第8話『魔王、スベる。』
文字数 3,214文字
その岩場は、人間界からも程近い魔界の外れに位置している。
地面からは剥き出しの岩石がところ狭しと並び、視界を遮る。その岩も不規則に連なり、天然の迷路のような様相をしている。草木の一本もなく、四六時中吹き荒れる風は渇き、砂塵を巻き上げていた。
その岩場の中心部には、小さな砦があった。過去に使われていたと思われる、岩の砦である。
岩を積んでいるわけでも、加工している様子もない。まるで最初からその形のまま生まれたかのようだった。これこそ、魔術の成せる技なのだろうか。
そしてそこに、イシリア達はいた。
その時、入り口の方から声が響いた。
ガキの頃から金は腐るほどあった。
武術も並の奴じゃまるで相手にならないほどに、魔術もそこらのエセ魔術師じゃ足元にも及ばないくらいに登り詰めた。
周りの奴らは、皆が口を揃えて言ってきやがる。
「ニコルさんは街の英雄だ。街の誇りだ」ってな。
そうでもないさ。それはあくまでも、親父のおかげだ。
親父が稼いだ金で俺は裕福で、親父が雇った武術や魔術の師範のおかげで俺は強くて、親父のおかげで周りは俺を称賛する。
足りない……こんなのじゃてんで足りないんだよ。
簡単な話だったんだよ。
俺の金と力で魔王をぶっ殺せば、それで世界は俺を英雄と称える。
そして俺は全てを手に出来るんだよ。
親父なんかの箱庭じゃ、俺には狭すぎるんだよ。
俺は、英雄になるために生まれてきた男なんだよ。
そりゃそうでしょ。
そんな魔王をたったの二百人せいぜいで、しかも、有象無象の傭兵風情でぶっ殺す……?笑わせてくれるじゃない。
いい?
それがあんたの程度なのよ。
魔界という広大な世界を統治する者の力量すら見定めることも出来ないような、とても幼稚で、浅はかな奴なのよ、あんたは。
だから小物だって言ってんの。
あんたって哀れね。
本当は自分の器の大きさなんてとっくに知ってるくせに、そんな自分を否定して大きく見せようと躍起になってるだけじゃない。
誰かに与えられた環境の中でしか、自分の存在意義を見出だすこともできないくせに。
自分だけで探すのが怖くて、誰かの威を借りたまま、それを自分のものだと言いふらしてさ。
張りぼての器が寂しくて、埋めようと必死にゴミを詰め込んで……。
どんどん貧相になっていく自分を肯定するのが怖くて、またゴミを詰め込んでいく。それが自分の箱庭を狭くしているとも気付かずに、そうする方法しか知らずに……。
――その時である。
ドゴォォォン――。
凄まじい音を鳴らしながら、突如砦の壁が内側に向け吹き飛んだ。
壁の近くにいた傭兵とニコルは瓦礫と共に吹き飛ばされた。
ある者は対面の壁に叩きつけられ、ある者は粉々の壁片を胴体に受け意識を失う。粉塵が部屋に充満し、視界を遮る。
なんとか無事であったニコルは、体を起こし爆発が起こった壁の方を注視した。
――……おーい。イシリアちゃーん、ジョセフくーん。
聞く必要もないっぽいけど大丈夫ー?
ザッ――
そして巻き上がる粉塵の中に、その者は立っていた。
立ち止まりマントを翻したその者は、中に向けて勇ましく言い放った。
――天が呼ぶ。大地が呼ぶ。人が呼ぶ。
風雲急を告げる、時代の申し子。時代の担い手……。
魔王の甲高い悲鳴が、岩場に響き渡るのだった……。