第1話『魔王、気を使われる。』

文字数 3,864文字

 魔王と勇者が消えて数時間後、彼らが消えた荒野には、魔王城の面々と勇者一行がいた。
 その中でマリアンナは精神を集中させ、マナの痕跡を辿る。
……マリアンナ、どう? 分かりそう?
……はい。
やはり魔王さん達は、空間転移によりどこかへ連れて行かれたようですね。
空間転移か……厄介だねぇ……。
そうなの?
すぐに分かりそうな気もするけど……。
そんなに簡単なことではありませんわ。
空間転移とは、文字通り空間そのものを別の場所に転移させる魔術。
移動魔術とは似て非なるものですわ。
移動魔術であれば、その道筋にマナが残るので追跡は容易です。
……ですが、空間転移ともなれば、マナの痕跡は出発地点と目的地にしか残りません。
痕跡が残らない以上、マナによる追跡は不可能ということですね。
そっか……。
魔王さん……大丈夫でしょうか……。
(勇者さん……)
ま、殺してはないだろ。
そのつもりなら、こんなまどろっこしい真似はしねえだろうし。
確かにそうですな。
スレイブさん、冴えてますね。
脳筋バカのスレイブが……冷静な分析をするなんて……!
不吉の前触れね……。
……ですが、手掛かりがまったくないというわけではありません。
このマナの波動には、覚えがあります。
私もです。
このマナから、ビンビンと感じますぞ……!
本当ですか!?
……俺にも分かるぜ。
この力、たぶんあいつだ。
……前魔王、ですわね。
……生きていたとはね。
前……魔王……?
ごめん……話が全然わかんないわ……。
前ってことは、今とは違うわけ?
そうです。
前魔王とは、まさしく前の魔王のことです。
今の魔王様は、前魔王をブッ飛ばして即位されましたので。
そうなの!?
驚くのも無理はありませんね。
おそらくは、現在人間界に広がっている魔王というのは、前魔王のことでしょうし。
前魔王は、確かに絵に描いたような極悪魔王でしたわね。
それに性格もひねくれてましたぞ。
自分では全く動かないで、いつも偉そうに玉座にふんぞり返っていましたぞ。
ということは、やはり僕達が聞いていた魔王というのは、前の魔王のことのようですね。
そうですね。
どうりで――。
……あ……ええと……。
ああ、別にいいわよ。
あんたが言いたかったことなんて考えるまでもなく分かるし。
敵から気を使われるほどの落差ってことですわね。
……確かに、全然違うもんね……。
……それと、もう一つ気になるマナを感じました。
もう一つ……?
前魔王のマナの中に、別のマナの波動を感じました。
今にも消えそうなほど、極僅かではありますが……。
……そのマナは、エレナさん、あなたのマナとよく似ています。
え……?
私、ですか……?
もちろんエレナさん本人のものとは違いますが……共通するところも多いので、おそらくは近親者だと推測されます。
それって……。
……と、いうことは……!
エレナさんの親族である可能性が高いということでしょうね。
――ッ!!
そ、そんな――!?
……。
……エレナ。確か、あなたの家族は……。
……今は、父だけです……。
じゃあ、あんたの父親が――!?
……ということになるんだろうけどねぇ。
これは、更に厄介だねぇ……。
どういうことですか?
……エレナは、人間界の王族なんだよ。
つまり、エレナの父ってのは……。
……人間界の、王のことですわ。
な、なんですと!?
……。
じゃあなに?
前魔王と王が結託したってこと?
魔王を倒すために魔王と協力ってか?
むちゃくちゃだぜ。
そこまでは分かりません。
現時点で分かっているのは、前魔王と王が何らかの理由で行動を共にしている。
そして、彼らが魔王さん達を連れ去ったと考えるのが妥当……ということくらいですね。
……。
エレナ……。
……王都に帰ろう、エレナ、ユーン。
……え?
もし本当に王が前の魔王と組んでいるのなら、行き先はおそらく城だ。
そこに行けば、たぶん勇者と魔王がいるはずだよ。
そこで、全てが分かるさ。
そう……ですね……。
お待ちになって。
それが何を意味するのか、分かっておいでで?
あいつと勇者を同時に捕らえて、勇者についてすら何一つ連絡をよこさないとなると、とても友好的とは思えないわね。
……場合によっては、人間界の王と衝突することとなりますね。
――ッ!!
ちょっと!
いくらなんでも言い方ってもんが……!
お気持ちは分かりますが、それは純然たる事実ではありますぞ。
まだ可能性の段階とはいえ、その覚悟は必要になるかと……。
それは……!
……そうだけど……。
……エレナ。悪いけど、僕は行くよ。
もし仮に王が魔王と結託していたとなると、僕らの旅はとんだ茶番だったってことになるし。
落とし前は、つけさせてもらわないと。
人間界に、弓を引くことになっても……ですか?
そうさ。
例え、王を討つことになっても……ね。
……。
リュー……。
……アタシも行くよ。
国を守りたい気持ちに変わりはないけど、だからこそ、王様に会って話を聞きたい。
大丈夫なのか?
相手は、お前らの王様なんだぜ?
……正直分からない。
もし王様がアタシ達の敵になったとしたら、どうすればいいのか迷ってるところは大きいよ。
その気持ちは分かります。
これまで守っていたものの存在が揺らぐことへの不安は、相当なものでしょう。
……でも、それ以上に動かないのは嫌だよ。
もし動かないで後悔することになったら、アタシは自分が許せなくなる。
後悔するくらいなら、アタシは足を踏み出すよ。
踏み出して、アタシの大切なものを、誇りを、何としても守りたい。
それが、私の騎士道だよ。
……そうですか。
それなら、私も同行します。
え!?
で、でもあんたは関係ないし……!
そんなことありません。
私は、私達の魔王さんが心配ですので。
ちょっと待った!
私も行くわよ!
散々人に心配かけさせてるあいつに、一言言ってやらないと気が済まないっつーの!
私も、お供します。
人間界の王都には、以前から興味がありましたので。
俺も行くぜ!
人間界の王都っていったら、強ぇ奴がごろごろいそうだしな!
ちょっと。
あんた余計なもめ事起こさないでよ?
わ、私も……!
気持ちは汲むけど、君は辞めた方がいいと思うなぁ。
見た目とかおもいっきり魔物だしね……。
真っ先に討伐されますね。
う、うぅぅ……。
ワタクシも遠慮しておきますわ。
いちおう、人間界のお尋ね者ですし。
僕も、皆様の旅の無事をお祈りしておきますね。
……というわけで、残るは一人ね。
……。
……エレナ、あんたは無理してついて来なくても……。
いいえ。
そんなこと許されませんわ。
あなたも行くべきです。
――ッ!?
ちょ、ちょっと……!
ユーン。
ここは黙っていようよ。
あなた、ワタクシに言いましたわよね?
この国のために、国民のために、何かを成したい……と。
それは嘘でしたの?

そ、そんなことは……!
でしたら、何を迷っているのですか?
なぜ足を止めているのですか?
もし王が前魔王と結託しているであれば……いいえ、仮に王が何らかの理由で前魔王と行動せざるを得ない状況になっていたとしても、いずれにしても人間界の危機ではないのですか?
国はどうなるのですか?
国民はどうなるのですか?
あなたが守りたいものが、どれほどの危機に陥っているとお思いですか?
それを、指を咥えて見てるとでも?
王が国を脅かす敵なら、王を止めなさい!
王や国が危機なら、なんとしても救いなさい!
それが、あなたの義務であり責任ですわ!
……。
……エレナ。
あなたは、ただの旅人ではないのですよ。
世界を救う勇者一行の一人であると同時に、国を守るべき王家の一族なのですよ。
その立場に、血筋に、誇りを持ってくださいませ。
あなたの友人として、助言致しますわ。
セルフィーさん……。
……“友人”に、ここまで言わせたんだ。
もう、心は決まっているよね?
……エレナ。
……はい。
私も、王都へ行きます。
父が……王が、何をしようとしているのか、何を考えているのかは分かりません。
国を守るべき王が、国そのものを危機に陥らせているのかもしれません。
だからこそ、私も行きます。
王と話し、自らの心で見定めます。
そして、私は国を守りたい。
……いいえ!
守ってみせます!
国も!
そして、勇者さんも!
……それでこそ、一国の姫君ですわ。
でもワタクシは、勇者まで守れなど言っていませんが?
~~ッ!!
へぇ……。
……?
……。
あらあら……。
ふふ……。
あ、あの……ええと……。
誤魔化す必要はありませんことよ。
それがエレナの本心でしょうし、その心に素直になってもいいのでは?
それについて誰も咎めることはしませんし、恥じることでもありませんわ。
国も勇者も……あなたにとってかけがえのない大切なものであり、守りたいもの。
ただそれだけのことですわ。
……はい!
……ねえリュー、つまりはどういうこと?
よく分かんないんだけど……。
そうだねぇ……春が来た、ってところかなぁ。
???
……ユーンも修行が足りないね……。
とにかく、そうと決まれば行動あるのみ。
とっとと行くわよ。
そうですね。
さほど時間は経っていないとは言え、急いだ方がいいかと……。
そうだな。
さっさと行こうぜ。
はい……!
行きましょう!
魔王さんと、勇者さんのところへ!
人間界と魔界の混合部隊……なかなかお目にかかれるものではないねぇ。
不謹慎だけど、ちょっとテンション上がってきたかも。
ええ!
なんとかなりそうな気がしますね!
(……勇者さん、待っててください。すぐに助けに行きます……!)
 かくして、魔王と勇者を救うため、魔王一派と勇者一行による突貫部隊が結成されるのであった。
 人間界の王都へ。そして、王の元へ。
 彼らは出発する。そこで待つ、運命を知るよしもなく……。
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登場人物紹介

魔王
若くして魔界を統べた英雄的新米魔王
めちゃくちゃ強いが、苦労人
ツッコむつもりもないのにツッコまざるをえない部下を多数持つ

イシリア
魔王の城のメイドさん
意外と真面目
魔王とは幼馴染

セルフィー
幼女と見せかけて単に幼児体型なだけ
ジョセフに恋する自称乙女
一度回復魔術を使えば、超絶スパルタウーマンと化す

スレイブ
戦闘&修行マニア
なんとか魔王をこっちへ引き込もうとしている
普通に強い

マリアンナ
魔界随一の魔術使い
敵であるはずの神を崇拝
いちおう味方

ジョセフ
色々謎な優男
そしてイケメン
女好き

ダンゴ
魔王の部下
一番の理解者兼一番の被害者
本名はルドル・バルト・シュバエルとかいう長ったらしい名前らしい
見た目からダンゴと呼ばれている

勇者
選ばれし者、英雄を約束されし者
そしてヤル気も既に失われし者
布団の中をこよなく愛する者

エレナ
回復術士
女神の如き優しさと寛大さを持ち合わせる聖女
単に天然なだけという噂もちらほら
ファンクラブは星の数ほどあるという

ユーン
女戦士、豪傑豪胆
勇者一行ツッコミ担当
そして勇者一行唯一の常識人

リュー
魔術師担当
おっとりとした口調が特徴
腹黒さは魔族並

ルルリエ

天界の聖天使。マジ天使。
大天使長リヒテルの実の妹
唯一とも言える良識人
魔王一派に圧倒されているが

リヒテル

天界の大天使長
なんか色々考えてるっぽい
めちゃくちゃ強い

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