十二月十九日/図書室、そして校庭

文字数 1,928文字

『やっぱりおかしいと思うの』
 図書室に着いて僕の隣に座った直後、何の脈絡もなくクラスメイトは僕にそんなメモを渡してきた。何の話か全く分からず、僕は眉を寄せて首を傾げる。
『どういう意味?』
 僕は問う。図書委員のゲームが佳境なのか、激しいカチカチというマウスのクリック音が室内には響いていた。今日も室内は、この三人だけだ。
 半日授業である土曜日の一時間目、自主学習の時間。
 大抵のクラスメイトは体育と称して外で遊び、他は情報室でパソコンを弄っている。
 図書室で本を読んでいるのは僕と彼女くらいだ。
『お父さんの仕事と、君自身って何か関係あるわけないじゃん。そりゃあ急に髪を染めたりしたのはびっくりしたけど。ずっと友達として過ごしてきたのに、もう話しかけちゃいけない、無視しなさいって。やっぱおかしい』
 いつもより筆圧が強いせいか、やや濃く太い文字で彼女は返答する。僕は頬を掻いた。
 シンプルに、嬉しいとは思う。けれど、やっぱり。
『ありがとう、でも大丈夫。僕に話しかけて、君まで居ない扱いにされたら困るから』
 僕は返事のメモを渡す。それを見た彼女の指先が小さく震え、ぎゅっと顔がしかめられた。
 怖くなったのだろう。そう、僕は納得した。
 今の僕の扱いを見たら、誰だって怖くなるだろう。当たり前の話だった。大して友達のいなかった僕でも辛かったのだから、優しくてクラスで人気のある彼女にとっては震えるほど辛いことに違いない。
 無視されて。
 もう友達とも、先生とも、何も話せなくなるなんて。
 
 しばらく、彼女はメモを見つめたまま、じっと動かないでいた。その後小さくメモに文字を書くと、僕に渡しながら立ち上がる。
 読んでいた本を借りることもなく、本棚に返す。そのまま僕のことを振り返ることもなく、図書室から去っていった。
 クリック音だけが響く、静かな図書室で僕はため息をついた。......言い方を、間違えてしまったかもしれない。僕だって、またみんなと話がしたいのは事実なのだから。
 伏せられていたメモを表に返して読む。描かれたいつものキャラクターは、小さな文字で
『ごめんね』
 と、僕に謝っていた。

「じゃあ準備体操するぞー! 二人組つくれー!」
 体育に出席していた時は、この時間が一番苦手だった。マラソンなら何位でも誰も気にせずただ授業が進行するし、跳び箱なら笛が吹かれた時に飛べば後はまた列に並べば良いだけだ。
 でもこの時間は違う。二人組で余る子はどうしても僕の存在を意識しないといけないし、僕もそんな子と組むべきかいつも悩む。先生も僕が居ると無理矢理に組を作りにくそうで、特に今日みたいに僕を入れるとピッタリ人数が奇数になる時は『何でこいつは今日に限って体育に出てるんだ』みたいな目で僕を見ている。
 でも、僕も自分から体操の相手を誘うことはできない。そんな事をして相手の子がいじめられたりしたら困る。
 仕方なく、いつものように端でぼんやりと先生が強制的に授業を進行させるのを待つ。
 しかし、そんな僕に向かって歩いてくる人影があった。何だろう。僕の近くに、他の子は居ないのに。
 そのクラスメイトは、僕の目の前で足を止める。混乱する僕の手を取り、
「ほら、体操の準備してよ」
 と言った。

 --それは。
 本当に、忘れるくらいに久々に聞いた、僕へのクラスメイトの言葉で。
 寒さのせいで赤らんだ頬で、恐らくは緊張で顔を強張らせながら、彼女は僕と準備体操の組になった。
 彼女の声はいつも学校で聞いていたけれど。
 最初はメモで昼休みによく話していたけれど。
 それでも、やっぱりこうして直接話しかけてくれるのは嬉しくて、心の奥が温かくなる。
 
 僕は自分勝手だ。
 同じように無視されないように、話しかけない方がいいとか伝えたくせに。
 こんなに今、幸せな気持ちになっている。

「ありがとう」
「うん」
 その後は大した言葉も交わさず、二人で準備体操をこなした。チラリと見ると、先生は異物を見るような酷い目で僕たちを見ていたけど。
 でも全然平気だった。
 体操を終えて、僕は彼女の手を離す。
「ありがとう」
「うん、じゃあ」
 彼女は再び短く答えると、軽く手を振って友達の輪の中に戻っていった。なんで、とか、やばくない、とか彼女への非難の声が聞こえる。
 彼女はにこやかに首を振ると、
「いや、だってずっと準備体操待ってるのめんどいじゃん」
 と事もなさげに言葉を返していた。一応納得したのか、それで彼女の友人達は口をつぐむ。

 僕は右手を握りしめる。
 残った熱を、大切に逃さないように。
 声をかけてもらえた瞬間を忘れないように。

「はーい、いつまでも騒がない! 並べー!」
 先生の一声と、笛の音が校庭に響いた。
 

 
 
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