第2話『魔王、忘れる。』
文字数 3,355文字
さて、魔王一派、勇者一行が魔王と勇者をなんとか助けちまおう部隊を結成する少し前の人間界王都。
その王宮の地下深く、国民どころか一般の兵士すらも立ち入ることが禁止されている、禁忌の間。広い湿った空間に僅かな松明が灯り、ゆらゆらと薄い影を揺らす。石畳の床や壁、果ては天井にまで赤い塗料で紋様が描かれ、それは一つの巨大な魔方陣の形を模していた。
そしてその中央には、魔王と勇者の姿があった。
体を太いロープのようなもので縛られ、横並びで座る二人。端から見れば、簡単に抜け出せそうにも見える。だがそうしようともしないところから、そうそう容易いものではないようだ。
マジで全然力が入らねえわ。
ちょっとマナを解放したら抜け出せそうなのによ。
そのマナが出せないから、どうしようもないね。
もっとも、元々二人揃ってくたばりかけなわけだけど。
この部屋一面に紋様があるでしょ?
これさ、マナを抑圧する術式なんだよね。
それもただの術式じゃないんだよ。
それが何重も何重も、これでもかぁ!!ってくらい重ね掛けしてあるみたい。
ちょっとやそっとのものなら破ることは出来るんだけど、これはさすがに無理だね。
この文字さ、たぶん人の血から錬成された塗料なんだよ。
マジマジ。
命の根幹たる血を使った術式は、効果を高めることが出来るわけよ。
それが高位の魔術師のものなら、それこそ最大限にまで高くなるんだよね。
“献贄(けんし)術”って言うんだけどさ、つまりは、生け贄を使った禁術だね。
この術式の強さから見ると……そうだね……。
ざっと、数百人の血が使われてるね。
それも、名のある魔術師のものだね。
ただでさえ強力な結界が生み出せる献贄術のうえ、それを幾重にも重ね掛けしてるわけだし。
これを自力で破るなんてのは、まず不可能だね。
ちなみに、僕らが縛られてるこの縄にも、その塗料が染み込まれてるよ。
脱出は絶望的かもね。
さぁね……。
ただ、これだけの術式を完成させには、それこそ数年はかかるからね。
それを誰にも知られずに秘密裏に進めていたとなると……生きて帰していたとは思えないね。
――その通りだ。
その術式も、縄も、貴様らのために特別にあしらえたものだ。
喜ぶがいい。
ほんと悪趣味だよね、あんた。
献贄術なんて時代錯誤の禁術使ってさ。
ほざけ。
貴様を無様に幽閉出来るのだ。
使わぬわけがあるまい。
おい、一つ答えろ。
王様はどうした?
これは、王様がしたことなのか?
貴様らの王か?そのような下衆など、我は知らぬわ!
フハハハハハ……!
……ちょっと待て。霊王とはなんだ?
我はそんな名前ではないぞ?
違う違う。
霊王じゃなくてさ……。
……ええと……あれだ……。
ちょい待って。今思い出すから。
大丈夫だから。
全然大丈夫だから。
貴様やはり忘れておるではないか!何が大丈夫だ何が!
ええと……あいおう、でもない……まいおう、でもない……。
冥王!め・い・お・う!
冥王だ!
絶対覚えろ!
今すぐ覚えろ!
二度と間違えるでない!
たぶん彼なりに一生懸命考えたんだよ。頑張ってそれっぽい名前にしたから覚えてほしいんだよ、きっと。
その程度で怒りを露にするとは、品が無さすぎるな……。
さっさと喋れこのウスノロ!イライラするだろ!
とってもイライラするだろ!
はい。
我らは冥王を主とする、冥界から召喚されし使い魔……。
我は、アイビス。
俺様は、サンドラ。見ての通り、ゴージャスでスペシャルでトリッキーな美しき超イケメンだ。
だからさっさと喋れと言っとるだろ!私はキュリルだよ!
もう言わないからな!
くくく……気付いたか。
察しのとおり、こやつらはただの使い魔ではない。
過去に魔界を統治していた、魔王だ。
……なるほど。
冥界に漂っていた魔王の御霊を呼び寄せて、使い魔にしたんだね。
その通り!我のために動く、最強の使い魔達……!
その名も……!
フハハハ……!
恐怖のあまり声も出ぬか!
それも仕方ないであろう!
なぜならこやつらは……!
ちょい待ち。
え? なんだって?
悪い。もいっかい言って?
……だから言ったであろう。もっとシンプルな名前にしてはどうかと……。
……なあ、ふと思ったんだが、こいつ中二病じゃね?それも重度の。
そこに気付いたか……。
そうなんだよ。
この人、すっげえ中二病なんだよ。
魔王の時もさ、兵士達の部隊にオリジナルネーミング付けてたんだけどさ、それがすっごい臭い名前だったんだよね。
確か……魔王……ちょく……ちょく……。
……なんだったっけかなぁ……。
忘れたかアルマ!その名は、魔王勅命烈波滅殺執行部隊だ!
そりゃ忘れるだろ。覚えられねえわ。
ダサすぎて覚えたくもねえわ。
当時は兵達も嘆いてたよ。
こんな名乗ることが出来ない名前の部隊なんて嫌だ!
とか、
恥ずかしくて田舎の母ちゃんに打ち明けられない!
とかさ。
しかしすげえな。普通はある段階で悟るじゃん?
そんで悶えるじゃん?
それがないわけだろ?
悟ることなく黒歴史が生まれ続けているんだろ?
マジですげえな。
ていうかもはや哀れだわ。
まさに黒歴史の永久機関だね。エンドレス黒歴史。
終わりなき黒歴史。
気にすんなよ冥王。男なら誰しもが通る道だ。
お前は、少し長すぎるだけなんだよ……うん……お前は悪くねえよ……。
絶対殺してやる!民衆の前で処刑してやる!
人間界に弓引く裏切り者として、惨めったらしく処刑してやる!
バーカバーカ!
ザマアミロ!
そう言い残した冥王は、怒り心頭のまま部屋を出ていった。
あなた方のことは知っているよ。
それぞれが名のある歴代の魔王だし。
僕の大先輩として、これでも尊敬しているんだよ。
そんなあなた方が、あんなしょうもない奴の下にいるべきじゃないよ。かつて魔界全土に轟いたその偉大な名が、汚されてしまうよ。
……若き魔王よ。貴様も知っているであろう?
使い魔として召喚された我らに、抗う術はない。
今の我らは、もはや魔王ではないのだ。過去の幻影が具現化されたにすぎぬ……ただの、駒だ。
……不憫だね。
でも安心してよ。
僕が……僕達が、必ずあなた方の魂を解放するからさ。
そして冥王に続き、冥王四天煉獄凶皇鬼衆(以下、四天鬼衆)もまた部屋を後にした。
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