12月19日/先生と、教室、私

文字数 1,608文字

 気まずい沈黙が落ちていた。私はもぞもぞと机の下で足を動かす。
 三者面談当日。母はいつも通り、『仕事なので伺えません、うちの子はしっかりしているので先生とお二人で決められると思います』と不参加だった。実質的に二者面談である。
 担任の先生も、言葉を選びながら話しているのがわかった。
「貴女の気持ちは凄くわかるのね。夢を追いかけたいっていうのは素晴らしい事だし、最近は色々な小説の賞に応募してるのも知ってるし。ただ、その......もし、あと一年で成果が得られなかっら困るでしょ? 学歴が高卒って、その後の進路も選択肢が狭まってしまうし。だから夢を追いかけてもいいけど、来年は一旦勉強に集中して、大学に進学してから改めて夢に向かって頑張るっていうのはどうかしら?」
「......それは......そうなんですけど」
 先生の言うことは正しい。別に勉強が嫌いなわけじゃない。進学が絶望的と思えるような成績でもない。
 今から頑張れば、地元の大学に進学することは充分可能だ。けれど。
「......うちは母子家庭ですし、あまり金銭的な余裕もありませんし」
 ぼそぼそと言葉を返す。自分でもわかっている、こんなのは単なる言い訳だ。先生は顰めて痩せた眉の間を、曲げた人差し指の背でトントンと叩く。
「奨学金、って手もあるわよ。もちろん社会人になってからの負担はあるけど......あのね、高校生だと実感がないと思うけれど、社会に出ると学歴――履歴って、本当に価値のあるものになるの」
 右手で左腕を制服の上から握りしめる。その下の傷がじわりと痛む。
 わかっているつもりだった。先生程ではないにしても。でも、それでも......
「先生だって貴女には夢を叶えて小説家になって欲しいと思う。でもね、それと同時に、もし万が一その夢が叶わなかったとしても、安定して生活していけるような能力と履歴を持っていて欲しいとも思うのね。それはわかってくれる?」
「......はい、わかります」
 下唇を嚙みながら、私は答えて頷く。言葉だけの態度に、先生が軽く嘆息するのがわかった。
 先生は細く長く息を吐くと、
「まあ、実際に受験するのは来年だし、もう少しだけ時間をあげるわ。早めに決めておけばそれだけ準備期間が取れて有利なのはあるけど。冬休みいっぱい考えて、それからどうするか聞かせて頂戴。親御さんともよく話し合って。――もし来れるようなら、学校でお会いしたいとお伝えしてね」
 嗜めるように先生が言う。
「......はい」
 私は、頷くしかなかった。
 つまり、冬休み明けにはもう悩む時間はないということだった。

 叱られたワガママな幼児みたいな気持ちで、私は三者面談を終えて教室に戻った。室内は自習時間特有の喧騒に包まれている。次の順番の子に声をかけた後、私は自分の先に戻った。
 椅子に腰かける前にちらりと後ろの席を見ると、友人の彩香が珍しく集中して勉強をしていた。帰ってきた私に目もくれず、周りの話に加わる様子もない。
 邪魔しないようにと、私も声をかけることなくそのまま座った。
 普段は不真面目そうな彼女だけれど、ずっと前から「私は保育士になる」と言っていた。
 その夢のきっかけは知らないけれど、とても立派で素敵な夢だと思う。そのためになら、(嫌いな勉強だしても)しっかりと努力できるのも素晴らしい事だ。
 ......じゃあ、私は?
 夢を叶えたいのも事実だ。
 大学に行くのだってやぶさかではない。
 ただ。家の金銭事情的に、大学に進学するのであれば自宅から通う範囲を選ぶしかないだろう。自分の収入で家賃を払えるなら話は別だが、学業をしつつそれだけの収入が発生する程の仕事ができるとは、私には思えない。

 そう--。
 私は、ただ。
 家から出て、母と別居したい。
 ただそれだけの事で、夢を追うか大学進学をするかを決めかねている。
 彩香とは比べるのも失礼な程の、子供だった。
 



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