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文字数 1,424文字

「あ、そうだ! ずっと樋上くんに伝えたいことがあったんだった!」

 突如、穂村さんは顔を輝かせる。

「伝えたいこと?」

「うん! 瀬戸くんのことなんだけどさ!」

 その名前に体がこわばる。

「実は、わたしと彼、幼馴染なんだ!」

 週刊誌の表紙でも飾れそうな、渾身の表情だった。上手く演じなければという思いが、不自然な間を生んだ。

「そ、そうなんだ! ヘぇ〜!」

 それを穂村さんは見逃してくれなかった。太陽を思わせる表情が、みるみるうちに曇っていく。

「……もしかして、知ってた?」

「まさか、初耳だよ」

「うそ! 全然驚いてないじゃん!」

「そんなことない。昔から、反応が薄いってよく言われるんだ」

「絶対うそ! だって冷気出てるもん!」

「えっ!?」

 思わず周りを確かめる。しかしそれは意味のないことだと気が付いた。

「いやいや違うよ、これは前からだって」

「やっぱりうそだよ! 後ろめたいことが無かったらすぐに気づくはずだもん!」

 言葉に詰まる。こんな単純な罠に引っかかってしまうなんて。

 心の中で瀬戸に謝ったあと、白状した。

「なんだよもー! 驚かせたかったのに! あいつ意外と口軽いじゃん! てゆうかそもそも、知り合いだってこと周りに言うなって最初に言ってきたのあっちだからね!? しかもその理由が、『いろいろ面倒だから』って、どういう意味よ!? せっかく同じ高校に入れて、クラスまで同じだったのに!」

 すさまじい熱波。護摩行とはこんな感じなのだろうか。

「いつから知ってたの? まさか最初からってことは無いよね? だとしたらわたし、人間不信になるけど」

「わりと最近だよ。この間の期末試験の、最終日だったかな。僕らがその……急に余所余所しくなったのに気づいたみたいで」

「ふうん」

「想像さえしてなかったから、驚いたよ。心臓止まるかと思った」

 落ち着かせようと冗談交じりに言ってみたが、逆効果だった。

「くっそー! わたしが驚かせるはずだったのに! ほんと何なのあいつ!?」

「話の流れで結果的にそうなっちゃっただけで、瀬戸が自発的に言い出したわけじゃないんだ」

「それはそうかもしれないけど……だいたい、話の流れってどんなだったの?」

「それは……瀬戸が最近、穂村さんの元気が無いって言うから、僕が『瀬戸が他人のことを気にするの珍しいね』って。そしたら、『実は……』みたいな」
「そんなの全然ごまかせるじゃん! 『実は俺、あいつのことが好きなんだ』とか」

「それはそれでややこしくなるって……あ、そういえば、瀬戸と仲良くなりたいって子は上手くいってるの?」

「え、なんのこと?」

 穂村さんは全く身に覚えがないという様子で首をかしげる。

「一度、一緒に帰ったときに聞いたでしょ? どうやったら瀬戸と仲良くなれるかって。あれ、友達に頼まれたんじゃないの?」

「ああ! あれね……」

 それまでの勢いはどこへやら、穂村さんはきまりが悪そうにはにかんだ。

「あれは、確かめたいことがあったの。ごめんね、騙すようなことして」

「確かめたいことって?」

「わたしね、ずっと前に樋上くんのこと、瀬戸くんから聞いてたんだ」

 一瞬、わけがわからなくて固まってしまった。

「ずっと前?」

「正確に言うと、小学生のころに聞いた話に出てきた子が、樋上くんだったの。それを確かめたくて」

「え、何それ、あいつ、なんか変なこと言ってた?」

「変なことなんかじゃないよ。ハンカチ、一緒に探してくれたんでしょ?」

「ハンカチ──ああ、あれか」
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