第8話『魔王、対決する。②』

文字数 3,328文字

……う……うぅん……。
 意識を失っていたユーンは、涼しい風に頬を撫でられ、微睡みの淵から目を覚ました。
……あれ……アタシ……。
 今一つ意識ははっきりとしない。
 なぜ自分がこの場所にいるのか。なぜ草原の上に横たわっているのか。自分が、何をしていたのか……。
 霞がかった記憶の欠片を整理していると、ふと、隣から声がかかる。
よっ。気が付いたか。
 スレイブを見た瞬間、ユーンの脳裏にそれまでのことがフラッシュバックする。
お、お前――ッ!
 慌てて体を起こしたユーンだったが、全身に痛みが走り体を丸めることとなった。
おいおい無理すんなよ。
お前さ、何だかんだでけっこうボロボロなんだぜ?
痛つつ……。
……そっか、アタシ、負けたんだっけ……。
おう!
そりゃもう完敗だな!
……もう怒る気にもならないよ。
レベルもかなり上がってたし、勝てると思ったんだけどなぁ……。
レベルだけで勝てるほど戦いは甘かねえってことだ。
いくらレベル上げても、戦いを左右するのは叩き込んだ経験なんだよ。
逆に言えば、お前は経験さえ積めばもっと強くなれんだよ。
……どのくらい強くなれる?
俺が本気出すくらいだな。
それでもたぶん俺の方が強えけどよ。
なんかげんなりする……。
ていうか、あんた強すぎだよ。
もう一回やれって言われても、勝てる気がしないわ……。
だから言ってるだろ?
俺は強えって。
こう見えても、俺、魔界では“修羅”って呼ばれてたくらいなんだぜ?
……あ、聞いたことあるよ。
出会う全てを斬り捨てる、
魔界の修羅……。
ただの与太話って思ってたけど……。
お?
人間界にまで知られてたのか。
そいつは嬉しいな。
なんだ……アタシ、何気に超ヤバい奴と戦ってたんだ……。
魔界の修羅って言ったら、
伝説的な大剣士じゃん……。
そりゃ、勝てるわけなかったわけだ……。
かかか!
相手が悪かったのには違いねえ!

……ねえ、一つ聞いてもいい?
なんだ?
魔界にとどまらず、人間界にまで知れ渡るほどのあんたが、なんで魔王の部下になってるの?
あんたなら、もっと上を目指せるはずじゃない?
……戦ってる時に、お前に言ったよな?
俺の初撃で倒れなかった奴は、お前で二人目だ”って。
……うん。確か、そんなこと言ってた……。
その一人目ってのが、あいつ……魔王なんだよ。
魔王と戦ったの!?
まあな。でもそんときは、まだ魔王じゃなかったけどな。
当時の俺はよ、敵無しだったんだよ。
誰とやっても満足できねえ。向かってくる奴は口先だけの雑魚ばっかり。
敵なんぞいねえ。俺は最強。
……まあ、俺も思い上がった雑魚の一人だったってわけだ。
そん時によ、あいつと出会ったんだよ。
あいつさ、言ったんだ。
“自分と勝負して、もしこっちが勝ったら協力しろ”ってな。
もちろん受けたさ。
どうせこいつも口先だけの雑魚だ。またすぐに終わっちまう。
そんな驕りを持ったままな。
……それで?
そりゃもう完敗よ!
ボッコボコにされてよ、死ぬ目に遭ったぜ!
……マジ?
マジもマジの大マジよ。
すげえ悔しかったぜ。
そりゃ油断もしてたし、過信もしてたけどよ。そんなの関係なしに、ぐうの音も出ないくらいに負けたんだ。
でもよ、そん時に分かったんだよ。
上には上がいて、俺はまだまだそいつらへの挑戦者なんだってな。
弱い奴をぶった斬っていい気になってただけの、しょうもない奴だったんだってな。
……。
そっから俺は、決めたんだ。
もっともっと修行して、ぜってーあいつに勝ってやるってな。
だから部下ってのはちょっと違うかもな。
俺は、あいつのライバルでいたいんだよ。そうなりたいんだよ。
だから、あいつの近くにいるんだ。
……ってことは、今のあんたって、そんときより……魔界の修羅よりも強くなってるってこと?
まあ、そうだろうな。
そんくらい修行してるからな。
じゃあ、今のあんたが魔王と戦ったら……?
負けるだろうな。普通に。
え゛っ!?
あいつの強さは桁が違うわ。底が見えねえんだよ。どこまで本気で、どこまでぼんやりしてんのか分かんねえ。
普段はひょうひょうとしてるくせに、戦ったらあり得ねえくらいにエグい攻撃を浴びせてきやがる。
掴めねえ強さって言うのかね。
たぶん一生かかっても、あいつの高みには辿り着けねえかもしれねえ。
そんくらいの化物なんだよ。
魔王ってのはな。
だからこそ目指し甲斐があるんだよ!
ため息しか出ないわ……。
そんな奴、討伐出来るのかな……。
……そんじゃあ、次はお前の番だな。
……え?
お前さ、何を抱えてるんだ?
お前の剣には、何が乗っかてるんだ?
……まあ、これも与太話として聞いてよ。
アタシの家ってさ、人間界の王都ではそこそこ名が売れた名家なんだ。先祖代々王家に仕える、騎士の一族なんだよ。
でも、アタシが産まれてすぐに、父様が病気で倒れてさ。
家督を次ぐ男子が産まれることなく、他界したんだ。
……。
それから、周囲の母様への態度は一変したんだ。なぜ男子を産まなかったのか。なぜ父様を死なせたのか。
なぜ……なぜ……。
むちゃくちゃな話だよ。どうしろっての。
だけど母様は、アタシにまで危害が及ぶのを危惧してさ。
幼かったアタシを連れて、王都を離れたんだ。
そっからは母様と二人でひっそりと暮らしたんだ。
幸せだったよ。とても。
だけどそれでも、アタシは思ってたんだ。
いつか絶対に、自分という存在を認めさせてやるんだ。
人々を助けて、騎士としての誇りを取り戻すんだ。
そしてみんなに、母様がアタシを産んでよかったって言わせるんだ。
必死に剣の修行してさ。
ある日城の役人が来て誘われたんだよ。
“魔王討伐に志願しないか”って。
嬉しかったよ。
初めて王国に認められた気がした。
絶対に魔王を倒して、世界に平和をもたらすんだって決意したんだ。
そんで、アタシは勇者達と旅に出たんだ。

……まあ、その結果がこれなんだけどさ。
魔王どころか、その前にボコボコにされるっていう御粗末な話なわけよ。
……お前さ、やっぱごちゃごちゃ余計なこと考えすぎなんだよ。
……そうかなぁ。
剣を握る理由ってのは色々あるだろうけどよ、とどのつまり、結局は自分のためでしかねえんだぜ?
自分のため……?
誰かのためだとか、何かのためだとか、そんなこと言う奴は腐るほど見てきたけどよ。
そういう奴の大元にあるのってのは、自分のためってやつなんだよな。
誰かのために……自分が、そいつを守りてえから。何かのために……自分が、それを守りてえから。
そうしねえと、自分がつれえから。
自分が、自分が。
どんな言い訳とか詭弁並べてもよ、やっぱ最後には、そこに行き着くんだよ。
……。
剣ってのはよ、鏡みてえなもんなんだよ。
振るう時の自分っていうやつを、そのまんま表しやがる。
ごちゃごちゃした思いってのはごちゃごちゃした雑念に変わって、剣を鈍らせる。
……お前の剣はよ、重すぎるんだよ。
剣が……重すぎる……。
もっとシンプルに考えろや。
どんな剣も相手に届かねえと意味がねえし、そいつをぶっ倒して守れるもんがあるなら、まずはそいつを斬ることだけを考えな。
自分の全部を剣に委ねて、自分自身を剣にするんだよ。
さっき俺と戦った時の最後……あれは良かったぜ。
あんときのお前、何を考えてた?
俺を斬ることだけを考えてたはずだぜ?
俺の隙を必死に探して、見つけて、ただぶった斬ることだけを考えてたはずだぜ?
あれを最初っからしてたらよ……。
勝ててたかもしれない……?
んや。
もう少し長く楽しめたかもな。
だよねぇ……。
お前の剣を否定するつもりはねえがよ、もちっと素直に剣を握れよ。
そうすりゃ、お前の剣はもっと迅くなるだろうよ。
うーん……考えとく……。
おう!
次の勝負までの宿題だな!
楽しみに待ってるぜ!
 スレイブの満面の笑みに、ユーンはため息を一つこぼす。
 そして青々とした空を見上げ、遠くで戦っているであろう仲間に思いを送った。
(……みんなごめん。アタシ、完璧に負けちゃったよ。そのくせ身の上話まで晒して、助言なんか受けてさ……)
(カッコ悪いよね。……でも、情けないことにさ、なんかスッキリしたんだよね。倒しに来て色々教えられるなんて、ホントカッコ悪い……)
(……勇者。気を付けてよ。あんたの相手、そうとうヤバい奴みたい……)
 こうして、ユーンとスレイブの戦いは幕を閉じたのであった。
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登場人物紹介

魔王
若くして魔界を統べた英雄的新米魔王
めちゃくちゃ強いが、苦労人
ツッコむつもりもないのにツッコまざるをえない部下を多数持つ

イシリア
魔王の城のメイドさん
意外と真面目
魔王とは幼馴染

セルフィー
幼女と見せかけて単に幼児体型なだけ
ジョセフに恋する自称乙女
一度回復魔術を使えば、超絶スパルタウーマンと化す

スレイブ
戦闘&修行マニア
なんとか魔王をこっちへ引き込もうとしている
普通に強い

マリアンナ
魔界随一の魔術使い
敵であるはずの神を崇拝
いちおう味方

ジョセフ
色々謎な優男
そしてイケメン
女好き

ダンゴ
魔王の部下
一番の理解者兼一番の被害者
本名はルドル・バルト・シュバエルとかいう長ったらしい名前らしい
見た目からダンゴと呼ばれている

勇者
選ばれし者、英雄を約束されし者
そしてヤル気も既に失われし者
布団の中をこよなく愛する者

エレナ
回復術士
女神の如き優しさと寛大さを持ち合わせる聖女
単に天然なだけという噂もちらほら
ファンクラブは星の数ほどあるという

ユーン
女戦士、豪傑豪胆
勇者一行ツッコミ担当
そして勇者一行唯一の常識人

リュー
魔術師担当
おっとりとした口調が特徴
腹黒さは魔族並

ルルリエ

天界の聖天使。マジ天使。
大天使長リヒテルの実の妹
唯一とも言える良識人
魔王一派に圧倒されているが

リヒテル

天界の大天使長
なんか色々考えてるっぽい
めちゃくちゃ強い

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