第6話『魔王、蹴られる。』

文字数 2,837文字

 ――さて魔王の居城。
 いつものような毎日と見せかけて、何やら起こっているようです。
うーん……困ったわね……。
イシリアちゃんどうしたの?
さっきからうーんうーん言ってるけど。
それがね、買い置きしてた物品がほとんどなくなってるのよ。
そうなの? 
まだ少しは残ってはいるんだけど、もしもの時を考えたら買い出しに行く必要があるかも。
とは言え、買い出しもかなり遠くに行かなければなりませんし、手間はかかりますな。
なにせこの辺は辺鄙なド田舎なわけですし。
そうそう。とにかく遠いのよ。
世界の果てだからね、ここ。
そんなところにわざわざ城を立てるってどうなんでしょ。実用性を考えない愚かなことではないでしょうか。
うん、ここいちおう魔王の城だからね?
まあ、ないならないでしばらく制限をかければいいだけなんだけど……。
そうだねぇ。倹約する意味でも、そのあたりの判断はイシリアちゃんに任せるよ。
武士は食わねど高楊枝という言葉もあります。
我慢も時として大切です。ここは、皆さまに我慢してもらってもいいかもしれません。
ところで、その足りなくなってる物品って?
トイレットペーパー。
OK、全力をもってこの問題を解決しようか。
可及的速やかに対処せねば甚大な被害が出ますぞ!
 一時間後、門前。
珍しいですな、あなた様がお見送りとは。
魔界始まって以来の危機に挑む方々を見送るのは当然のことですわ。
……ってことで任せたよ。
魔界の未来は君達にかかっている……!
まあ買い出しに行くのはいいんだけどさ……。
どうしましたイシリアさん?
どこか浮かない顔をしていますが……。
なんでジョセフが一緒なわけ?
それはもちろん、荷物を持つためですよ。
女性一人では大変ですし。
ジョセフ様……。ワタクシもご一緒したいのですが……。
道中は危険ですからね。それに、勇者一行が来ないとも限りませんし。
買い出しは最小限の人員にするべきだと思うので、ここは御辛抱を。
私一人で大丈夫よ。
僕もついでの用があるので。
それとも、僕が一緒では何か問題でも?
あんたの日頃の言動見てれば問題しかないっつーの。
まあまあいいじゃん。せっかくジョセフくんもこう言ってるわけだし。
――あんたは……何も思わないわけ?
え? ええと……。
ジョセフくんなら、何だかんだで滅多なことしないから大丈夫だって。
……もういいわ。ほら、さっさと行くわよエロメガネ。
辛辣な御言葉ありがとうございます。
 そして二人は、城を後にした。
いってらっしゃ――!
――げしっ!
ぐぼぉっ!?
だ、誰だ!? 唐突に理不尽な蹴りをしてきたのは!
このバカ! バカ魔王!
へ? ど、どうしたの急に……。
なんでそんなに怒ってんの?
そんくらい自分で考えなさい!
バーカ!
 そのままセルフィーは、怒り心頭といった様子で去って行った。
 残された魔王は、その後姿を恐る恐る見送る。
な、なんなのいったい……。
遅すぎる反抗期?
……まあ、気持ちはわかりますけどね。
反抗期の?
ボケてる場合ですか!
まったく魔王様は! 少し能天気が過ぎますぞ!
 ダンゴもまた、怒りながら去っていく。
 一人になった魔王は、一度溜め息を吐き天井を見つめた。
……。
……そりゃ、分かってはいるけどさ……。
 様々な想いが渦巻く城。
 そこを後にしたイシリアとジョセフは、一路とある街へと向かう。
 魔界と人間界の狭間にあるその町には、多種多様な種族が往来し活気にあふれていた。
 彼らに人間も魔族も関係はない。売れるか売れないか。買えるか買えないのか。その点にしか興味がないのである。
 そこへ行けば大抵の物が手に入ることも大きい。兵器から今日のご飯のおかずまで、様々なものが売られている。
 ――ブラックマーケット。その街は、まさにその名にふさわしいとも言える。 
ええと、火竜の肉にマンドラゴラの葉……それと、万年茸に海獣の卵も。それから……。
ずいぶん買うのですね。トイレットペーパーだけかと思っていましたが。
せっかく遠路遥々来たわけだし、ついでに色んなの買って帰るのよ。
ほら、さっさと荷物持って。
これは大変だ。もしかしたら、来たのは失敗だったかもしれませんね。
今更後悔なんてしても遅いわよ。次行くわよ次。
 二人は街の中を歩く。行き交う人々の間を抜けて、大きな荷物を引っ提げて。会話もなく。
 やがて二人は露店街を抜け出し、街の外れへと辿り着く。先ほどの大通りとは打って変わり、そこにはほとんど人の姿はなかった。
 見ればイシリアの表情は冴えない。その理由を知ってか知らずか、ジョセフは不意に口を開いた。
 
ところでイシリアさん。
つかぬことをお伺いしますが……。
何よ。
イシリアさんは、魔王様とはずいぶん仲が良いようですね。どういったご関係で?
前にも誰かに話した気もするけど、ただの小さい頃からの腐れ縁よ腐れ縁。
幼馴染……といったところですか?
そんなに大そうな間柄でもないわよ。ただ……。
ただ……?
……見てるとなんかほっとけないのよね。色々バカだし、抜けてるし。生活能力がなさすぎるのよ、あいつは。
ハハハ。そんなお方が魔王となっているというのは、可笑しな話でもありますね。
まったくよ。最初に魔王になるって聞いた時は驚いたわ。あんたには絶対無理。性格的にも趣向的にもまったく向いてない。そうまで言ったのよ。
でも、あいつ言ったの。
「世界を変えるのは、向いてるか向いてないかじゃない。どれだけ手を伸ばし、足を踏み出すかだ」って。
ほう……。
まあ、案の定ひーひー言っちゃってるけどさ。でも少なくとも、みんな思ってるんじゃないかな。前よりもずっとマシになったって。魔界が好きになったって。
だからこそ、セルフィーにマリアンナ、スレイブにダンゴ……そして私も、今あの城にいるんだと思う。
確かに、あそこにいると飽きませんしね。
もっとも、兵士達は誰一人いないんだけどね。
みんな前の魔王のせいで城の勤務に嫌気がさしてるんだと思うわ。
 その時、イシリアの耳に何かが聞こえる。
 殺した足音。擦るような砂の音。
――ッ。
ん? どうかしましたか?
……つけられているわね。五人……いや、もっといる。
もしや、ピンチというやつですか?
そこまではないと思うんだけど……。でも、連中を撒くには荷物が多すぎるかも。
これだけの荷物ですからね。いい目印になりそうです。
せっかく買ったものを捨てるのももったいないし。仕方ないわね……。
――あんた達! 隠れてないで出てきなさい! こっちも逃げたりしないわよ!
 彼女の言葉を待っていたかのように、建物の影から怪しげな男達が出て来た。その数は多く、瞬く間にイシリア達は男達に囲まれてしまった。
……魔王の配下の者だな?
大人しくしていれば手荒な真似はしない。
大勢で取り囲んでおいてよく言うわ。
それもそうですね。
口の減らない女だ。とにかく、ついて来い。
分かってるわよ。でも……。
なんだ?
荷物に手を出したら殺すわよ。
 そしてイシリア達は、賊に従い街の郊外へと連れ去られていった。
 意外と余裕の様子で……。
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登場人物紹介

魔王
若くして魔界を統べた英雄的新米魔王
めちゃくちゃ強いが、苦労人
ツッコむつもりもないのにツッコまざるをえない部下を多数持つ

イシリア
魔王の城のメイドさん
意外と真面目
魔王とは幼馴染

セルフィー
幼女と見せかけて単に幼児体型なだけ
ジョセフに恋する自称乙女
一度回復魔術を使えば、超絶スパルタウーマンと化す

スレイブ
戦闘&修行マニア
なんとか魔王をこっちへ引き込もうとしている
普通に強い

マリアンナ
魔界随一の魔術使い
敵であるはずの神を崇拝
いちおう味方

ジョセフ
色々謎な優男
そしてイケメン
女好き

ダンゴ
魔王の部下
一番の理解者兼一番の被害者
本名はルドル・バルト・シュバエルとかいう長ったらしい名前らしい
見た目からダンゴと呼ばれている

勇者
選ばれし者、英雄を約束されし者
そしてヤル気も既に失われし者
布団の中をこよなく愛する者

エレナ
回復術士
女神の如き優しさと寛大さを持ち合わせる聖女
単に天然なだけという噂もちらほら
ファンクラブは星の数ほどあるという

ユーン
女戦士、豪傑豪胆
勇者一行ツッコミ担当
そして勇者一行唯一の常識人

リュー
魔術師担当
おっとりとした口調が特徴
腹黒さは魔族並

ルルリエ

天界の聖天使。マジ天使。
大天使長リヒテルの実の妹
唯一とも言える良識人
魔王一派に圧倒されているが

リヒテル

天界の大天使長
なんか色々考えてるっぽい
めちゃくちゃ強い

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