十二月十四日/深夜の布団

文字数 839文字

 ドアの向こう。
 女の人の悲鳴が聞こえる。
 お父さんの唸り声が聞こえる。

 深夜二時。白い息を吐きながら、布団の中で僕は目を閉じたままでいた。

 前にお父さんが何をしているのか、クラスメイトのお母さんに聞いたことがある。その時はまだ僕にも友達がいたし、友達の家で大人の人と話す機会があったから。
 少し困った顔をした後、友達のお母さんは「お父さんはいじめをしてる訳じゃないの。好きな大人同士が、好きだって気持ちを交換してるの」と答えた。

 好きな人同士がするのなら、きっとクラスメイトのお父さんとお母さんはしているのだろう。
 でも、僕にはお母さんが居ない。

 動物みたいな唸り声が止み、小さな笑い声が聞こえた。次いで聞こえる、ライターの鳴る音。そして、お酒の缶を開ける音。
 部屋に染みついた煙草の匂いが、濃度を増した。
 
 僕にはお母さんがいないから。
 お父さんが気持ちを交換するのは、いつも知らない女の人が相手だ。

 僕は目を開けて、音が立たないように慎重に体を起こす。トイレに行きたかった。気持ちの交換中に大きな音を立てるなと、お父さんには強く言われている。
 足音を忍ばせて。床に散らばっている、裸の女の人が写っているパッケージを踏まないように。
 慎重に歩き、僕は部屋の隅のトイレに辿り着く。ドアノブの音がしないようにゆっくり回すと、開いた扉の隙間から滑り込むようにして中に入った。
 明かりをつけていないトイレの中は、ひどく暗い。けれど今夜は晴れで、窓の外にはお月様がいた。僕の銀色の髪越しに、月はぼんやりと不安そうに見える。
 朧げな月明かりを頼りに、僕は用事を済ませる。水を流すのは音が出るから、今はできない。けれどそのままにしていると、朝にお父さんに怒られてしまう。時間が経って女の人が帰ったら、お父さんが寝入っている間に流すことにした。
 
 先程通った道順をそのまま戻り、僕は布団に潜り込んだ。中はすっかり冷えていて、僕は手足をぎゅっと抱えて寒さに耐える。
 両腕が、ピリピリと痛んだ。
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