇者の戦いは苛烈を極め、両者は心身ともに限界が近付いていた。否、限界など既に超えていた。二人を支えるのは、もはや精神のみ。
それでも、終結の足音は、間近まで来ていた。
そう言い放った勇者は、剣を捨て右手にマナを集中させた。
そして魔王もまた、右手にマナを集中させる。両者の握られた右手は、目映い光を放っていた。
時の力をその身に宿す、選ばれし者……勇者。
魔界を統べ、圧倒的な力を従える者……魔王。
宿命とも言える二人の戦いは、最後の時を迎える。拳の光は更に強大になり、辺り一面を燦々と照らす。
呼吸を、体勢を、そして、魂を整える。
タイミングを計りながらも、二人は妙な感覚に捕えられていた。
まるでこの世界に二人しかいないような……いつまでもこの時間が続いていて欲しいような、そんな、奇妙な感覚だった。
偏に、理解しているからなのだろうか。
これで、全てが終わることを……。
荒野に一陣の風が吹き抜ける。
焦げ臭く淀んだ空気が微かに霞み、互いの姿が鮮明に見えた時――
――勇者と魔王は呼吸を止めた。
両者は一斉に駆け出した。
砂塵と焼煙を巻き上げながら凄まじい迅さで二人は迫る。その中でも視線は相手を捉えて離さない。
双方は間合いに入るなり、重心を落とし脚を大きく広げ大地を踏みつける。
二人は同時に拳を繰り出す。
光と光が衝突すると、新星の如き輝きが巻き起こる。
光は荒野を飲み込み、それに続き、衝撃波と轟音が円状に広がっていくのだった……。
――魔王城前。
ダンゴの声で城前の面々は衝撃に備える。
その直後、豪風と空気を揺るがす震動が面々を襲った。
吹き荒れた風は、ようやく落ち着きを取り戻した。
イシリア達は顔を上げ、その発生源を……魔王達のいる方角を見つめ直す。
そして三人は、急ぎ魔王の元へと向かうのだった。
……一方、取り残されたジョセフ……。
するとジョセフは、ふと、表情を変えた。
――荒野。
その場所には、何もなかった。
くり抜かれたように地面は沈み、砂が舞う。岩は拳の大きさすらなく砕かれ、まさに更地と化していた。
そしてくぼみ中心には、魔王と勇者が、お互いに足を向けた状態で横たわっていた。
ぼろぼろの体はピクリとも動かず、髪は力なく風になびく。
だが魔王の口は辛うじて動き、細く弱々しい声を生み出した。
二人は、まるで旧来の友人のように、穏やかに話をする。
全てを出し切った相手だからこそ、ありのままの自分の見せることが出来ているのかもしれない。
……だが、そんな彼らに、突如声がかかった。
――素晴らしい戦いだったよ。
勲章ものだね、君達……。
しかし、よほど余裕がなかったんだろうね。
儂が近付いていても、二人揃ってまったく気付かなんだとは……。
その声は、先程までの王の声とは全く違っていた。どす黒く、心まで震えるような、深い深い声……。
すると王の足元の影は伸び始め、王に覆い被さった。
ごりごりという骨が砕ける音が鳴ると、影は元の位置へと戻る。
……するとそこには、その者が立っていた。
……数分後。
魔王達のところに、イシリア達が到着していた。
いくら探せども、影も形もない。
魔王と勇者、そして冥王は、忽然とその姿を消してしまったのだった……。