12月25日/手を取り合って

文字数 1,622文字

 そして彼は--私の友達は言った。
「いつでもいいから、夢が叶ったら一番に僕に教えて欲しい。ずっと待ってる。ずっと、ずっと、応援してるから」
 話している間、繋ぎ続けていた手がとても温かかった。涙は流れなかった。ただ、ただ嬉しかった。
 最初から、進学しないことも夢を追うことも、私はとっくに決めていたのだ。それを自分で気づかなかっただけで。
 彼に話すことで、言葉にして自分の気持ちを整理することで、ようやく気づくことができた。
 私の言葉を聞いて、何人もの大人は解決策を提示して『何があったら動くから』と言ってくれたけど。私の求めていたのは、違っていた。
 ただ手を握って、目を見て、こうして私の話を聞いていて欲しかった。私の行く道を、祝福して欲しかった。
 私はおかしくない、と言って欲しかった。
 母親からずっとかけられていた『お前はおかしい』という呪いを解いて欲しかった。
 本当に、幼い理由で笑ってしまう。
 ただ私は、話を聞いてくれる友達が欲しかった。それだけだったのだ。
「.....うん、頑張る。ありがとう、本当に......ありがとう」
 顔を上げ、私は数日ぶりに笑う。彼も笑っている。久しぶりの、穏やかな気持ち。
 私なんかより、ずっと傷だらけで。酷く痩せていて。壮絶で、命を落としていてもおかしくない人生だったのに。私の自衛とエゴのための嘘を、彼は許してくれた。
 彼のため、なんておこがましい。この男の子は、私よりずっと大人だった。私を死への渇望から救い出して、夢を応援してくれた。
 あの桜の木の下にいた時からずっと、私を守ってくれていた。
 
 じゃあ、私は?
 私が彼にできる事は、何?

 そんなのは当たり前で、ずっとわかっていた。
 なんなら彼から父親の話を聞いた夜、すぐに調べ上げていた。
 実行していないのは、ただの私の思い込み。
『あの大人達は私の事を助けてくれなかった。だから、この男の子も助けてくれないに違いない』
 という、思い込み。
 
 私が助からないのは私のせいじゃなくて、大人の怠慢と無力のせいであるという、そう考えていたかった願望。
 怖がって、夢に踏み出すと一人では決められなかった臆病な私のせい。

 温かだった繋いだ手を離し、私は鞄を持って立ち上がる。携帯端末を取り出し、何度も見た住所と電話番号を確認する。
 ......大丈夫。財布には多少お金を入れてある。私とこの子の交通費くらいは払える。
 私は雪の上に置いていた袋とスコップを取り上げて鞄に仕舞う。電車の時間を確認する。私が何をしているのかわからず、彼は不思議そうな顔で私を見上げていた。
 彼を連れていくのだ。身寄りのない子供を生活させている、あの福祉施設に。
 手続きも必要だろう。何が必要なのかは私も全くしらない。すぐに彼が父親と離れられるかもわからない。
 私の時と同じく、結局は未解決で放り出されるかもしれない。けど。
 私が母の相談をした時と、彼の立場は二つ違う。彼の体には誰が見ても明らかな、今までの虐待の痕がある。『何があったら必ず助けます』と言うなら、もう起きた後である彼のことは必ず助けてくれる筈だ。
 もう一つ違う所は。彼が一人じゃないこと。
 その福祉施設で助からなくても、私がまた次の手を探せば良い。家に帰らされるなら、私が家で匿おう。
 彼が私の命を救ってくれたように。
 私も、彼の命を救おう。
 
 雪の上に座る彼に、手を伸ばす。
 物語の王子様の如くに。
 おずおずと彼は私の手を取った。
「行こう。私が、あなたを助けるから」
 泥沼から引き上げるように。
 私は彼の手を引き、立ち上がらせた。
 わが背子は 物な思ひそ 事しあれば 火にも水にも わがあらなくに。いつものように短歌を呟く。彼を安心させるように。私自身に、言い聞かせるように。
「一緒に、助かろう」
 凍りかけた雪を踏みながら、私達は歩き出す。
 石段を降りて、神社の外へ。
 今まで私達が縛られていた、世界の外へ。
 
 
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