第7話『魔王、紅茶を飲む。』

文字数 3,097文字

 魔王とマリアンナは瓦礫に腰を降ろし、紅茶を啜っていた。
いやぁ暖かいねぇ。
心が落ち着くよ。
魔王さんは紅茶が苦手でしたよね。
大丈夫ですか?
うーん、やっぱりちょっと苦いけど。
それでも前よりは美味しいって思うよ。
それはよかったです。
いざという時のために持ってきておいた甲斐がありました。
いったいどういう“いざという時”を想定していたのかが気になるところだね。
色々です。
そうかぁ、色々かぁ。
極々限られた環境でしか使えないような気もするけどなぁ。
これからどうしますか?
そうだねぇ……。
周りがこれだしねぇ……。
 魔王は周囲を見渡す。
 彼らの周りには、ドーム状の碧光の障壁が張られていた。そしてその外側には、景色を埋め尽くすほどの兵の大軍が。手には武器、体には鎧を装着し、血眼になり障壁を破らんと刃を振るい、或いは魔術を放っていた。
 怒声、雄叫びが飛び交い、障壁がなくなろうものなら、真っ先に魔王達に襲い掛かることだろう。
まぁマリアンナさんの全力結界だから早々簡単には破られないだろうけどさ、どうしようかねこりゃ。
先程からずっとこの調子ですしね。
皆さんぶっ殺すだの叩き潰すだの、なにやらそんな荒々しい言葉をかけているようですし。
そりゃこんな状況で呑気に紅茶なんて飲んでたら頭に来るだろうけどさ。
ぶっちゃけ紅茶でも飲まないとやってられないんだよね。
結界自体は数ヶ月は持ちますが、どうします?
手っ取り早いのはこの人達全員大人しくしてもらうことなんだろうけど……そんなことしたら、それこそ第二次天魔戦争開戦のご挨拶になっちゃうからなぁ。
ダンゴ君達にも怒られそうだし、しばらくは様子見かなぁ。
こんなことならお茶菓子も持ってくるべきでしたね。迂闊でした……。
後悔するところが色々おかしい気がする。とっても。
 その時、突然上空から声が響き渡った。
――……兵達よ、武器を収めよ。
――ッ!?
あれ? この声……。
……大天使長、でしょうね。
あ、やっぱり?
はい。
その者は私の客人だ。
丁重に出迎えよ。
 その言葉を受けるなり、兵達は一斉に武器を下げ、なおかつ出迎えるように宮殿への道を開けた。
 その動きは統一され、まるで何者かに操られているかのようにすら見える。
……いやぁ、不気味なくらい壮観だねぇ。
天界の民にとって、大天使長の言葉は絶対なんです。
反論どころか、疑問すら許されません。
……本当に、何一つ変わっていません。
マリアンナさん……?
……行きましょう魔王さん。
せっかくのご招待ですし。
 そして魔王達は結界を解き、宮殿の中へ足を踏み入れる。
 意思もない亡霊のような兵に案内された彼らは、謁見の間へと通された。数多くの兵が連ね、皆眉一つ動かさない。
 重々しい空気の中、魔王達は奥へと進んだ。
そして――。
――待っていたよ。
魔界の若き魔王さん。
……はじめまして。って、言った方がいいのかな?
どうぞご自由に。
君とはこうして直に話してみたかったんだ。わざわざ君から出向いてくれて助かる。
僕もだよ。
まあ聞きたいことが出来たのは最近だけどね。
……ルルリエのことだね?
わかってるじゃない。
だったら話は早いでしょ?
そう慌てなくても。
……それより私は、彼女が気になるね。
 そう言うと、天使長は魔王の後ろにいたマリアンナに視線を送った。
……。
久しぶりだね、マリアンナ。
元気そうでなによりだ。
そうですね。
本当に久しぶりですね、リヒテル。
あれ?
知り合い?
はい。そうですよ。
ははは。知り合い、ね……。
それにしても驚きました。
大天使長に就任したのですね。
まあ、色々あってね。
でも僕も驚いたよ。
まさか“天界の聖母”と呼ばれていた君が、魔界側にいたなんてね……。
天界の聖母……?
知らなかったのかい?
彼女はね、聖天使だったんだよ。それも、天界屈指の実力を持つね。
ほぇぇ……そうだったんだ……。
それで色々と天界のことに詳しかったんだね。
ははは。本当に何も知らなかったんだね。
そんな素性も分からない人物を手元に置くなんて、器が大きいというか呑気というか……。
余計な詮索はしない性分なんだよ。
仕事とプライベートは区別しておきたいし。
私にもあったんですよ。色々と。
出来れば聞かせてもらえないかな?
あの日突然君が消えてしまった理由を。
特別な理由はありませんよ。
強いて言えば、疑問を持ってしまった……と言うべきでしょうか。
疑問……?
あの頃の私は、使命を全うすることに全てを注いでいました。
それが神に仕える者の定め。それがこの世界に住まう全ての民のため。
そうやって思い込み、祈り、そして、目を逸らしていました。
目を逸らす……か。
そのために、様々なことをしてきました。
大天使長の命を受け、それを全うしてきました。
……時には、多くの命を奪うこともありました。振り返れば、そこには無数の屍が転がっていました。
それでも私は、それが全ての幸福につながると自分に言い聞かせ、そして、前を向きました。
マリアンナさん……。
ですが、本当は分かっていたんです。
その命が、天界の一部の者の私欲のために下されていたことを。そして私が、それに利用されていたことを。
私は怖かったんです。
私の想いが裏切られ、汚され、無意味と化していたという事実を受け入れたくなかったんです。
……。
……そしてある日、私は大天使長の命のもと、一つの村を焼き払いました。
神を討とうと画策する背教者の村……そう聞いていました。しかし、事実は違っていたんです。そこにそんな人などいなかったのです。
私はまた、無駄に多くの命を奪ってしまったのです。
……。
炎に包まれる村の中で、一人の少女の亡骸を見つけました。天使の人形を抱きかかえ、頬には血と涙が混じっていました。
その子を見た時、耐え難い哀しみと絶望が私を包みました。
これが私がしたことだと、この子の血と涙は私が流させたのだと。これまで逃げていた真実を突き付けられた私には、私の存在意義が分からなくなっていました。
そして私は、天界を離れました。
……。
失意の底にいた私は、行く当てもなく彷徨いました。
自分の死に場所を探していたのかもしれません。食事を取ることも、休むこともせず、ただただ乾いた荒野を歩き続けました。
……そんな時に出会ったのが、魔王さんでした。
僕?
はい。
もっとも、その時はまだ魔王さんは魔王ではありませんでしたけど。
その時のことは、ひと時も忘れたことはありません。
私は魔王さんに言いました。
「私を殺してください」と……。
……。
……ですが魔王さんは、私が期待していた答えとは全く違う言葉を口にしました。
「それより紅茶飲む?」
ですよ?
……あー、そんなことあったなぁ。
そん時確か、知り合いからちょっと高い紅茶貰ったんだけど、苦くて飲めなかったんだよねぇ。
そうですね。
「捨てるのもしのびないから、僕が飲んだっていう名目で飲んでよ」
そんなことも言っていましたね。
……その時の紅茶の暖かさと美味しさは、忘れられません。
そして、笑顔で色々なことを話しかけてくれる魔王さんがとても眩しく見えました。
この人はまったく自分を飾っていない。裏も策もなく、純粋に私と接してくれている。
そう思いました。
……だから魔王についた、と。
そういうわけではありませんよ。
誰につくというわけではなく、心を許せる友人と、ありのままの自分でいれる場所にいようと思っただけです。
……。
……リヒテル。
あなただって分かっていたはずです。当時の天界に自由はなく、一部の者の思惑が全てだという理不尽を知っていたはずです。
そんなあなたが、なぜその時と同じことをしているのですか?
なぜ天界は何一つ変わっていないのですか?
……。
 続く。
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登場人物紹介

魔王
若くして魔界を統べた英雄的新米魔王
めちゃくちゃ強いが、苦労人
ツッコむつもりもないのにツッコまざるをえない部下を多数持つ

イシリア
魔王の城のメイドさん
意外と真面目
魔王とは幼馴染

セルフィー
幼女と見せかけて単に幼児体型なだけ
ジョセフに恋する自称乙女
一度回復魔術を使えば、超絶スパルタウーマンと化す

スレイブ
戦闘&修行マニア
なんとか魔王をこっちへ引き込もうとしている
普通に強い

マリアンナ
魔界随一の魔術使い
敵であるはずの神を崇拝
いちおう味方

ジョセフ
色々謎な優男
そしてイケメン
女好き

ダンゴ
魔王の部下
一番の理解者兼一番の被害者
本名はルドル・バルト・シュバエルとかいう長ったらしい名前らしい
見た目からダンゴと呼ばれている

勇者
選ばれし者、英雄を約束されし者
そしてヤル気も既に失われし者
布団の中をこよなく愛する者

エレナ
回復術士
女神の如き優しさと寛大さを持ち合わせる聖女
単に天然なだけという噂もちらほら
ファンクラブは星の数ほどあるという

ユーン
女戦士、豪傑豪胆
勇者一行ツッコミ担当
そして勇者一行唯一の常識人

リュー
魔術師担当
おっとりとした口調が特徴
腹黒さは魔族並

ルルリエ

天界の聖天使。マジ天使。
大天使長リヒテルの実の妹
唯一とも言える良識人
魔王一派に圧倒されているが

リヒテル

天界の大天使長
なんか色々考えてるっぽい
めちゃくちゃ強い

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