第4話『魔王、思い立つ。』

文字数 2,302文字

 地上より遥か上空にある、第二の大地。
 その地全体が特殊な術が施され、空に浮かんでいるにも関わらず地上への日の光が遮ることはない。雲よりも高い位置にあるその地は、昼は日光が、夜は月光が絶え間なく降り注がれる。
 まさに光の国とも言える程、神々しい世界であった。
 そしてその中心に聳え立つ神殿が。白い壁は光を反射させ、大陸を更に輝かせる。
 その中にある巨大な部屋。天井は高く、数多くの支柱が並び、中央には赤絨毯が玉座まで伸びる。
 その玉座に座る白き天使は笑みを浮かべ、目の前に跪くその者に声をかけた。
――お帰り、ルルリエ。
待っていたよ。
聖天使ルルリエ、ただいま戻りました。
魔界はどうだった?
そうですね……話に聞いていた場所とはずいぶんと違いました。
と、言うと?
確かに大地は渇き、緑も少ない場所ではありました。
それでも、そこに住まう方々は、決して土地のように荒んではいませんでした。
とても暖かく、明るく、そして、とても優しい方々ばかりでした。
それでは、君の所見を聞かせてもらおうかな?
……はい。
敵対関係にあった魔界は、既にそこにありません。
敵は、遥か昔に消え失せました。
……それは、聖天使としての言葉と捉えていいのかな?
それもありますが、なにより私自身がそう強く感じたのもあります。
……。
願わくば、このままこれまでどおりに――。
――それは出来ない話だよ、ルルリエ。
――ッ!?
なぜですか!?
君は何も知らないんだ。
天界とは何か、魔界とは何か。
そして、天魔戦争とはいかなるものであったのか……。
何も知らないから、そんな悠長なことを言ってしまう。
何も知らないから、自分の感情を優先させてしまう。
何も知らないから、に情を移してしまう。
て、敵……?
そう……彼らは敵なんだよ。
天界と魔界……水と油のように、溶け合うことはないんだよ。
永遠に、絶対に。
し、しかし――!
無知なる君に、偵察をお願いしたのは僕のミスだったよ。
それは素直に認めよう。君を危険にさらしたことも謝ろう。
無知とは、無謀で、不埒で、そして、とても危険なことなんだよ、ルルリエ。
大天使長様!
それでは天界とはなんですか!? 魔界とはなんですか!?
天魔戦争とは、いったい何なのですか!?
私にはわかりません!
過去のしがらみに囚われて、今あるべき姿を見失っているようにも見えるのです!
そうさ。君は知らないんだ。
何も知らない君に、天界の先見を見定めることは出来ないんだよ。
――兄さんッ!!
言ったはずだよ。私を兄と呼ぶなと……。
今の私と君の関係は、大天使長と聖天使……ただそれだけの関係なんだよ。
……。
……連れていけ。
敵に情を移した愚か者だ。しばらく牢に入れ、後に処分を言い渡す。
ハッ――!
ついて来い。
 そしてルルリエは、兵に連れられ部屋を後にする。
 一度だけ大天使長に視線を移したルルリエだったが、その視線の冷たさを目の当たりにし、静かに瞳を伏せるのであった。
 彼女が部屋を立ち去った後、大天使長は玉座に深く座り込む。
 そして遥か天井に視線を移し、小さく息を吐いた。
……ことは既に動き始めているんだよ、ルルリエ。
 
 
 
 
 ――一方そのころ、魔界では。
 
 
 
うーん……うーん……。
先程から何を唸っているのですか?
便秘ですか?
お便秘でしたらお尻歩きが効果がありますよ。
納豆なんかも効果が高いですよね。
ちょっと。唐突に不潔な話をしないでよ。
便秘だとか堂々と公言して恥というものがないのかしら。
僕一言も便秘なんて言ってないよね?
なんなのこの熱い風評被害。
まあまあ。
それより、どうされたのですか?
いやねぇ、ちょっとどうしようかなぁって思って。
なんの話よ。
うーん、はっきり言うと怒られちゃいそうだからなぁ……。
歯切れの悪い言い方ですこと。
もっとはっきりとおっしゃってくださいません?
そうだなぁ……。
例えばさ、なんとなーくこうしたいって思うことがあってさ。それをやったら絶対怒られるって分かってても、どうしてもしたいってことってあるよね?
なんとなーく分かりますね。
ダメと言われれば、なおのことそれをしたくなるのは人の性とも言えますね。
そうそう。
消防装置のボタン押してみたくなったりとか。
線路を歩いて旅をしたくなったりとか。
押すなよ! 押すなよ!?
と言われて押したくなるとかですね。
そうそうそれそれ!
そういう感じ! まさにそういう感じ!
そっかー! みんな分かるのかー!
じゃあもういいかな!
やってみようかな!
なんかよく分かんないわね。
一人で唸ったり盛り上がったり、忙しい方ですわ。
……それで? 何をなされるつもりなのですか?
うん!
ちょっと天界に行ってくる!
それはそれは。
道中お気を付けてくださいね。
お土産も期待していますよ。
おやつは300円までですからね。
分かった!
さっそく準備するね!
 そして魔王はスキップしながら部屋を出て行った。
ふふふ。凄く嬉しそうですね。
普段は自分から出かけるなんてことはしない方ですからね。
まったくもう……子供なんだから。
まあ、たまの息抜きくらい大目に見てあげますわ。
そうですね。魔王様もこのところ引きこもり気味ですし。
外の空気を吸ってリフレッシュしていただければ……。
……ん?
ところでさ、あいつ、どこに行くって言ってたっけ?
確か……天界、と……。
ああそうそう!
そうだったわね!
……天界?
天界ですね。
天界……。
天界。
 ……しばし、沈黙が流れた。
 
 そして……。
――あのバカ魔王!
何してくれようとしてるんですの!
ダンゴ!!
スクランブルよ!
全力で止めて来て!
合点承知!
くぉら能天気お花畑魔王!
往生せいや――!
 そしてダンゴは、猛烈な勢いで部屋を飛び出すのだった……。
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登場人物紹介

魔王
若くして魔界を統べた英雄的新米魔王
めちゃくちゃ強いが、苦労人
ツッコむつもりもないのにツッコまざるをえない部下を多数持つ

イシリア
魔王の城のメイドさん
意外と真面目
魔王とは幼馴染

セルフィー
幼女と見せかけて単に幼児体型なだけ
ジョセフに恋する自称乙女
一度回復魔術を使えば、超絶スパルタウーマンと化す

スレイブ
戦闘&修行マニア
なんとか魔王をこっちへ引き込もうとしている
普通に強い

マリアンナ
魔界随一の魔術使い
敵であるはずの神を崇拝
いちおう味方

ジョセフ
色々謎な優男
そしてイケメン
女好き

ダンゴ
魔王の部下
一番の理解者兼一番の被害者
本名はルドル・バルト・シュバエルとかいう長ったらしい名前らしい
見た目からダンゴと呼ばれている

勇者
選ばれし者、英雄を約束されし者
そしてヤル気も既に失われし者
布団の中をこよなく愛する者

エレナ
回復術士
女神の如き優しさと寛大さを持ち合わせる聖女
単に天然なだけという噂もちらほら
ファンクラブは星の数ほどあるという

ユーン
女戦士、豪傑豪胆
勇者一行ツッコミ担当
そして勇者一行唯一の常識人

リュー
魔術師担当
おっとりとした口調が特徴
腹黒さは魔族並

ルルリエ

天界の聖天使。マジ天使。
大天使長リヒテルの実の妹
唯一とも言える良識人
魔王一派に圧倒されているが

リヒテル

天界の大天使長
なんか色々考えてるっぽい
めちゃくちゃ強い

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