十二月二十日/早朝、買い物へ、

文字数 1,294文字

 目を覚ます。
 雨は降っていないけれど、底冷えが強く寒い朝だった。空はどんよりと曇っている。お父さんの許しがないからテレビで天気予報は見れないけれど、今日は洗濯物を外に干さないほうがいいかもしれない。
 昨日、あの後お父さんは一度も帰ってきていないようだった。新しくお酒の缶が散らばっていない。友達が女の人の所に泊まっているのだろう。
 少ない洗濯物を洗い、室内の窓際に干す。
 身支度を整える。今日は日曜日。
『良かったら朝から木のお世話しない?』
 昨日の夜、お姉さんにそう誘われていた。一日中お父さんと過ごすのも息がつまるでしょう? と。僕は一も二もなく頷き、お父さんが出かけていたら必ず行くと約束した。
 休みの日に出かける--木のお世話だけど--なんて、本当に久しぶりだった。いつもは家事をして、後は教科書を読んで終わりだから。
「......そうだ」
 上着を羽織った後、テレビの下の棚を調べる。中身は残り少なく、硬貨が数枚散らばっているだけだ。僕はその中から、百円と十円を取り出してポケットに入れた。
 お父さんはしばらく残りのお金を調べていなかった。そして昨晩家に帰ってもいない。きっとこれくらいなら気づかないはずだ。
 初めてのことだから、顔が赤くなって胸がどきどきした。悪い事だろうとは思った。

 それでも、僕も何か買っていきたかった。
 ジョウロでも、ゴミ用のビニール袋でも、お姉さんに使ってもらうガーゼでも。何でも良い。
 僕も何か、お世話以外に木のために何かしたかったのだ。本当に僕に幸せをくれた、あの木とお姉さんのために、形ある何かを。
 靴を履いて、扉の鍵をかける。
 家を出た僕は、いつもと反対方向に足を向けた。

 全国にチェーン店のある、有名な百円均一のお店に僕はいた。ポケットには消費税を含めてピッタリ商品ひとつ分しかお金は入っていない。
 初めて見たけれど、園芸用品と言っても種類は色々あるのだ。周りに柵とか立てるのもいいなと思うが、当然お金が足りなくて買うことはできない。
 次に肥料を手に取る。『家庭菜園に! プランターでもお使いいただけます』と黄色で目立つ文字が印刷されている。野菜じゃないけれど、幸せの木にあげても効果はあるのだろうか。
「......もっと調べてくれば良かった」
 僕は息を吐いて肩を落とす。お世話はしていても、幸せの木について知らないことが多すぎる。他人の幸せ--血を飲まないといけない事や、雑草が周りにない方がいい、お水もあげた方がいい、その程度しかわからない。
 お姉さんとお話ししていた時に、もっとお世話について詳しく聞いて学んでおくべきだった。
 無駄になると困るので、僕は園芸用品以外から買うものを選ぶことにした。百円均一の店といっても、店内は広く色々な商品が並んでいる。
 医療品、玩具、食料品コーナー。歩き回っては手に取って商品を見る。そして必要ない気がして戻す。
 そんな事を繰り返し、リビング用品の棚にたどり着く。この棚のものを買っても木のお世話に使えるものはないだろうから、歩きながら流し見をして、
「......えっ?」
 そして、僕は足を止めた。
 
 
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