章最終話『魔王、調子乗る。』

文字数 3,860文字

 ところ変わり、魔王城。
 あれから魔王は牢獄にいたルルリエを連れ、魔界へと帰った。ルルリエは当初、天界を追放されたことにショックを隠せない様子であった。それについて、魔王もマリアンナも慰めることも同情することもしない。むしろ、敢えてさも当たり前のように彼女を引き連れ魔界へと帰ったのだった。
 それが逆に、彼女の気持ちを楽にすることを知っていたからだ。
 魔界へと戻ってきたルルリエは、城で待つ面々に暖かく迎え入れられる。
 そしてその日の晩、魔王城では、宴が催されたのだった。
……というわけで!
“ルルリエちゃんようこそ魔界と魔王城へ。色々あるけどもう面倒な事なんか気にしないでさっさと馴染んじゃってどうぞ会”を開催します!
かんぷゎぁあい!
かんぱーい!!
 会場にグラスを鳴らす音が響き渡る。
 煌びやかなシャンデリアがテーブル上に並べられた数多くの料理を照らし出す。どこからともなく音楽が流れ、手作りの装飾が壁や窓に彩られていた。ある者は談笑し、またある者(というかスレイブ)はとにかく目の前の料理を頬張る。
 和やかな雰囲気の中心にいたのは、言うまでもなくルルリエである。しかしながら、場慣れしていないのか、彼女は戸惑っている様子であった。
さあさあルルリエちゃん!
もうじゃんじゃん食べちゃってよ!
がぶがぶ飲んじゃってよ!
あ、ありがとうございます。
ですが、私もあまりこういう場に慣れていなくて……。
もう気にしない気にしない!
気にしたら負けだよ負け!
勝ち負けの基準が分かりかねますが……。
まあまあルルリエさん。
こんな人はほっといて、楽にしてくださいませ。
そうそう。
これは、ルルリエのために開催された宴なんだからね。主賓のあんたが遠慮してたら、周りも気を使っちゃうじゃない。
難しいこと考えないで、楽しくしてればいいのよ。
は、はい!
ありがとうございます!
いやぁ、今日は本当にめでたい日だ。
こんなに可愛らしいお嬢さんが城に来るとは、僕も嬉しいですよ。
ルルリエ。ジョセフに近付いちゃダメよ。
あなたは知らなくていい世界に引っ張るつもり満々なんだから。
これは手厳しい。
僕は単に、色んな意味でお近づきになりたいだけなんですけどね。
色んな意味って言うか、本当に単に煩悩だよね。
これは、思いもよらぬライバル登場ですわ。
ジョセフ様に気に入られるなんて……!
セルフィーさん。
基本ジョセフさんは女性に対して大概こんな感じじゃないですか。
思いもよらぬというより、想像通りと言うべきでしょうね。
煩悩で息し過ぎだっつーの。
ははは。本当に手厳しいですね。
あ、あの……。
これは失礼。
ルルリエさんにしてみれば、初っ端いきなりコア過ぎる会話でしたな。
まあそのうち慣れるよ。
大丈夫大丈夫。
は、はい……!
それにしても、魔王もなかなかやりますわね。
ちゃんとルルリエを奪還してくるなんて、少し見直しましたわ。
そうね。
なんだかんだでゴタゴタすることもなくすんなりいったし、素直に感心するわね。
でしょでしょ!?
もっとちょうだい!
そういうのもっとちょうだい!
私も嬉しいですぞ!
魔王様がこんなにも立派になられて……!
ふっふーん!
それほどでもあるけどね!
もう……調子乗っちゃって……。
それでも、魔王さんのおかげではありますからね。
さすがに天界の聖門を魔術で吹っ飛ばしたり、大天使長に対して啖呵を切ったりした時はヒヤヒヤしましたけど、結果おーらいですね。
……は?
……なんですって?
……どういうことでしょうか?
ちょ、ちょっとマリアンナさん……今ここでそのことは……。
どうしてですか?
いやだってホラ。僕今珍しく褒められてたし……。
魔王様!
そんなことされたのですか!?
前言撤回ですわ!
何してくれてますのあなたは!
あんたって奴は!
危うく天界へのカチコミじゃない!
ごめんなさぁい……!
ほ、本当に面白い魔王さんですね……。
精いっぱいのフォロー、痛み入ります。
 そんなこんなで、賑やかに時間は過ぎ去っていった。
 それからしばらくした後、ルルリエは、一人会場脇にあるベランダにいた。
 夜風が体を通り抜ければ、彼女の金色の髪を靡かせる。少し肌寒いが、会場で火照った体には心地よく感じた。
 そこから見える魔界の風景。夜空に星々は煌めき、月明かりが優しく大地を照らす。闇に沈んでいるはずの木々は、どこか安らかに眠っているようにも思えた。
 その全てを、ルルリエは揺れる瞳で見つめていた。
……。
 ふと、彼女の元へ歩み寄る人影があった。
 イシリアとセルフィーである。
――こんなところにいたんだ。
夜風に当たり過ぎると、風邪をひきますわよ。
ああ、みなさん。
今日は本当にありがとうございます。私のために、このような催しをしていただいて……。
別にいいって。
ていうか、これって恒例行事だし。
恒例行事?
ええそうですわ。
あの人、新しいメンバーが来るたびにこんなことをやっていますのよ。
そうだったのですね。
……ねえ、やっぱり、辛い?
天界に帰れなくなるのって……。
……そんなことはありません、と言えば嘘になります。
どのような扱いをされようとも、天界は、私の故郷ですから……。
そっか……。
もちろん、魔王さんには感謝しています。
行く当てのない私を城に迎え入れてくださり、しかも、このように歓迎してくれていますし。
それに、こうも言ってくれました。
君は僕の大切な友人だから。もし君が困っていたら、例えどんなことをしてもなんとかしてあげたい。だから、僕の城においでよ。
その言葉に、私は救われた気がします。
……ですが、やはりどこか心に棘が刺さっているような……そんな気分は未だ拭いきれていません。
……あなたの気持ちはわかっているつもりですわ。
ワタクシも、似たような境遇ですので。
え?
ワタクシ、元々人間界にいましたのよ。
そして魔族でもなければ天界の民でもない、ただの人間ですの。
そうなの?
事実ですわ。
元々ワタクシは、魔術の研究をしていましたの。その中で、少し面倒なことになって、人間界でお尋ね者になりましたのよ。
では、魔王さんとは……。
ええ。逃亡する中で出会いましたの。
あの人から三食お昼寝おやつ付で魔界に来ないかと提案され、今こうしてここにいるんですの。
あいつらしい勧誘の仕方ね。
ですわね。
あまりにバカバカしい勧誘の仕方だったので、ワタクシ思わず笑ってしまいましたわ。
……でもその時に思ったんですの。笑ったのは、いつ以来だろうって。
当時のワタクシは疑心暗鬼になって、出会う人全てを疑い、敵視し、笑顔なんてすっかり忘れてしまっていたのですわ。
だからワタクシは、魔界を選んだんですの。
こんなバカバカしい提案を当たり前のようにしてくるあの人のところなら、いてもいいかなと思えましたの。
そんなことが……。
……ルルリエ。
ワタクシから言えることは、たった一つですわ。
これからどうするか、これからどこへ向かうのかは後からゆっくり考えればいいだけのこと。
それが決まるまでは、ここで思いっきり笑っていればいいだけですのよ。
……ここにいたら落ち着く暇はないだろうけどね。
ただ一つ言えることは、うじうじ考えるのが馬鹿らしくなると思うわ。あんたの悩みも苦しみも、たぶんあいつが丸ごとどっかに放り投げてしまうからね。
……イシリアさん、セルフィーさん。ありがとうございます。
私、色々不安だったんです。天界を追われて、未知の世界で住むことになって、これからどうなるんだろうって、これからどうすればいいんだろうって、そんなことばかり考えていました。
ですがお二人の話を聞いて、なんだか楽しみになってきました。
そうですね。これからのことなんて誰にも分からないことですよね。でしたら私は、私らしくここにいようと思います。
……素敵な魔王さんの、隣で……。
……。
(……あら? これはもしや……)
(なにやら、面白そうな予感ですわ……!)
 様々な想いが飛び交いながら、宴は遅くまで続くのであった……。
 
 
 
 
 
 
 
 
 ……さて、更にところ変わって人間界の辺境にある小さな祠。
 その中で、とある人物が目の前のモンスターに致命の一撃を入れていた。
――ハァッ!!
 彼女の一撃を受け、モンスターは倒れる。
 そして彼女の周囲の者も、静かに武器を収めた。
お疲れ様でした、みなさん。
お疲れー。さすがに疲れたわ。
めんどくさいことこの上なかったわ。
でもこれで、全員レベル100になったね。
そ、そうなんだけどさ……。
どうかしました?
いや……なんか姑息だなって……。
というと?
まさか本当に、闇市で大量のはぐれ〇タルが売られているとは……。
ああ、そのことね。
僕の情報網からすれば容易なことだよ。
でも高かったんじゃね?
国一つが傾くくらいのお金がかかったとだけ言っておくよ。
そんで、その請求が全部王様んところに送られる、と……。
当然さ。
世界を救えとか言っておきながらたかだか数百ゴールドしか払わないなんて都合が良過ぎる話だからね。有り金全部払わせても足りないくらいだよ。
人に命かけさせるんだから、王様も人生かけてもらおうじゃないか。
でもさすがに可哀想だったよ……。
王様、涙目になっていましたね……。
それはさておき、とりあえずさっさと行こうぜ。
そうだね。
借り、返さなきゃね。
あの時の礼、何倍にもってやつだね。
行きましょうみなさん。
私達もずいぶん強くなりましたし、きっと大丈夫です。
じゃあ……行くか。
――宿屋へ。
そっちかよ!
 そして勇者は、渋々出発するのであった。
 魔界へと。魔王のところへと。
 ついに、勇者がやって来る……。
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登場人物紹介

魔王
若くして魔界を統べた英雄的新米魔王
めちゃくちゃ強いが、苦労人
ツッコむつもりもないのにツッコまざるをえない部下を多数持つ

イシリア
魔王の城のメイドさん
意外と真面目
魔王とは幼馴染

セルフィー
幼女と見せかけて単に幼児体型なだけ
ジョセフに恋する自称乙女
一度回復魔術を使えば、超絶スパルタウーマンと化す

スレイブ
戦闘&修行マニア
なんとか魔王をこっちへ引き込もうとしている
普通に強い

マリアンナ
魔界随一の魔術使い
敵であるはずの神を崇拝
いちおう味方

ジョセフ
色々謎な優男
そしてイケメン
女好き

ダンゴ
魔王の部下
一番の理解者兼一番の被害者
本名はルドル・バルト・シュバエルとかいう長ったらしい名前らしい
見た目からダンゴと呼ばれている

勇者
選ばれし者、英雄を約束されし者
そしてヤル気も既に失われし者
布団の中をこよなく愛する者

エレナ
回復術士
女神の如き優しさと寛大さを持ち合わせる聖女
単に天然なだけという噂もちらほら
ファンクラブは星の数ほどあるという

ユーン
女戦士、豪傑豪胆
勇者一行ツッコミ担当
そして勇者一行唯一の常識人

リュー
魔術師担当
おっとりとした口調が特徴
腹黒さは魔族並

ルルリエ

天界の聖天使。マジ天使。
大天使長リヒテルの実の妹
唯一とも言える良識人
魔王一派に圧倒されているが

リヒテル

天界の大天使長
なんか色々考えてるっぽい
めちゃくちゃ強い

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