第7話『魔王、対決する。①』
文字数 2,756文字
――草原。
魔界からも離れた人間界の東部。辺りに建物どころか、人の姿すらない。どこまでも続く緑の草と、遠くに霞む山脈。小鳥は囀り、草香る心地よい風が優しく通り抜けていた。
そこに飛ばされたのは、スレイブとユーン。しかしその様子は対照的である。
重心を落とし、注意深く相手の様子を伺うユーン。そして周囲を見渡し、どこか笑みを浮かべ直立するスレイブだった。
どこか残念そうな表情を浮かべたスレイブは、掌を前にかざす。するとその手元に光が集まり始めた。
強く、目映い光……それは徐々に収束し、一本の大剣を形成する。
そしてユーンもまた、背中の剣を抜き構えを取る。
雄叫びと共にスレイブは地を蹴る。そして風のような速さで瞬く間に距離を詰め、ユーンの眼前へ迫る。
驚愕するユーンに、スレイブは縦一閃の斬撃を向ける。ユーンは体を捻り間一髪で躱すが、スレイブは瞬時に横振りの2撃目を繰り出した。
咄嗟に剣を構えたユーンは辛うじて魔剣の一太刀を受け止めた。
だが激しい金属音が響くと同時に、彼女の全身に衝撃が襲いかかる。
衝撃をまともに受けたユーンの体は宙を舞う。体は回転し、上下左右の感覚を奪い取る。
片やスレイブは素早く跳び上がり、剣を大きく振りかぶる。
なんとか魔剣を剣で受けたユーンだったが、勢いまで殺すことは出来ない。そのまま打ち落とされ、まるで隕石のように大地に叩き付けられた。
着地したスレイブは、剣を肩に乗せユーンの落下点を見つめる。
砂が巻き上がり、周囲の視界を遮っていた。空中には草の切れ端が舞い、その衝撃の強さを物語る。
スレイブの問いに答えるように、粉塵の中ユーンはゆるりと立ち上がる。
だがすぐに片膝を付き、苦痛に表情を歪めていた。
体全身に痛みが走り、呼吸するのもままならない。使いなれたはずの剣はとても重く、気を抜けば意識を失うほどだった。
呼吸を整えたユーンは痛む躰に耐え前に出る。そして剣をスレイブに向ける。
ユーンは波状に攻撃をする。縦に横にと次々に剣を振り抜きスレイブを狙う。
片やスレイブは華麗な剣裁きを見せる。斬撃を受け、或いは往なし、躱す。それでもユーンは攻撃の手を休めることはない。
一方的に攻撃し続けるユーン。そしてそれを笑みを浮かべながら受けるスレイブ。
刃と刃がぶつかる金属音は断続的に響き、二人は決して離れることなくステップを刻む。
その姿は、舞踊にも見えた。
一際力強く剣を振るユーン。それを受けたスレイブの体は、やや左に流れる。
針の穴のような極僅かな隙にユーンは猛る。そして体を反転させ、渾身の一太刀をスレイブに向ける。
――時が、緩やかに流れる。
その一撃に全てを懸けるユーン。
迫る閃刃に目をやるスレイブ。
ユーンの刃は徐々に近付き、スレイブは躱そうと体を捻る。
そして剣先がスレイブの頬に触れると同時に、時の流れはその早さを思い出す。
――ザンッッ!!
剣は振り抜かれ、ユーンはスレイブを見つめる。その視線は揺らぐことなく鋭い。
手に覚える僅かな感触に祈りを込め、上体を反らすスレイブに視線を注ぐ。
――が、
スレイブは不敵な笑みを浮かべ、ユーンを見つめた。彼の頬からは血が流れる。
ユーンの一撃は確かに彼を捉えていた。
だが、彼女の祈りは虚空に消えた。
スレイブは魔剣を構え反撃の一太刀を向ける。だがユーンは避けようとも受けようともしない。否、出来ないのだ。
全てを懸けた一撃は、彼女を死に体へと変えていた。耐えていた痛みは一気に押し寄せ、自由を奪う。
彼女は、もはや戦う術を失っていた。
背負う全ての者に懺悔を捧げるユーン。
瞳を閉じ、訪れる最期に覚悟を固めた。
いくら待てども、刃が来ない。違和感を覚えたユーンはゆっくりと目を開ける。
彼女の顔の真横で、スレイブの魔剣は止まっていた。
スレイブは満面の笑みを浮かべ、剣を下げる。そして剣を手放すと、魔剣は光の中へと還っていった。
ユーンは微笑みを浮かべ、そのまま草原に倒れ意識を失う。
その表情は、どこか安堵に満ちていた。