第7話『魔王、蹴られまくる。』

文字数 2,511文字

 一方、魔王の城。
うーん……どうしようかねぇ……。
はて、どうかされましたか?
凄まじいほど珍しく神妙な顔をしておられますが。
君はいちいち僕を貶さないと気が済まないのかな?
滅相もない。
それで? いかがなされました?
いやね、ちょっと面倒なことになっちゃってさぁ……。
面倒なこと?
具体的にはどういった?
いや、これなんだけどさ……。
 そして魔王は、一枚の手紙を差し出した。
 そこには、こう記されていた。
『お前の配下の女は預かった。返して欲しくば、一人で魔界の外れにある岩場へ来い。従わなければ、女の無事は保証しない』
こ、これは……!
脅迫状ではないですか!
これたぶんさ、イシリアちゃんのことだよね。
そんなまさか……!
イシリアさんが……!?
それにしても、この手紙の主も何をもってこんなことしたんだろうか。
なんで魔王である僕が部下想いな前提なの。
部下を見捨てるという選択肢をまるで考えていないじゃん。
そんなこと言ってる場合ですか!
これは我らに対する挑戦状ですぞ!
スタスタ……
さっきから騒がし過ぎてよ。落ち着いて読書も出来ませんわ。
どうかされましたか?
セルフィーさん! マリアンナさん! ちょっと聞いてくださいませ!
このお気楽魔王、てんでダメですぞ!
 セルフィーとマリアンナは、脅迫状に目を通す。
 そして――。
……これは困ったものですね。まさかイシリアちゃんが捕縛されるなんて……。
イシリアが捕まったということは、ジョセフ様も……。
……捕まったと考えて、然るべきでしょうな。
まあ手紙の中身から察するに、たぶん二人とも無事だとは思うんだけど。
それもいつまで保証されるかもわからないでしょうに!
そうですね……。出来るだけ早く対処をする必要はあるかもしれませんね。
兵を立てましょう! 圧倒的数で攻めましょう!
ジョセフ様に手ぇ出してやがったら奴らズタズタに引き裂いてくれるわ!
落ち着いてセルフィーちゃん! 
この城に兵なんていないから!
お労わしやセルフィーさん。
あまりの怒りっぷりにキャラ設定を忘れておいでで……。
とりあえず、敵のことを探ろうかな。
……ってことでマリアンナさん、お願い出来る?
はい。もちろんです。
マリアンナ……?
いったい何を……。
まあまあ。見ていれば分かるよ。
 マリアンナは脅迫状を手に取ると、精神を集中させた。
――汝に綴られし紡ぎ手の魂よ。今ここに、言霊となりて呼び覚まされよ……。
 彼女が呪文を唱えると、手紙は光を帯びる。
 そして光は徐々に強さを増し、手紙は彼女の手を離れ上へと浮かび始めた。
こ、これは……読記の呪法!
文字に宿った書き手の思念を呼び起こすとされる、失われし幻の秘法……!
凄い……初めて見ましたわ……。
さて、と。犯人のご尊顔でも拝もうかな。
そして、光の中に一人の男が浮かび上がった。
――
やはり人間ですか……!
まあそうだろうね。
あらやだこの御仁。
ジョセフ様に勝るとも劣らないイケメンですわね。
ブチギレたり喜んだりと忙しそうだね。
みなさん、始まりますよ。
くくく……。魔王の奴が来やがったら、袋にしてやる……。
そんで俺は世界の英雄……!
笑が止まらねえぜ! ハハハ……!
なんたる……!
うわぁ……。これまたベタな悪人ですこと。
あら、自分の立場をお忘れになって?
あなたよりもこの御仁の方がよっぽど魔王っぽいと思いますわ。
ふふふ。そうですね。
悪人・ザ・悪人という感じですな。
そんなこと言わないでよ……。これでも頑張ってるんだからさ……。
それで魔王様? どうされるおつもりですか?
そうだねぇ……。この人を見る限り、正直イシリアちゃんに限ってむざむざやられることはなさそうなんだよね。
まだそんな悠長なことを……!
だってさぁ……。
――げしっ!
ぐへっ!?
あなたはさっきから何を言ってますの!
セルフィーちゃん、そんなにげしげし蹴らないでよ……。
――げしっ!
おうふっ!
何度でも蹴って差し上げますわ! このお気楽能天気!
ぐだぐだ言ってないでさっさと助けにお行きなさい!
セルフィーちゃん……。
……さっきだってそうですわ。あなた、乙女心ってのを少しは考えなさってください。
確かに、イシリア一人でもなんとかなるのかもしれませんわ。助けに行く必要もないのかもしれません。
それでも、一人の女性が賊に囚われているのですよ!? 助けに行くのが当り前ですわ!
あなた、それでも殿方なのですか!?
……。
……早く助けに行って、そのアホ面を見せてやりなさい。
ワタクシを失望させないでくださいませ、魔王様。
……魔王様。これは、魔王様の負けですよ。
そうですね。セルフィーちゃんにここまで言わせてしまっては、もう諦めるしかないのでは?
……もう、仕方ないなぁ。
 魔王は立ち上がり、マントを翻した。
 そのまま踵を返し、城の門へと足を踏み出す。
――夕飯までには帰るから。
今日はハンバーグでよろしく。
 そして、魔王は城を後にした。
……やれやれ、ですわ。
……セルフィーさん、一つ分かってくださいませ。魔王様は魔王様なりのお考えが……。
分かっていますわ。
兵なき今、敵からすればこの城を落とすには絶好の機会。魔王が不在ともなれば、尚更のこと。
嬉々として、城を攻めてくることでしょうね……。
そうなることのないように、立場上、城を離れるわけにはいけませんわ。それは重々分かっているつもりですわよ。
セルフィーさん……。
だからこそ! 私達がしっかりと城の留守をしなければなりませんわ!
御三方の帰る場所ですから!
そうですね! この城の番は、必ず全ういたしましょうぞ!
ふふふ。では、私は夕食の準備をいたします。
 そのままマリアンナは、上機嫌のまま厨房へと向かって行った。
では私は――!
あなたがやるべきことは決まっていますわ。
はて? 私は何を?
城の掃除。
イシリアがいないから、代わりにやっててくださいまし。
ええええ!?
ワタクシは、読書で忙しいので。
よろしく頼みましたわ、ダンゴ。
 セルフィーは悪魔のような笑顔を浮かべたまま、部屋へと戻る。
 残されたダンゴは、あたふたとしながら泣き声交じりの叫び声を上げた。
そ、そんな!
あんまりですよぉぉおお……!!
 ダンゴの叫びは、城の中に虚しく響き渡るのだった……。
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登場人物紹介

魔王
若くして魔界を統べた英雄的新米魔王
めちゃくちゃ強いが、苦労人
ツッコむつもりもないのにツッコまざるをえない部下を多数持つ

イシリア
魔王の城のメイドさん
意外と真面目
魔王とは幼馴染

セルフィー
幼女と見せかけて単に幼児体型なだけ
ジョセフに恋する自称乙女
一度回復魔術を使えば、超絶スパルタウーマンと化す

スレイブ
戦闘&修行マニア
なんとか魔王をこっちへ引き込もうとしている
普通に強い

マリアンナ
魔界随一の魔術使い
敵であるはずの神を崇拝
いちおう味方

ジョセフ
色々謎な優男
そしてイケメン
女好き

ダンゴ
魔王の部下
一番の理解者兼一番の被害者
本名はルドル・バルト・シュバエルとかいう長ったらしい名前らしい
見た目からダンゴと呼ばれている

勇者
選ばれし者、英雄を約束されし者
そしてヤル気も既に失われし者
布団の中をこよなく愛する者

エレナ
回復術士
女神の如き優しさと寛大さを持ち合わせる聖女
単に天然なだけという噂もちらほら
ファンクラブは星の数ほどあるという

ユーン
女戦士、豪傑豪胆
勇者一行ツッコミ担当
そして勇者一行唯一の常識人

リュー
魔術師担当
おっとりとした口調が特徴
腹黒さは魔族並

ルルリエ

天界の聖天使。マジ天使。
大天使長リヒテルの実の妹
唯一とも言える良識人
魔王一派に圧倒されているが

リヒテル

天界の大天使長
なんか色々考えてるっぽい
めちゃくちゃ強い

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