12月18日/家へ

文字数 1,278文字

「泣いてたな」
 歩きながら、私は小さく呟いた。彼が感情を吐露できる場所が増えたのは、良い事だと思う。その相手が私であれ、クラスメイトであれ。
 辛さを誰とも共有できないのは、とても悲しい事だから。
 年末の、ひどく冷えた夜の道を歩く。コンビニの誘惑を超え、まっすぐに私は帰宅する。寒さと疲れ、それに最近血を流しすぎたせいか、我ながら足取りが重いなと感じた。

 玄関を開けると、今日も玄関にはたくさんの靴が並んでいた。廊下の奥から聞こえてくる喧騒、母の好きな紅茶の香り。私は思わず重くため息をついた。
 自分の靴をしまうと、私はそのまま廊下を歩いて扉を開けた。リビングのテーブルにはいくつものティーカップが並び、母の好きなメーカーのクッキーが皿に盛られていた。
「あら、お帰り」
 母は振り返ると、にっこりと優しげな笑みを浮かべる。私は眉を顰め、母に返事の代わりに返す。
「ねえ、ちょっと時間考えてもらえる? 近所迷惑になるから、もう少しテレビの音量控えて」
 苛立ちの混ざった私の言葉に、母は肩をすくめると音量を少し下げた。
「はいはい、やーねまたイライラしちゃって。それよりお客様にご挨拶くらいしてよ」
 私は無視して自分の部屋に向かう。そんな私の背中を母は横目で見ていたが、再びテレビに向き直ると友人とのお喋りに戻っていった。
 自室の扉を閉めると、私は深く息を吐きながらハンガーに向かい、制服をかけた。

 お風呂の後、一連のルーティンをこなすと、私は翌日の学校のために鞄の整理を始めた。半透明のファイルを取り出し、中のプリントを仕分けして不要なものを捨てる。
 その中から進路の面談のお知らせを取り出すと、少し下唇を噛んだ。

 昔から本を読むのが好きだった。
 そして憧れて、自分の想像した物語を書き始めた。初めはノートに書いて友達に見せた。褒めてくれたら笑われたり、色々な反応があった。
 楽しくなって続けた。もっと続けたくて、家でも暇を見つけては書いた。文芸雑誌も買い始めた。書くためにお金を貯めて、中古のパソコンも買った。
 試験前にも書こうという気持ちが止められなくて、そのせいで成績が落ちて後悔したりもした。
 皆が大学のことを考えだした頃、いよいよ私は小説の賞に応募し始めた。
 当たり前のように、クラスの皆は進学か就職かを決め始めた今。
 私は夢を追うかで悩んでいた。
 ......或いは、地元の大学に進学しながら、書き続けるか。

「はあぁ......」
 私の中身は仕方のない悩みで埋め尽くされている。きっとあの子から見たら、私は家族から暴力を受けることもない、幸せで、自分を支えてくれる立派な人なのだろうに。
 私も、あの子に会うのは楽しかった。
 その間は自分の悩みと向き合わずに済むからだ。
『私も君に支えられてるよ』
 ......そんな風に伝えたら、あの子はガッカリするだろうか。
 それとも喜んでくれるだろうか。
 
 鞄を開き、中から財布を取り出す。中身は数枚のお札、そして硬貨。そして、メモ紙が一枚。
 そこには身寄りのない子供を預かる福祉施設の、住所と電話番号が書いてあった。
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