第1話『魔王、気を使われる。』
文字数 3,864文字
魔王と勇者が消えて数時間後、彼らが消えた荒野には、魔王城の面々と勇者一行がいた。
その中でマリアンナは精神を集中させ、マナの痕跡を辿る。
……はい。
やはり魔王さん達は、空間転移によりどこかへ連れて行かれたようですね。
そんなに簡単なことではありませんわ。
空間転移とは、文字通り空間そのものを別の場所に転移させる魔術。
移動魔術とは似て非なるものですわ。
移動魔術であれば、その道筋にマナが残るので追跡は容易です。
……ですが、空間転移ともなれば、マナの痕跡は出発地点と目的地にしか残りません。
痕跡が残らない以上、マナによる追跡は不可能ということですね。
ま、殺してはないだろ。
そのつもりなら、こんなまどろっこしい真似はしねえだろうし。
脳筋バカのスレイブが……冷静な分析をするなんて……!
……ですが、手掛かりがまったくないというわけではありません。
このマナの波動には、覚えがあります。
私もです。
このマナから、ビンビンと感じますぞ……!
ごめん……話が全然わかんないわ……。
前ってことは、今とは違うわけ?
そうです。
前魔王とは、まさしく前の魔王のことです。
今の魔王様は、前魔王をブッ飛ばして即位されましたので。
驚くのも無理はありませんね。
おそらくは、現在人間界に広がっている魔王というのは、前魔王のことでしょうし。
前魔王は、確かに絵に描いたような極悪魔王でしたわね。
それに性格もひねくれてましたぞ。
自分では全く動かないで、いつも偉そうに玉座にふんぞり返っていましたぞ。
ということは、やはり僕達が聞いていた魔王というのは、前の魔王のことのようですね。
ああ、別にいいわよ。
あんたが言いたかったことなんて考えるまでもなく分かるし。
前魔王のマナの中に、別のマナの波動を感じました。
今にも消えそうなほど、極僅かではありますが……。
……そのマナは、エレナさん、あなたのマナとよく似ています。
もちろんエレナさん本人のものとは違いますが……共通するところも多いので、おそらくは近親者だと推測されます。
エレナさんの親族である可能性が高いということでしょうね。
……ということになるんだろうけどねぇ。
これは、更に厄介だねぇ……。
……エレナは、人間界の王族なんだよ。
つまり、エレナの父ってのは……。
魔王を倒すために魔王と協力ってか?
むちゃくちゃだぜ。
そこまでは分かりません。
現時点で分かっているのは、前魔王と王が何らかの理由で行動を共にしている。
そして、彼らが魔王さん達を連れ去ったと考えるのが妥当……ということくらいですね。
もし本当に王が前の魔王と組んでいるのなら、行き先はおそらく城だ。
そこに行けば、たぶん勇者と魔王がいるはずだよ。
そこで、全てが分かるさ。
お待ちになって。それが何を意味するのか、分かっておいでで?
あいつと勇者を同時に捕らえて、勇者についてすら何一つ連絡をよこさないとなると、とても友好的とは思えないわね。
……場合によっては、人間界の王と衝突することとなりますね。
お気持ちは分かりますが、それは純然たる事実ではありますぞ。
まだ可能性の段階とはいえ、その覚悟は必要になるかと……。
……エレナ。悪いけど、僕は行くよ。
もし仮に王が魔王と結託していたとなると、僕らの旅はとんだ茶番だったってことになるし。
落とし前は、つけさせてもらわないと。
……アタシも行くよ。
国を守りたい気持ちに変わりはないけど、だからこそ、王様に会って話を聞きたい。
……正直分からない。
もし王様がアタシ達の敵になったとしたら、どうすればいいのか迷ってるところは大きいよ。
その気持ちは分かります。
これまで守っていたものの存在が揺らぐことへの不安は、相当なものでしょう。
……でも、それ以上に動かないのは嫌だよ。もし動かないで後悔することになったら、アタシは自分が許せなくなる。
後悔するくらいなら、アタシは足を踏み出すよ。
踏み出して、アタシの大切なものを、誇りを、何としても守りたい。
そんなことありません。
私は、私達の魔王さんが心配ですので。
ちょっと待った!
私も行くわよ!
散々人に心配かけさせてるあいつに、一言言ってやらないと気が済まないっつーの!
私も、お供します。
人間界の王都には、以前から興味がありましたので。
俺も行くぜ!
人間界の王都っていったら、強ぇ奴がごろごろいそうだしな!
ワタクシも遠慮しておきますわ。
いちおう、人間界のお尋ね者ですし。
……エレナ、あんたは無理してついて来なくても……。
いいえ。そんなこと許されませんわ。
あなたも行くべきです。
あなた、ワタクシに言いましたわよね?
この国のために、国民のために、何かを成したい……と。
それは嘘でしたの?
でしたら、何を迷っているのですか?
なぜ足を止めているのですか?
もし王が前魔王と結託しているであれば……いいえ、仮に王が何らかの理由で前魔王と行動せざるを得ない状況になっていたとしても、いずれにしても人間界の危機ではないのですか?
国はどうなるのですか?
国民はどうなるのですか?
あなたが守りたいものが、どれほどの危機に陥っているとお思いですか?
それを、指を咥えて見てるとでも?
王が国を脅かす敵なら、王を止めなさい!王や国が危機なら、なんとしても救いなさい!
それが、あなたの義務であり責任ですわ!
……エレナ。
あなたは、ただの旅人ではないのですよ。
世界を救う勇者一行の一人であると同時に、国を守るべき王家の一族なのですよ。
その立場に、血筋に、誇りを持ってくださいませ。あなたの友人として、助言致しますわ。
……
“友人”に、ここまで言わせたんだ。
もう、心は決まっているよね?
父が……王が、何をしようとしているのか、何を考えているのかは分かりません。
国を守るべき王が、国そのものを危機に陥らせているのかもしれません。
だからこそ、私も行きます。
王と話し、自らの心で見定めます。
そして、私は国を守りたい。
……いいえ!守ってみせます!
国も!
そして、勇者さんも!
でもワタクシは、勇者まで守れなど言っていませんが?
誤魔化す必要はありませんことよ。
それがエレナの本心でしょうし、その心に素直になってもいいのでは?
それについて誰も咎めることはしませんし、恥じることでもありませんわ。
国も勇者も……あなたにとってかけがえのない大切なものであり、守りたいもの。ただそれだけのことですわ。
……ねえリュー、つまりはどういうこと?
よく分かんないんだけど……。
とにかく、そうと決まれば行動あるのみ。
とっとと行くわよ。
そうですね。
さほど時間は経っていないとは言え、急いだ方がいいかと……。
はい……!
行きましょう!
魔王さんと、勇者さんのところへ!
人間界と魔界の混合部隊……なかなかお目にかかれるものではないねぇ。
不謹慎だけど、ちょっとテンション上がってきたかも。
(……勇者さん、待っててください。すぐに助けに行きます……!)
かくして、魔王と勇者を救うため、魔王一派と勇者一行による突貫部隊が結成されるのであった。
人間界の王都へ。そして、王の元へ。
彼らは出発する。そこで待つ、運命を知るよしもなく……。
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