章最終話『魔王、色々思い出す。』
文字数 4,192文字
まあまあ。いいじゃありませんか。
とにかくここを出ましょ。
へぇ~。まだ意識があるんだ。
けっこう強めにしたつもりだったんだけど……。
それなりにけっこう鍛えてたんだね。
ニコルは震える手をなんとか上へと向ける。そこから緑色の光を放つと、それは壁を突き破り天へと上った。そして光は弾け飛び、辺りを眩く照らし出した。
今のは合図だ。
外にいる仲間が、すぐに押し寄せて来るぞ……。
こいつ、まだ分かっていないのかしら。
そんな連中呼んでも意味ないっていうのに……。
いやいや、そうとも限らないよ。
追い詰められた輩ってのは、案外油断できないんだよね。
ニコルの言葉を遮るように、巨大な穴が空いている壁から勇ましい雄叫びが響き渡った。
その声の主に、魔王達は驚愕する。
その主とは――。
おお!? 奇遇だなお前ら!
お前らも勇者を探していたのか!?
んなわけないじゃん。
まあとにかく、久しぶりだねスレイブ。
外の奴ら……?
ああ、あのいきなり襲ってきた連中か?
当ったり前よぉ!
次会ったらもっと強くなってるかもしれないからな!
……もういいわ。とにかくさっさと帰りましょ。荷物が腐っちゃうわ。
そうだ思い出した!
スレイブ喜べ!
今日のご飯はハンバーグだよ!
倒れるニコルを放置し、一行は外へ向けて歩き始めた。
また挑戦したくなったらいつでもおいで。今度は今回みたいにせこいことしないでさ。正面から。正々堂々と。
あ、でもちゃんと訓練しないとだめだからね。
君の場合、ちゃんと訓練さえすればまだまだ強くなると思うから。ホント。いやマジで。
何しろ君は、魔王の一撃を受けてなお、今こうして僕と話してるわけだし。
これは自慢してもいいと思うよ、うん。
まあ気長に訓練しなよ。慌てる必要なんてないからさ。そんで、準備が出来たら僕のところにおいで。
もちろん、自分の力でね。
魔王は、魔界の果てにいるからさ。
ありゃありゃ。イシリアちゃんが呼んでるから、僕もう行くね。
――じゃあ、またね!
そして魔王は、小走りで走り去って行った。
ニコルは砂塵の中に消える彼らの後姿を、ただぼんやりと見つめていた。
……またねって……あいつ、バカじゃねえの?
そん時はお前の命狙ってるっつーの。
……あれが魔王か……。
なるほどな。勝てるはずがなかったわけだ。
……でもまあ、せっかくだ。有難いお言葉に甘えさせてもらうとするか。
待ってろよ魔王。
次こそは、俺が勝つからな。
これにより、今回の一件は幕を閉じたのであった。
余談だが、最後に魔王がニコルに向けて送った言葉は、後に魔王自身を、
べらぼうに面倒な事態へと陥らせるキッカケとなったのだが……。
……それは、ずっと後の話である。
ともあれ、なんとか魔王達は城へと帰り着く。
なんか余計な荷物(スレイブ)が増えてたりもしたが、あまり気にはされなかった。そしてその後、全員でマリアンナのお手製ハンバーグを堪能した魔王一行。
久しぶりに全員揃ったということもあり、意外というか普通に盛り上がったようである。
その中心にいたのが魔王であることは、言うまでもない。
めでたしめでたし――。
――と思いきや、夜の底の中にあった玉座の間。
静寂に包まれた室内に、ゆっくりと、扉が開く音が響き渡った。そして、中に入ってきた人物は、足音を響かせながら奥へと進み始めた。
彼の姿を確認するなり、玉座に座っていた者――魔王は立ち上がり、彼を出迎える。
――やあ。こんな夜中に呼び出しちゃってごめんね。
ジョセフくん。
いえいえ。僕もちょうど眠れなかったところですし。ちょうどいい気分転換になりました。
それは良かった。
……そう言えば、ジョセフくんがこの城に来て、ずいぶん経つかな。
そうですね。魔王様が魔王様になられてからなので、もう半年ほど前になりますね。
ああそんなになるんだっけ。なんかもっと前からいる気がするという不思議。
そうですね。毎日がとても濃厚ですので、僕も同じ感覚ですよ。
……ごめんねジョセフくん。今君と話しながら色々考えてたんだ。
どうやって探ろうかとか、何から聞こうかとか、色々さ。
そうですね。みなさんが寝静まったこの時間にわざわざ呼び出す必要がないような会話でしたので、そんなところだと思いましたよ。
僕も小細工とか苦手だからさ、単刀直入に言うね。
――今日の一件、ジョセフくんも絡んでいたよね。
やだなぁジョセフくん。
はぐらかすのは無しだよ。
君も、犯人側だったってことだよ。
簡単な話だよ。
まず、あの脅迫状。君も捕らえられていたというのに、あの手紙には、イシリアちゃんのことしか書かれていなかったじゃない。
この時点で、まず不思議に思ったんだよ。
僕も一緒だったことが、想定外だったという可能性もあるのでは?
もちろんその可能性もあるだろうね。
ただそれにしては、色々タイミングが良過ぎるんだよね。
手紙が届くのが早すぎるんだよ。
タイミング的に、まるで最初から今日あの時間に、あの場所で捕まえる前提だったかのように、手紙はイシリアちゃんと君が捕まると同時に城に届いたって感じだし。
物資がなくなっていたのも、たぶん君がやったんだろうね。そんで何食わぬ顔で買い出しに同行し、予定の時間、場所で敵に捕まる。
ニコルは君に見覚えがなかったみたいだから、たぶん情報だけを送ってたんでしょ。
とにかく、今日の全ての流れは、君が賊側にいないと成立しないんだよ。
それで十分さ。君を処罰するにはね。
……僕は、魔王だよ?
……仮に、今のあなたの話が真実だとしたら、あなたは僕を殺すのですか?
まさか。
君を殺しちゃったら、セルフィーちゃんが悲しむじゃん。それにきっと、城のみんなも。
ただ僕は知りたかっただけなんだよ。
どうして君が、そんなことをしたのかってのを。
……ま、いいや。
ごめんね変なことを聞いちゃって。
もう戻っていいよ。
僕は別にいいんだよ。
騙されていようが、バカにされようが。そんなの慣れてるし。
今日だってセルフィーちゃんにしこたま蹴られちゃったり、イシリアちゃんとかダンゴくんにすっげー怒られたりしてるわけだし。
――ただもし……もしも、城のみんなに何かした時はさ、話は違ってくるから。
その時は、それなりに覚悟してもらうからね……?
ちなみに今日のことは大目に見ておくよ。イシリアちゃんも無事だったし。
出血大サービス。良かったね。
いちおう、ありがとうございますと言っておきます。
では、この辺で……。
そしてジョセフは玉座の間をあとにする。
彼が足音が遠ざかり消えたところで、魔王は深く息を吐き出した。
魔王の呼び声で柱の影からダンゴが現れ、魔王の元へとゆっくり歩み寄った。
そりゃ気付くよー。だってさっきから、殺気ムンムンだったし。
たぶん、ジョセフくんも気付いていたんじゃないかな。
……盗み聞きのような真似をしてしまい、大変申し訳ございませんでした。
ですが、魔王様にもしものことがあれば大事でしたので……。
別に怒っていないよ。
僕のことを心配してくれてるのは分かってたし。
そんな君に怒るはずがないじゃない。
……よろしいのですか? あの者をこのまま城に置いておいて。
素性も分からぬうえ、実にきな臭い輩ですぞ。危険な事態になるやもしれませぬ。
どうだろうね。
ただ、今のところジョセフくんの後ろにいるのが何か分からないからさ。
その唯一の手掛かりは、ジョセフくん自身なわけだし。
……まあ、なんとかなるでしょ。みんなもいるわけだし。
――ただ、せめて君だけは、ジョセフくんから目を離さないで欲しいかな。
……魔王には、魔界に霧の如き不鮮明な何かが広がっているような気がしていた。夜空に雲は滑り、ひっそりと月を隠し、常闇は魔界に覆い被さる。
その夜に、魔王は一人険しい顔を浮かべていた――。
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