章最終話『魔王、してやられる。』

文字数 3,481文字

 ……どれほどの剣が振り抜かれたことか。どれほどの拳が向けられたことか。どれほどのマナが放たれたことか。どれほどの血が流れたことか。
 魔王と勇者の戦いは苛烈を極め、両者は心身ともに限界が近付いていた。否、限界など既に超えていた。二人を支えるのは、もはや精神のみ。
 それでも、終結の足音は、間近まで来ていた。
ハァ……ハァ……。
ハァ……ハァ……。
……よう魔王。ずいぶんと息が上がってんじゃんよ……さっさと倒れちまえよ……。
……そういう君もね……。
てか君さ、もうどんだけ寿命使ったの……。
……さぁな……15年くらいじゃねえの?
簡単に言うよね……。
君は怖い奴だよ。いやマジで……。
お前にだけは言われたかないって。
俺が命懸けでここまで力上げたのに、それと対等に戦うとかさ……。
反則過ぎんよ、お前……。
神殺しすら可能になる力。
そう聞いたんだけどな……。
……ねえ、その力のことさ、やけに詳しいじゃない。
誰から教わったの?
そりゃもちろん決まってるだろ。
俺を喚んだ奴……王様だよ。
人間の王が……どうしてだろ……。
……とりあえず、そろそろ終わりにしようや。
正直俺も、もう限界だわ。
 そう言い放った勇者は、剣を捨て右手にマナを集中させた。
……同感だね。
早くしないと、夕飯に遅れちゃうし。
 そして魔王もまた、右手にマナを集中させる。両者の握られた右手は、目映い光を放っていた。
 時の力をその身に宿す、選ばれし者……勇者。
 魔界を統べ、圧倒的な力を従える者……魔王。
 宿命とも言える二人の戦いは、最後の時を迎える。拳の光は更に強大になり、辺り一面を燦々と照らす。
 呼吸を、体勢を、そして、魂を整える。
 タイミングを計りながらも、二人は妙な感覚に捕えられていた。
 まるでこの世界に二人しかいないような……いつまでもこの時間が続いていて欲しいような、そんな、奇妙な感覚だった。
 偏に、理解しているからなのだろうか。
 これで、全てが終わることを……。
 荒野に一陣の風が吹き抜ける。
 焦げ臭く淀んだ空気が微かに霞み、互いの姿が鮮明に見えた時――
 ――勇者と魔王は呼吸を止めた。
――ッ。
――ッ。
 両者は一斉に駆け出した。
 砂塵と焼煙を巻き上げながら凄まじい迅さで二人は迫る。その中でも視線は相手を捉えて離さない。
 双方は間合いに入るなり、重心を落とし脚を大きく広げ大地を踏みつける。
魔王オオオ!!
勇者アアア!!
 二人は同時に拳を繰り出す。
 光と光が衝突すると、新星の如き輝きが巻き起こる。
 光は荒野を飲み込み、それに続き、衝撃波と轟音が円状に広がっていくのだった……。
 ――魔王城前。
――ッ!?
強い光――ッ!?
皆様ご注意を!
大きいのが来ますぞ!!
 ダンゴの声で城前の面々は衝撃に備える。
 その直後、豪風と空気を揺るがす震動が面々を襲った。
うぅ……くっ……!
これは……!
 吹き荒れた風は、ようやく落ち着きを取り戻した。
 イシリア達は顔を上げ、その発生源を……魔王達のいる方角を見つめ直す。
……ようやく収まりましたね。
これまでで一番大きな衝撃でしたな……。
――ッ!?
みなさん!
魔王さん達の力が――!
……あれだけ強かった力が……ほとんどなくなってる……?
これは……もしや……!
……どうやら、終わったようですね。
――ッ!?
ダンゴ! 行くわよ!
当然です!
行きましょう!
わ、私も行きます!
 そして三人は、急ぎ魔王の元へと向かうのだった。
 
 
 ……一方、取り残されたジョセフ……。
……まったく、みなさんはせっかちですね。城を無人としたあたり、警備など一切考えていないようですし。
おそらくは、各地に散らばる方々もすぐに向かうことでしょう。魔王と、勇者を按じて……。
……ですが、その気持ちはわかりますよ。
この僕でさえ、彼のことを気に病んでいるくらいですし。
(それがきっと、あなたの力なのでしょうね。アルマさん……)
 するとジョセフは、ふと、表情を変えた。
……さて、これからですよ。
これからが、大きな選択肢となることでしょう。
世界にとっても……みなさんにとっても……。
(アルマさん。あなたなら、どの道を選びますか……?)
 ――荒野。
 その場所には、何もなかった。
 くり抜かれたように地面は沈み、砂が舞う。岩は拳の大きさすらなく砕かれ、まさに更地と化していた。
 そしてくぼみ中心には、魔王と勇者が、お互いに足を向けた状態で横たわっていた。
 ぼろぼろの体はピクリとも動かず、髪は力なく風になびく。
 だが魔王の口は辛うじて動き、細く弱々しい声を生み出した。
……ねえ勇者。
生きてる?
……ああ。生きてる。
なぜだか分からんが、幽霊にならずに済んだみたいだな。
ちょっと。怖いこと言わないでよ。
お化け苦手なんだからさ。
魔王がお化けを怖がってんじゃねーよ。
バーカ。
……君も元に戻ったみたいだね。
寿命が尽きたわけじゃないみたいだけど。
喋るのだけで苦労するのに、時を解放するわけねーじゃんよ。
省エネモードってやつだ。
トドメさすなら今だぞ?
冗談。
僕だって、君と話すのでやっとさ。
今日は引き分けでいいんじゃないの?
あーもうそれでいいや。
今はとりあえず寝たい。
冬眠したい。
同じく。
布団でゴロゴロしたい。そんなに動けないだろうけど。
気が合うな。
お前とは、良い昼寝仲間になれそうだ。
昼寝仲間? なにそれ?
ははは……。
さあ、知らね。
ははは……。
 二人は、まるで旧来の友人のように、穏やかに話をする。
 全てを出し切った相手だからこそ、ありのままの自分の見せることが出来ているのかもしれない。
 
 
 
 ……だが、そんな彼らに、突如声がかかった。
――素晴らしい戦いだったよ。
勲章ものだね、君達……。
――ッ!?
――ッ!?
しかし、よほど余裕がなかったんだろうね。
儂が近付いていても、二人揃ってまったく気付かなんだとは……。
……誰?
お、お前は……!?
ふふふ……。
王様!?
なんでここに!?
勇者よ。久しいな。
……人の王……?
言うまでもなかろう。
魔王と勇者の決着を、見届けるためだ。
何せ勇者達には、凄まじい金をかけているからな。
あの請求書には驚いたぞ。
危うく昇天するところだったわ……。
あ、すんませーん。
まあよい。
ここまで魔王を追い詰めてくれただけで、その甲斐あったと言えるだろう。
……。
……魔王よ。観念するがよい。
今の貴様に、もはや抵抗する力すらも残っておるまいて。
ちょ、ちょっと待てよ王様!
話が急すぎて、何がなんだか……!
……そういうことか。
いやいや、まんまとしてやられたね。
……は?
ふふふ……。
勇者さ、どうやら君も、道具として使われたみたいだよ?
どういうことだよ……。
王様がどうしたって言うん――。
――王様じゃないよ。
正確には、“既に”、だろうけど。
はいッ!?
……。
考えてもみてよ。
王様ってのは、人の世の王なんだよね?
そんな重要な人物が、変じゃない?
なんで護衛の一人もいないの?
――ッ!
まあ、それはどうでもいいんだけどさ。
僕だって一人で出歩いてるし。
……けどさ、臭うんだよね。
よく知っている、傲慢で醜悪なマナの臭いがさ。
“器”は違っても、あんたのそのくっさいマナまでは変わらないよ。
ねえ?
前魔王さん?
なッ――!?
……くくく……。
くははは……クハハハハ……!
クハハハハハ……!!
……流石だな!
相も変わらず、実に目ざとい奴よ!
 その声は、先程までの王の声とは全く違っていた。どす黒く、心まで震えるような、深い深い声……。 
 すると王の足元の影は伸び始め、王に覆い被さった。
 ごりごりという骨が砕ける音が鳴ると、影は元の位置へと戻る。
 ……するとそこには、その者が立っていた。
久しぶりだな……
――アルマ!
ほんと、久しぶり。
二度と会いたくなかったけどね。
お前は……誰だよ!
我か……?
我は、魔界の……否!
世界の支配者!
我が名は……
冥王なり!!
冥王――!?
あれ? 魔王は諦めたの?
思ったより潔いね。
ぬかせ!
そのような小さい器などお前にくれてやるわ!
魔界も人間界も、そして天界も!
全ては我が掌握してくれるわ!
……。
マジ……かよ……。
光栄に思え。
貴様らはそのための……
贄となるのだ!
 
 
 
 
 
 
 ……数分後。
 
 魔王達のところに、イシリア達が到着していた。
アルマ!? どこよ!?
返事をしなさい!
魔王様ー!
どこにおられますかー!?
魔王さーん!
どこですかー!?
魔王さーん!!
確かにここのはずなのです!
魔王様のマナも感じられるので、間違いはないはず!
……ですが……。
誰も……いない……?
 いくら探せども、影も形もない。
 魔王と勇者、そして冥王は、忽然とその姿を消してしまったのだった……。
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登場人物紹介

魔王
若くして魔界を統べた英雄的新米魔王
めちゃくちゃ強いが、苦労人
ツッコむつもりもないのにツッコまざるをえない部下を多数持つ

イシリア
魔王の城のメイドさん
意外と真面目
魔王とは幼馴染

セルフィー
幼女と見せかけて単に幼児体型なだけ
ジョセフに恋する自称乙女
一度回復魔術を使えば、超絶スパルタウーマンと化す

スレイブ
戦闘&修行マニア
なんとか魔王をこっちへ引き込もうとしている
普通に強い

マリアンナ
魔界随一の魔術使い
敵であるはずの神を崇拝
いちおう味方

ジョセフ
色々謎な優男
そしてイケメン
女好き

ダンゴ
魔王の部下
一番の理解者兼一番の被害者
本名はルドル・バルト・シュバエルとかいう長ったらしい名前らしい
見た目からダンゴと呼ばれている

勇者
選ばれし者、英雄を約束されし者
そしてヤル気も既に失われし者
布団の中をこよなく愛する者

エレナ
回復術士
女神の如き優しさと寛大さを持ち合わせる聖女
単に天然なだけという噂もちらほら
ファンクラブは星の数ほどあるという

ユーン
女戦士、豪傑豪胆
勇者一行ツッコミ担当
そして勇者一行唯一の常識人

リュー
魔術師担当
おっとりとした口調が特徴
腹黒さは魔族並

ルルリエ

天界の聖天使。マジ天使。
大天使長リヒテルの実の妹
唯一とも言える良識人
魔王一派に圧倒されているが

リヒテル

天界の大天使長
なんか色々考えてるっぽい
めちゃくちゃ強い

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