第7話『魔王、対決する。①』

文字数 2,756文字

 ――草原。
 魔界からも離れた人間界の東部。辺りに建物どころか、人の姿すらない。どこまでも続く緑の草と、遠くに霞む山脈。小鳥は囀り、草香る心地よい風が優しく通り抜けていた。
 そこに飛ばされたのは、スレイブとユーン。しかしその様子は対照的である。
 重心を落とし、注意深く相手の様子を伺うユーン。そして周囲を見渡し、どこか笑みを浮かべ直立するスレイブだった。
……この辺りは気持ちいい風が吹いてんな。魔界とは大違いだ。
……。
見てみろよ。珍しい鳥が飛んでんぜ。
あれ、食えんのかな……。
……ずいぶん余裕だね。
これから斬り合うっていうのに……。
そう言うお前は、ずいぶん余裕がねえんだな。もっと楽にしようぜ楽に。
挑発のつもり……?
今のが挑発か……。
いやほんとに余裕ないんだな、お前……。
バカにしてんの!?
まさか。むしろ逆だぜ。
一度見ただけで、すぐに思ったんだよ。
強え……ってな。
こんなにワクワクすんのは久しぶりでな。
楽しみでしょうがないんだよ。
戦いを楽しむなんて……!
そんな奴に、アタシは負けないよ!
アタシは……アタシ達は、この世界を背負ってるんだよ!
怯える人々のために、アタシは負けられないんだよ!
そっか……。
なら、とっとと始めるか……。
 どこか残念そうな表情を浮かべたスレイブは、掌を前にかざす。するとその手元に光が集まり始めた。
 強く、目映い光……それは徐々に収束し、一本の大剣を形成する。
その剣は……!?
魔剣ディアノリス
前に斬った魔界の剣豪から貰ったんだよ。
こいつは……ヤベエぜ?
それでも……!
アタシは世界のために……!
 そしてユーンもまた、背中の剣を抜き構えを取る。
(……確かにあの剣から凄まじい力を感じる。でも、五尺(約1.5m)を超えそうなほどの大剣だし、攻撃も直線的にならざるを得ないはず……。十分、勝機はある!)
……行くぜぇぇ!!
 雄叫びと共にスレイブは地を蹴る。そして風のような速さで瞬く間に距離を詰め、ユーンの眼前へ迫る。
迅いッ――!?
 驚愕するユーンに、スレイブは縦一閃の斬撃を向ける。ユーンは体を捻り間一髪で躱すが、スレイブは瞬時に横振りの2撃目を繰り出した。
くっ――!?
 咄嗟に剣を構えたユーンは辛うじて魔剣の一太刀を受け止めた。
 だが激しい金属音が響くと同時に、彼女の全身に衝撃が襲いかかる。
え!?
――うわぁッ!?
 衝撃をまともに受けたユーンの体は宙を舞う。体は回転し、上下左右の感覚を奪い取る。
 片やスレイブは素早く跳び上がり、剣を大きく振りかぶる。
ウオリャァア!!
――ッ!?
 なんとか魔剣を剣で受けたユーンだったが、勢いまで殺すことは出来ない。そのまま打ち落とされ、まるで隕石のように大地に叩き付けられた。
……。
 着地したスレイブは、剣を肩に乗せユーンの落下点を見つめる。
 砂が巻き上がり、周囲の視界を遮っていた。空中には草の切れ端が舞い、その衝撃の強さを物語る。
……おい。生きてっか?
 スレイブの問いに答えるように、粉塵の中ユーンはゆるりと立ち上がる。
 だがすぐに片膝を付き、苦痛に表情を歪めていた。
がっ……うぐっ……。
 体全身に痛みが走り、呼吸するのもままならない。使いなれたはずの剣はとても重く、気を抜けば意識を失うほどだった。
……おい。ボサッとしてんなよ。
戦いが始まるってのに余計なこと考えてるから、初撃に対応できねえんだよ。

でもよ、そこそこ本気出した俺の剣に反応したことは、素直に褒めてやるよ。
この剣使ってから俺の初撃で倒れなかった奴は、お前で二人目だ。
お前、やっぱ強えな。
く、くそ……!
なんて剣だよ……!
ディアノリスの斬撃は斬るだけじゃ終わらねえ。
触れるもん全部をぶっ飛ばして、敵を圧倒するんだよ。
どうする?
まだやるか?
……当たり前だ!
 呼吸を整えたユーンは痛む躰に耐え前に出る。そして剣をスレイブに向ける。
おお!?
まだやれんだな!
すげえすげえ!
そうやって軽口を叩く……!
 ユーンは波状に攻撃をする。縦に横にと次々に剣を振り抜きスレイブを狙う。
 片やスレイブは華麗な剣裁きを見せる。斬撃を受け、或いは往なし、躱す。それでもユーンは攻撃の手を休めることはない。
(悔しいけど攻撃の“質”は桁違いだ! ここは攻撃の暇すら与えないほど攻め抜いて、敵の隙を誘う……!)
 一方的に攻撃し続けるユーン。そしてそれを笑みを浮かべながら受けるスレイブ。
 刃と刃がぶつかる金属音は断続的に響き、二人は決して離れることなくステップを刻む。 
 その姿は、舞踊にも見えた。
ハァッ!!
お!?
 一際力強く剣を振るユーン。それを受けたスレイブの体は、やや左に流れる。
(今だ! 今しかない!)
 針の穴のような極僅かな隙にユーンは猛る。そして体を反転させ、渾身の一太刀をスレイブに向ける。
いけぇぇええ!!
――ッ!
 ――時が、緩やかに流れる。
 その一撃に全てを懸けるユーン。
 迫る閃刃に目をやるスレイブ。
 ユーンの刃は徐々に近付き、スレイブは躱そうと体を捻る。
 そして剣先がスレイブの頬に触れると同時に、時の流れはその早さを思い出す。

――ザンッッ!!
 剣は振り抜かれ、ユーンはスレイブを見つめる。その視線は揺らぐことなく鋭い。
 手に覚える僅かな感触に祈りを込め、上体を反らすスレイブに視線を注ぐ。
 

 ――が、
――惜しかったな。
 スレイブは不敵な笑みを浮かべ、ユーンを見つめた。彼の頬からは血が流れる。
 ユーンの一撃は確かに彼を捉えていた。
 だが、彼女の祈りは虚空に消えた。
く……そ……。
 スレイブは魔剣を構え反撃の一太刀を向ける。だがユーンは避けようとも受けようともしない。否、出来ないのだ。
 全てを懸けた一撃は、彼女を死に体へと変えていた。耐えていた痛みは一気に押し寄せ、自由を奪う。
 彼女は、もはや戦う術を失っていた。
(ごめん、みんな……母様……)
 背負う全ての者に懺悔を捧げるユーン。
 瞳を閉じ、訪れる最期に覚悟を固めた。
……。
……ん?
 いくら待てども、刃が来ない。違和感を覚えたユーンはゆっくりと目を開ける。
 彼女の顔の真横で、スレイブの魔剣は止まっていた。
これは……。
……俺の勝ちだな。
お疲れ!
 スレイブは満面の笑みを浮かべ、剣を下げる。そして剣を手放すと、魔剣は光の中へと還っていった。
……どうして止めたんだ?
お前は強えけど、もっと強くなれる。
ここで斬るのはもったいねえ。
お前の命、預かんぜ。
お前はもっと修行して、もっと強くなれや。
そんでそん時に、もう一度やり合おうや。
……あんたを、殺すことになっても?
俺は死なねえよ。
俺は、もっと強えからな。
……そっか。わかったよ。
今日のところは……私の、負け……だね……。
 ユーンは微笑みを浮かべ、そのまま草原に倒れ意識を失う。
 その表情は、どこか安堵に満ちていた。
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登場人物紹介

魔王
若くして魔界を統べた英雄的新米魔王
めちゃくちゃ強いが、苦労人
ツッコむつもりもないのにツッコまざるをえない部下を多数持つ

イシリア
魔王の城のメイドさん
意外と真面目
魔王とは幼馴染

セルフィー
幼女と見せかけて単に幼児体型なだけ
ジョセフに恋する自称乙女
一度回復魔術を使えば、超絶スパルタウーマンと化す

スレイブ
戦闘&修行マニア
なんとか魔王をこっちへ引き込もうとしている
普通に強い

マリアンナ
魔界随一の魔術使い
敵であるはずの神を崇拝
いちおう味方

ジョセフ
色々謎な優男
そしてイケメン
女好き

ダンゴ
魔王の部下
一番の理解者兼一番の被害者
本名はルドル・バルト・シュバエルとかいう長ったらしい名前らしい
見た目からダンゴと呼ばれている

勇者
選ばれし者、英雄を約束されし者
そしてヤル気も既に失われし者
布団の中をこよなく愛する者

エレナ
回復術士
女神の如き優しさと寛大さを持ち合わせる聖女
単に天然なだけという噂もちらほら
ファンクラブは星の数ほどあるという

ユーン
女戦士、豪傑豪胆
勇者一行ツッコミ担当
そして勇者一行唯一の常識人

リュー
魔術師担当
おっとりとした口調が特徴
腹黒さは魔族並

ルルリエ

天界の聖天使。マジ天使。
大天使長リヒテルの実の妹
唯一とも言える良識人
魔王一派に圧倒されているが

リヒテル

天界の大天使長
なんか色々考えてるっぽい
めちゃくちゃ強い

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