第8話『魔王、スベる。』

文字数 3,214文字

 その岩場は、人間界からも程近い魔界の外れに位置している。
 地面からは剥き出しの岩石がところ狭しと並び、視界を遮る。その岩も不規則に連なり、天然の迷路のような様相をしている。草木の一本もなく、四六時中吹き荒れる風は渇き、砂塵を巻き上げていた。
 その岩場の中心部には、小さな砦があった。過去に使われていたと思われる、岩の砦である。
 岩を積んでいるわけでも、加工している様子もない。まるで最初からその形のまま生まれたかのようだった。これこそ、魔術の成せる技なのだろうか。
 そしてそこに、イシリア達はいた。

ねえちょっと。いつまでここにいればいいのよ。
買った食材が腐っちゃうんだけど。
うるさい女だ。大人しく黙っていろ。
なによ。付いてこいとは言ったけど、喋るなとは言わなかったじゃない。
それなら最初から「静かにしててください」とか言っときなさいよ。
煽りますねぇ。いやはや、流石です。
この……!
黙ってればべらべらと……!
 その時、入り口の方から声が響いた。
――落ち着けよ。安い挑発に乗るな。
でもよぉニコル……!
縄で縛られているんだ。こうやって挑発することしか出来ないんだろ。
あんたが親玉?
そういうことだ。
はじめまして、魔界のお嬢さん。
“英雄”の、ニコルだ。
英雄? あんたが?
噛ませ犬の敵モブキャラAにしか見えないんだけど。
うまいですね。
あんがと。
こいつら……舐めやがって!
言わせておけ。余裕がないのを隠そうとしてるだけだ。
あんたって、すっごいポジティブって言われるでしょ。
どうだろうな。だが、間もなく英雄とは言われるようになるさ。
魔王は、俺がぶっ殺すからな……。
魔王……?
奴はもうすぐこの岩場に来るはずだ。
武装した膨大な数の傭兵がいるとも知らずに、な……。
……。
あいつを……魔王を、呼び出したんだ。
お前を餌にして、一人で来いとな。
俺を英雄にするために、ここへ来るんだよ。
さっきから英雄英雄ってウザいんだけど……。
なぜ俺が英雄になりたいのか、話してやろうか?
果てしなく興味ないからパス。
俺の親父は、とある街の長をしているんだよ。
結局話したがりなだけじゃん。
まあまあ。とりあえず聞いてみましょ。
ガキの頃から金は腐るほどあった。
武術も並の奴じゃまるで相手にならないほどに、魔術もそこらのエセ魔術師じゃ足元にも及ばないくらいに登り詰めた。
周りの奴らは、皆が口を揃えて言ってきやがる。
「ニコルさんは街の英雄だ。街の誇りだ」ってな。
良かったじゃない。
そうでもないさ。それはあくまでも、親父のおかげだ。
親父が稼いだ金で俺は裕福で、親父が雇った武術や魔術の師範のおかげで俺は強くて、親父のおかげで周りは俺を称賛する。
足りない……こんなのじゃてんで足りないんだよ。
俺は金を持ってて、しかも強ぇ。
それは、俺だけのものだ。誰のおかげでもねえ。
全てを持つ俺なら、もっと上にいける。もっと世界中から称賛されるだけの“器”がある。
そしてその手段は、この世界にいるんだよ。
それが、魔王だ。
……。
簡単な話だったんだよ。
俺の金と力で魔王をぶっ殺せば、それで世界は俺を英雄と称える。
そして俺は全てを手に出来るんだよ。
親父なんかの箱庭じゃ、俺には狭すぎるんだよ。
俺は、英雄になるために生まれてきた男なんだよ。
……。
これが、理由だ。
分かったか?
……たいそうな御演説ご苦労様。
それはいいとして、一つ聞いてもいい?
なんだ?
さっきあんた、武装した膨大な数の傭兵がいるって言ってたでしょ?
それがどうかしたか?
それってさ……どれくらい?
ふっ……ざっと二百人ってところだ。
…………は?
もちろんそこに、俺も加わる。
どうだ? 絶望したか?
え? え? 待って?
本当に二百人なの?
取り乱すほど絶望したか……。
哀れな女――。
アハハハハハ……!
……何がおかしい?
そりゃ笑うわよ!
たったそれっぽっちの人数で、本気で魔王を倒すつもりなんだもん!
なに……?
いいわ。今度は私が一つ話をしてあげる。
バカで色々抜けてる、知り合いの話よ。
……そいつはね、その世界を見て、面白くないって思ってたの。
一人の奴が偉そうにふんぞり返って、兵達に攻めたくもない世界まで攻めさせて、つまんない世界だって思ってたの。
だからそいつは踏み出したのよ。
なんの間違いか、そいつには力があった。その力は、そんなつまらない世界を変えるためにあるんだってバカなり思い立って、足を踏み出したのよ。
……。
もちろん偉そうにしてた奴は迎え撃ったわ。その世界そのものとも言える軍勢をそいつにぶつけたの。
想像できる?
大地を埋め尽くし、天を覆う程のおぞましい大軍が、そいつに殺意を込めた刃を向けたのよ。
……。
激しい戦闘は十日十夜にも及んだわ。
血は流れ、刃は折れ、兵は倒れた。そいつも骸と化す世界に涙を流しながら、それでもその先にある世界を一心に見据えて、ひたすら進んだの。
……そして、ついには世界は変わった。
禍根の根元は討ち滅ぼされ、凄惨な世界は過去のものとなり、そいつは王と呼ばれる存在になったのよ。
……。
……あんたが安易に討とうとしている魔王ってのは、そんな存在なの。
本来なら、あんたみたいな小物が気安く触れることすら許されないほどの、偉大な存在なのよ。
俺が……小物だと……!?
そりゃそうでしょ。
そんな魔王をたったの二百人せいぜいで、しかも、有象無象の傭兵風情でぶっ殺す……?
笑わせてくれるじゃない。
いい?
それがあんたの程度なのよ。
魔界という広大な世界を統治する者の力量すら見定めることも出来ないような、とても幼稚で、浅はかな奴なのよ、あんたは。
だから小物だって言ってんの。
……ッ!
あんたって哀れね。
本当は自分の器の大きさなんてとっくに知ってるくせに、そんな自分を否定して大きく見せようと躍起になってるだけじゃない。
誰かに与えられた環境の中でしか、自分の存在意義を見出だすこともできないくせに。
自分だけで探すのが怖くて、誰かの威を借りたまま、それを自分のものだと言いふらしてさ。
……やめろ……!
張りぼての器が寂しくて、埋めようと必死にゴミを詰め込んで……。
どんどん貧相になっていく自分を肯定するのが怖くて、またゴミを詰め込んでいく。それが自分の箱庭を狭くしているとも気付かずに、そうする方法しか知らずに……。
やめろって言ってんだ……!
……そうやって出来上がったのが、今のあんたよ。
ゴミだらけの箱庭から外界を夢見るだけの、寂しい存在。
だから、あんたは哀れなのよ。
いやぁ、容赦ないですねぇ。
――この女を殺せぇえ!!
お、おお!
残念。時間切れのようですね。
なに!?
 ――その時である。
 ドゴォォォン――。
 凄まじい音を鳴らしながら、突如砦の壁が内側に向け吹き飛んだ。
うわぁあああ!
 壁の近くにいた傭兵とニコルは瓦礫と共に吹き飛ばされた。
 ある者は対面の壁に叩きつけられ、ある者は粉々の壁片を胴体に受け意識を失う。粉塵が部屋に充満し、視界を遮る。
 なんとか無事であったニコルは、体を起こし爆発が起こった壁の方を注視した。
か、壁が吹き飛んだ――!?
――……おーい。イシリアちゃーん、ジョセフくーん。
聞く必要もないっぽいけど大丈夫ー?
――ッ!?
ええ。まったくの無事ですよ。
……遅すぎるわよ。バカ。
ザッ――
 そして巻き上がる粉塵の中に、その者は立っていた。
 立ち止まりマントを翻したその者は、中に向けて勇ましく言い放った。
――天が呼ぶ。大地が呼ぶ。人が呼ぶ。
風雲急を告げる、時代の申し子。時代の担い手……。
お、お前は――ッ!?
――呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃ~ん!
魔王様だよ~!!
……。
……。
……。
……。
……あれ? みんなどうしちゃったのかな?
視線が会心の一撃ばりに痛くて不安満載なんだけど……。
……あのさ、あんまり言いたくもないんだけどさ……。
ん? なにかな?
……盛大にスベってるわよ?
イヤァァァアアアァァァ……!
 魔王の甲高い悲鳴が、岩場に響き渡るのだった……。
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登場人物紹介

魔王
若くして魔界を統べた英雄的新米魔王
めちゃくちゃ強いが、苦労人
ツッコむつもりもないのにツッコまざるをえない部下を多数持つ

イシリア
魔王の城のメイドさん
意外と真面目
魔王とは幼馴染

セルフィー
幼女と見せかけて単に幼児体型なだけ
ジョセフに恋する自称乙女
一度回復魔術を使えば、超絶スパルタウーマンと化す

スレイブ
戦闘&修行マニア
なんとか魔王をこっちへ引き込もうとしている
普通に強い

マリアンナ
魔界随一の魔術使い
敵であるはずの神を崇拝
いちおう味方

ジョセフ
色々謎な優男
そしてイケメン
女好き

ダンゴ
魔王の部下
一番の理解者兼一番の被害者
本名はルドル・バルト・シュバエルとかいう長ったらしい名前らしい
見た目からダンゴと呼ばれている

勇者
選ばれし者、英雄を約束されし者
そしてヤル気も既に失われし者
布団の中をこよなく愛する者

エレナ
回復術士
女神の如き優しさと寛大さを持ち合わせる聖女
単に天然なだけという噂もちらほら
ファンクラブは星の数ほどあるという

ユーン
女戦士、豪傑豪胆
勇者一行ツッコミ担当
そして勇者一行唯一の常識人

リュー
魔術師担当
おっとりとした口調が特徴
腹黒さは魔族並

ルルリエ

天界の聖天使。マジ天使。
大天使長リヒテルの実の妹
唯一とも言える良識人
魔王一派に圧倒されているが

リヒテル

天界の大天使長
なんか色々考えてるっぽい
めちゃくちゃ強い

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