第2話『魔王、風呂へ行く。』

文字数 3,035文字

 さて魔王は、とりあえず兵を立てることとした。
 魔王とルドル・バルト・シュバエル(以下ダンゴ)は兵舎へと向かう。城の敷地の奥、そこに兵舎はあった。
 城よりも遥かに巨大で重々しい雰囲気に包まれている兵舎。雷鳴は轟き、乾いた風が唸る。
 そこには、魔王軍が誇る精鋭部隊が待機していた。そして有事には魔王の一言で動き始め、魔界の脅威を全力で取り払いに向かう。
 ――その、はずだった。
――……な・の・に。
なんで誰もいないのぉぉおお!?
あれま本当に人っこ一人……もとい、兵士っこ一兵士もいませんね。
ねえねえなんで!? なんで誰もいないの!?
なんでって、あんたのせいでしょ……。
あれイシリアさん? どうしてここに?
掃除よ。誰もいないから埃が凄くって……。
イシリアちゃんイシリアちゃん。僕のせいってのは?
忘れたの? 前魔王をブッ飛ばした時のこと。
ほゎっつ?
……あ、私、思い出しましたぞ。
え? なになに? なんなの?
あんた自分で言ってたじゃん。
はいは~い!
もう戦争終わり! 終了!
みんな解散していいからね!
ていうかさっさと帰れ!!
……って。
それを境に、みなさん本当に帰っちゃんたんですね。
そうそう。めちゃくちゃ喜んでいたわね。
久しぶりの長期休暇だー! って。
えええええ!?
みんな本当に帰っちゃったの!?
一人残らず!?
そりゃ帰るでしょ。以前が以前だったわけだし。
残業出張当たり前。経費も当然のように自腹。手当なんて付かないし、休みなんて夢のまた夢。
絶対に勝てないような相手に挑ませて、指示した本人は城で偉そうに椅子でふんぞり返るだけ。
とんだブラック企業だったわね。
ちょっと何言ってるのか分かりません。
ともあれ、みなさんはそれぞれの家に帰ったわけでして。
ここ数百年働きづめの毎日でしたから、おそらくしばらく帰ってこないかと。
そ、そんな……。
そんなに後悔するなら、なんであんなこと言ったのよ。
いやだってさ、あん時って前の魔王ぶっ飛ばしたばっかりじゃない?
妙なテンションだったっていうか、ウィナーズハイになってたっていうか……。
つまりノリと勢いで言ってしまった、と。
平たく言えばそういうことかな。
まあ兵士達への扱い見てて可哀想だなぁって思ってたこともあったけど。
バカね。ノリと勢いだけに任せての言動は身を亡ぼすのよ。
うぅ……。反省します……。
今後は気を付けることね。じゃあ私は掃除に戻るから。
 そしてアシリアは、通路の奥へと消えていった。
……それにしても、兵がいないってどうよ。
僕いちおう魔王だよ!?
ですから、それは魔王様のせいでしょうに。
これからどうします?
そうだねぇ……。何か案はある?
鉄板で言えば、まずは魔王様の幻影ですかね。
ほうほう。幻影とな?
そうです。まずは小手調べで、魔王様の幻影を勇者一行にぶつけるのです。
死闘の末幻影を倒した勇者一行は思うのです。
これが、魔王の力か……!!
(あ、負ける前提なんだ……)
というわけで、さっそく試してみましょう。
ほら幻影作ってくださいませ。早く作ってくださいませ。
うーん、なんだか釈然としない気もするけど……。
 そして魔王は、精神を集中し始める。
はぁぁぁあああああ……!
フォゥゥウウッ!!
 魔王が気の抜けた気合を入れると、目の前に影が伸びる。それは形となり、動き始めた。
 その影の形は、どこか魔王に似ていた。
――……初めまして魔王様。
おおお! 上手くいった!
試してみるもんですなぁ。
そんなに信頼度低い状態で僕を生み出そうとしてたんですか!?
まあまあいいではないですか。
さっそくで悪いんだけどさ。
ちょっと勇者達にしばかれてきてくれない?
生まれてすぐに死んでこいと!?
まあまあ気にしない気にしない。
さあ行った行った! 自分の役目を果たすんだ!
そ、そんな……! あんまりだ!
うわああああああん……!
 そして幻影は消えていった。
 泣きじゃくるような嗚咽を残して……。
……。
……泣いてましたね。
どうして僕を見ているのかな?
それはだって、泣かせたのは魔王様ですし……。
君の発案じゃん! 僕だけのせいじゃないじゃん!
いやそれでも、あの言い方はないわ。うん、ないない。
露骨な責任の押し付けはやめなさい。
だいたい魔王様のせいじゃないですか!
考えなしに兵を解散させちゃうからでしょ!?
それ言っちゃう!?
それ言っちゃうのそれ!?
何度でも言ってやりますよ!
そもそも魔王様は……!
まだ言うかダンゴ虫!
……あ、あのぉ……。
ダ、ダンゴ虫……!
今ダンゴ虫って言いましたか!?
言いましたよね!?
それの何が悪いのさ!
だってその通りじゃん!
……すみません。もしもーし?
人(?)の容姿を差別的に言うのは最低ですよ!
それを言うならその魔王様の角だってみょうちくりんじゃないですか!
なんですかその角!
どうやってシャンプーするんですか!
君に角の辛さは分からないだろうさ!
シャンプー洗い落としきれなかった時のベタベタ感なんて想像もできないだろうさ!
シャンプーなんて必要ないからね君は!
シャンプーなら毎日してますよ!
トリートメントまでしてますよ!
いったい何を修復補修してるわけ!?
脚か!? その脚をケアしてるのか!?
ちょっといいですかぁぁああ!?
あ、あれ? いつの間に?
幻影さん? えらくお早いお帰りで。
ええ……まあ……。
それにしても早かったね。
……あれ? ケガもしてない?
ケガしてても真っ暗で分かんないでしょうけどね。
なにその満ち足りた顔は。その自信満々の顔は。
いえ……別に……。
それで? 勇者一行とは?
ええまあ……。会えましたよ。
会えました。けども……。
けど……?
……か、勝っちゃいました。僕が。
ええええええ!?
なんですとおおお!?
だ、だって勇者達、想像以上に弱かったんですもん……。
攻撃も痛くも痒くもないし、魔法だって息吹きかけられたみたいな感じでしたし……。
えええ……。いったいどうして……。
……ああ、私、なんとなくわかりましたよ。
ほうほう。どういうこと?
勇者達って、出発したばかりじゃないですか?
うん。
レベルだって低いし、装備だってまだ弱いじゃないですか?
うんうん。
片や魔王様は魔王様じゃないですか?
つまりは、ラスボスじゃないですか?
まあそういうことだよね。
ですから勇者達は、幻影とは言え、その分身的な幻影さんに勝てるはずがないんですよ。
つまりは、負けイベントです。
ええええええええ!?
そうなるの!?
ああどうりで全然相手にならないわけだ。
なんか申し訳なくなったくらいだし。
どうしよう……。
……あのぉ。僕はこれからどうすれば……。
え? ああ、お疲れ様。
もう消えちゃっていいよ。
そんな扱いあります!?
ねえちょっと!
ねえったらあああああ……!!
 哀れ幻影は、断末魔とも言える訴えを残しながら、姿を消してしまったのだった。
それにしても、どうしてこうなったのやら……。
勇者達、大丈夫でしょうか……。
そうだねぇ。
僕らが彼らを心配するのも妙な話だけどね。
ともあれ、しばらくは放置してても問題ないことはわかりましたな。
そうだね。とりあえず……お風呂入ろうかなぁ。
どう? 久しぶりに一緒に入らない?
おおいいですなあ!
ちょうど私、新しいトリートメントを買ったばかりなんですよ!
うん。そうかそうか。
そこら辺、じっくり話さないといけないかもしれないね。
 そして魔王たちは、風呂へと向かう。
 勇者はしばかれた。魔王はお風呂。いったいこの先どうなっていくのやら。
 そしてダンゴのトリートメントとは……!
 
 続く……のか?
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登場人物紹介

魔王
若くして魔界を統べた英雄的新米魔王
めちゃくちゃ強いが、苦労人
ツッコむつもりもないのにツッコまざるをえない部下を多数持つ

イシリア
魔王の城のメイドさん
意外と真面目
魔王とは幼馴染

セルフィー
幼女と見せかけて単に幼児体型なだけ
ジョセフに恋する自称乙女
一度回復魔術を使えば、超絶スパルタウーマンと化す

スレイブ
戦闘&修行マニア
なんとか魔王をこっちへ引き込もうとしている
普通に強い

マリアンナ
魔界随一の魔術使い
敵であるはずの神を崇拝
いちおう味方

ジョセフ
色々謎な優男
そしてイケメン
女好き

ダンゴ
魔王の部下
一番の理解者兼一番の被害者
本名はルドル・バルト・シュバエルとかいう長ったらしい名前らしい
見た目からダンゴと呼ばれている

勇者
選ばれし者、英雄を約束されし者
そしてヤル気も既に失われし者
布団の中をこよなく愛する者

エレナ
回復術士
女神の如き優しさと寛大さを持ち合わせる聖女
単に天然なだけという噂もちらほら
ファンクラブは星の数ほどあるという

ユーン
女戦士、豪傑豪胆
勇者一行ツッコミ担当
そして勇者一行唯一の常識人

リュー
魔術師担当
おっとりとした口調が特徴
腹黒さは魔族並

ルルリエ

天界の聖天使。マジ天使。
大天使長リヒテルの実の妹
唯一とも言える良識人
魔王一派に圧倒されているが

リヒテル

天界の大天使長
なんか色々考えてるっぽい
めちゃくちゃ強い

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