十二月十七日/図書室

文字数 1,468文字

 外は冷たい雨が降っていて、お昼も過ぎたというのに雪になりそうな寒さだった。暖房の近く、僕は昨日と同じ本を読んでいる。
 隣の席にはクラスメイトが居た。彼女は昼休みになって少し経ってから図書室に現れて、昨日と同じに迷わず僕の隣の席に座った。僕と同じ本を持って。
 言葉は交わさない。
 暖房の音。図書委員が遊んでいる、パソコンのマウスのクリック音。時たまページをめくる音。
 そして、窓の外の雨音。図書室の中は、今日も静かだった。
 と、前触れもなく突然。立てて開いた本の後ろ。図書委員に見えないように、クラスメイトがすっと僕にメモと鉛筆を渡してきた。机の上を滑らせるようにして、音もなく。
 --心臓が跳ねた。横まで見るが、彼女はまっすぐ前を見たままだ。あくまでも僕とは関わっていない演技。
 少し悩んだ後、僕は置かれたメモを手に取る。それは昨日と同じ種類のメモで、キャラクターは『急に無視してごめんね、お父さんとお母さんに絶対に話すなって言われちゃったから』と言っていた。
 知っていた。僕は少し悩んでからメモ帳の後ろに小さく鉛筆で書き込む。
『仕方ないよ、僕こそごめん。僕のお父さんのせいで、クラスのみんなに嫌な思いさせて』
 僕も音を立てないように、そしてクラスメイトに間違えて手が当たったりしないよう、注意しながらそっとメモと鉛筆を本の影に返した。
 彼女の視線が少しの間、本から離れて下に向く。そして小さくため息をついた。
 安心したのか、失望したのか。
 再びメモを鉛筆が走る。新たに書き込まれた言葉が、僕の前に差し出される。
『ううん、お母さんとか先生に何も言えなくてごめんね。またお話しできるようになりたいよね』
 読み終えて僕は顔を上げる。互いに互いの顔は見ない。声をかけることもない。
 相変わらずここでの僕は透明なままで。
 クラスメイトは僕と話さないままで。
 本を見たまま、僕は小さく頷いた。
 彼女も本を見たまま、頷いていた。
 
 それから僕らはメモ帳のやり取りを、昼休みの終わりまで行った。話せなくなってから今までに起きたことを、互いの感想を交えながら報告しあった。
 頼んでようやく猫を飼えるようになったこと。
 毎日図書室にいたけど、読むのは好きだから寂しくはなかったこと。
 今のクラスで流行っている話題のこと。
 家ではテレビは見られないけど、面白そうだからいつか見てみたいと思うこと。
 雨だから体育が中止になったらいいなと思うこと。
 体育の時間は二人組で準備体操しないといけないから、その度に僕が一人ぼっちで迷惑をかけて申し訳ないこと。
 そんなの気にしてないし、助けにいけなくていつも謝りたいと思っていたこと。
 まるで、友達みたいに。
 何度も何度も、メモを行き来させた。
 昼休みの終わる五分前。僕は書かれた何枚ものメモは、自分が持ち帰ることを伝えた。学校のゴミ箱に捨てて、誰かに見つかるのが怖かった。クラスメイトが家に持ち帰って捨てたら、家の人に見つかるかもしれない。
 僕のお父さんはゴミなんて見たことがない。分別だって僕がやっている。だから、僕が家で捨てれば安全だった。
『ありがとう』のメモを残して、先にクラスメイトは図書室から出ていった。僕は二十枚近くになったメモを、内容を見て回収忘れがないか確認してからポケットにしまう。
 戻ったらすぐに筆箱に入れて、家についたら念のため破いて捨てよう。
 昼休み終了のチャイムが鳴った。僕は立ち上がり、本を戻して図書室を出た。
 長く暖房の近くにいたせいだけじゃなく、身体と心がぽかぽかと暖かかった。
 
 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み