十二月十五日/図書室

文字数 1,217文字

 ここは学校で、今は昼休みだった。
 僕は図書室で植物図鑑を読んでいる。昼時の高い陽の光が、銀色の髪を透けて目に届き、少し眩しかった。
 昨日お姉さんが育てていると言っていた、幸せの木を探していた。図書室にある中で一番厚い図鑑だったけれど、そんな名前の木は見つからない。
 冷たい手で頬を軽くつねる。やっぱりお姉さんの冗談だったのかもしれない。今夜行っても、あそこには誰も居ないのかもしれない。僕と話してくれる人なんて、居ないのかもしれない。
 細く溜息をついて、僕は半ば諦めながらページをめくった。色とりどりの、知らない花と名前が並ぶ。
 視線を軽く上げる。背中をピンと伸ばして、真剣そうに本を読むクラスメイトの後ろ姿が見えた。赤い上着が、静かな図書室の中で異彩を放っている。もっとも、ここで一番悪目立ちしているのは僕の銀色の髪の毛だけれど。
 そのクラスメイトの女の子は、よく知っていた。僕がお父さんの仕事の話をする前......まだ僕に友達がいた頃に、僕とよく遊んでくれていた女の子だった。
 明るくて、話が楽しくて。
 公園の滑り台を二人で何度も滑って、スカートのお尻の部分を汚してしまって怒られていた。
 それは遠い、とても遠い昔の出来事のような気がした。
 遊んだ事は覚えているけれど、何だか現実に起きた事だと思えなくて。夢で見たことのような、読んだ物語で起きていたことのような感覚だった。
 昨晩に神社でお姉さんと話したのと、同じように。

 その子は僕が何度も読んだ事のある本を読んでいた。何でも願いが叶うと聞いて、とても長い時間を願った男の子の話だ。面白い話だから、クラスメイトが集中して読んでいる気持ちがよくわかった。
 友達だった頃なら感想を言い合えたりするのに、と、僕はありえない事を考える。何の意味もない空想だった。
 壁掛け時計をチラリと見て、クラスメイトは立ち上がった。僕の視線に気づいたのか、ちらりと振り返った。僕と目が合う。
 クラスメイトは少し苦しそうに顔を歪めて、すぐにその顔を逸らした。......当たり前だ。僕は居ないのと同じなんだから、そんな人間に見られているのに気づいたら気持ち悪いと思うだろう。
 そして彼女は右手に本を持って、図書委員の座るカウンターに向かった。慣れた手つきで貸し出しの手続きを済ませると、そのまま図書室から出て行った。最後まで、僕を振り返る事はなかった。
 息を吐く。思い出を掘り返したせいか、呼吸が苦しかった。大きめに深呼吸する。
 僕は再び植物図鑑のページをパラパラとめくった。観葉植物として親しまれている植物の仲間。鉢に植えられた、綺麗で背の高い植物の写真。
「......あっ、」
 果たしてそこに、探していた名前はあった。

 ドラセナ・マッサンゲアナ。
 暖かな場所て育ち、観葉植物として好まれる。
 通称「幸福の木」。

 図鑑を両手で持ち、僕は立ち上がる。
 昼休み終了のチャイムまで、あと十分ほどだった。
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