12月24日/ありがとう・さようなら

文字数 959文字

 両手で抱えるように差している傘が、雪のせいで重かった。ホワイトクリスマスだ。
 神社の裏手で、私はしゃがみ込んで半ば埋まっている二つの人工観葉植物を眺めていた。あの日からもう、あの男の子は来ていない。
「......」
 別にこの木の世話をしに来たわけじゃない。だから、もう左手も切っていない。
 ただ一時間くらい待って、彼が来ないのを確認して帰るだけだ。来るはずがなかった。当たり前だった。
 嘘つきで、偽善者ですらない--自分が良い者で、あの子よりは幸せだと思い込みたいだけだった私に、あの子が会いに来るわけがない。
 それなのに。家にすぐ帰る気にもなれなくて。
 ただ現実から逃げたくて、私は彼を待っていた。
 自分の幼い精神性に嫌気がさしながら。

「......」
 何も呟いたりせず、私はただ無意味に彼を待つ。いつもなら短歌の一つも呟くところだけど、そんな気分でもなかった。
 幸せの木の先を撫でる。命のないそれは、雪が積もってもまるで気にせず、青々とした葉を広げていた。
 私もそうでありたかった。
 苦しんだり悲しんだりせず、母親に縛られず、ただあるがままに生きてみたかった。
 きっとそんな必要もないのに、何をしていても母の事が頭から離れない人生だった。
「......」
 私もこの木のようになりたいなら。
 この木のように、命のない存在になるべきなのだろう。
 先週はそんな勇気、出なかったけれど。
 これからも私は、死を求めて生きていくんだろう。
 大学に行くのか、夢を追うのか。
 先のことは決めていないけど、それだけは確信を持てた。

 無言のまま立ち上がる。雪が降る中、私は廃れた神社を出て石段を降りる。
 明日の朝、起きたらすぐにまた来よう。
 そして、あの人口観葉植物を掘り返して、思い出ごとゴミの日に捨てよう。そう決めた。
 もう二度と、ここには来ないことにしよう。
 あの子に『ごめんなさい』と『ありがとう』は言えなかったけれど。
 それに執着して、二度と会えない思い出に縋る私とは、決別するべきだった。
 
 もううんざりだ、自分自身の何もかもに。
 母に似た私と、『さようなら』したかった。

 雪の降る聖夜。私は転ばないようゆっくりと、母の居る自宅に歩いていく。
 空気は生き物の匂いがしなくて、とても綺麗に感じられた。私もそうなりたかった。
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