3-5
文字数 1,795文字
その後、2つ目のレースも1着でゴールした瀬戸が口を開いた。
「最近は穂村と話したりしないんだな」
「え? ああ、うん。そうかも」
「なんかあった?」
「別に、機会が無いだけだよ。違うクラスなんだし」
「それはそうか」
コンピュータが操作するマシンとの争いから目を離すことができない。瀬戸は一体、どんなつもりでそんな話題を挙げたのだろう。
結局、コース取りを失敗して敗れ、さらにもう1台にも抜かれてゴールした。結果は7着。隣を見ると、瀬戸は普段と変わらない涼しい表情をしていた。
第3レースがスタートして間もなく、再び瀬戸が話を始めた。
「今もまだ、穂村の隣の席なんだけどさ」
「それは良い御身分で」
「2週間……いやもう少し前からか。あまり元気がないというか、なんか思い詰めてる感じでさ。ちょうどお前らが話してるのを見かけなくなったタイミングと重なるから、喧嘩でもしたのかなって」
「まさか。それならむしろ逆じゃないの。悩みができたから、人と話す気分にならないのかもしれない」
「悩み、ね」
「前に、佐伯先輩が忙しくて中々遊びに行けないって言ってたから、それかも」
「佐伯先輩?」
「穂村さんと噂になってる2年生の先輩だよ。知らない? 背が高くて、いかにもモテるスポーツマンって感じの。ちょっと前まで、よく2組の教室とかにも顔出してたけど」
「……ああ、あのデカいやつか」
その声色から、眉間にしわを寄せている表情が容易に想像できる。
「穂村のやつ、あんなと付き合ってんのか」
「まだ付き合ってはいないみたいだけど。というか『あんなの』って、文化祭のミスターコンテストの準グランプリだよ」
「確かに見てくれは良いかもしれないけど、中身が伴ってるかは疑問だな」
「よく言うよ。名前も知らなかったくせに」
「尊敬できるような人間だったら、もっとちゃんと印象に残ってるさ。いつだったか、穂村の席まで来てたけど、話の内容といえば、いつぞやの試合で味方のミスをカバーしてやっただの、街で女子大生に声を掛けられただの、自分のことばかりで『褒め称えてくれ』って言わんばかりだったぜ。大体、図体がデカい奴って、態度もデカいよな」
相変わらず辛辣な物言いに、苦笑いするしかない。
「それにしても、そんなことまで知ってんだな」
「別に、有名だろ。瀬戸が無関心過ぎるんだよ」
「そうじゃなくて、遊ぶ日程が中々決まらないとか、まだ付き合ってはないとか、そんなことまで話してんだなと思って」
減速のタイミングが遅れ、コースから外れた。
「随分、信頼されてんじゃん」
「どうだか……それより、瀬戸がそんなに他人のこと気にするの、珍しいね」
「ああ……」
瀬戸は珍しく言い淀んだ。
軽快なゲームのサウンドだけが流れる時間が続き、もしかすると彼も彼女に好意を抱いているのだろうかと思い始めたころだった。
「俺、こっちに引っ越してくるまで、あいつの家の近くに住んでたんだ」
「え?」
思わずレースから注意がそれる。瀬戸は普段と変わらない表情で、まっすぐテレビ画面を見つめていた。
「幼稚園や小学校も同じでさ。親同士が仲良くて、転校してからも毎年のように会ってたから、久しぶりの再会って訳でも無くて、まあ割と親しい間柄ではあるんだ。この部屋にも何度か上がってるし」
「ちょ、ちょっと待って!」
僕はたまらずゲームの中断ボタンを押した。
「つまり幼馴染ってこと? 瀬戸と穂村さんが?」
「簡単にいえば、そういうことだな」
口からは、言葉とは呼べないような短く曖昧な音しか出てこない。一呼吸おいて、ようやく返事をすることができた。
「知らなかった……ふたりともそんな素振りまったく無かったし」
「黙ってて悪かったよ。最初はお前らがそこまで親しいなんて知らなかったんだ。わざわざ言う必要も無いかなって。あいつ、今じゃ人気者だろ? 自慢みたいになるのも嫌だったし。お前が教科書とか忘れて来た日、あいつに口止めされたんだ。どこかで打ち明けて、驚かせたかったんだろうな」
そういうくだらないこと好きだから、と付け加えた。そしてコントローラーを床に置いて、こちらに顔を向けた。
「お前らこそ、どういうきっかけで知り合ったんだよ。他に共通の知り合いがいるってわけでもないだろ?」
レンズ越しの切れ長の目が、まっすぐに僕を見る。表情の微かな強張りさえ見抜かれてしまいそうだった。僕はひとつ、大きく息を吐いた。
「最近は穂村と話したりしないんだな」
「え? ああ、うん。そうかも」
「なんかあった?」
「別に、機会が無いだけだよ。違うクラスなんだし」
「それはそうか」
コンピュータが操作するマシンとの争いから目を離すことができない。瀬戸は一体、どんなつもりでそんな話題を挙げたのだろう。
結局、コース取りを失敗して敗れ、さらにもう1台にも抜かれてゴールした。結果は7着。隣を見ると、瀬戸は普段と変わらない涼しい表情をしていた。
第3レースがスタートして間もなく、再び瀬戸が話を始めた。
「今もまだ、穂村の隣の席なんだけどさ」
「それは良い御身分で」
「2週間……いやもう少し前からか。あまり元気がないというか、なんか思い詰めてる感じでさ。ちょうどお前らが話してるのを見かけなくなったタイミングと重なるから、喧嘩でもしたのかなって」
「まさか。それならむしろ逆じゃないの。悩みができたから、人と話す気分にならないのかもしれない」
「悩み、ね」
「前に、佐伯先輩が忙しくて中々遊びに行けないって言ってたから、それかも」
「佐伯先輩?」
「穂村さんと噂になってる2年生の先輩だよ。知らない? 背が高くて、いかにもモテるスポーツマンって感じの。ちょっと前まで、よく2組の教室とかにも顔出してたけど」
「……ああ、あのデカいやつか」
その声色から、眉間にしわを寄せている表情が容易に想像できる。
「穂村のやつ、あんなと付き合ってんのか」
「まだ付き合ってはいないみたいだけど。というか『あんなの』って、文化祭のミスターコンテストの準グランプリだよ」
「確かに見てくれは良いかもしれないけど、中身が伴ってるかは疑問だな」
「よく言うよ。名前も知らなかったくせに」
「尊敬できるような人間だったら、もっとちゃんと印象に残ってるさ。いつだったか、穂村の席まで来てたけど、話の内容といえば、いつぞやの試合で味方のミスをカバーしてやっただの、街で女子大生に声を掛けられただの、自分のことばかりで『褒め称えてくれ』って言わんばかりだったぜ。大体、図体がデカい奴って、態度もデカいよな」
相変わらず辛辣な物言いに、苦笑いするしかない。
「それにしても、そんなことまで知ってんだな」
「別に、有名だろ。瀬戸が無関心過ぎるんだよ」
「そうじゃなくて、遊ぶ日程が中々決まらないとか、まだ付き合ってはないとか、そんなことまで話してんだなと思って」
減速のタイミングが遅れ、コースから外れた。
「随分、信頼されてんじゃん」
「どうだか……それより、瀬戸がそんなに他人のこと気にするの、珍しいね」
「ああ……」
瀬戸は珍しく言い淀んだ。
軽快なゲームのサウンドだけが流れる時間が続き、もしかすると彼も彼女に好意を抱いているのだろうかと思い始めたころだった。
「俺、こっちに引っ越してくるまで、あいつの家の近くに住んでたんだ」
「え?」
思わずレースから注意がそれる。瀬戸は普段と変わらない表情で、まっすぐテレビ画面を見つめていた。
「幼稚園や小学校も同じでさ。親同士が仲良くて、転校してからも毎年のように会ってたから、久しぶりの再会って訳でも無くて、まあ割と親しい間柄ではあるんだ。この部屋にも何度か上がってるし」
「ちょ、ちょっと待って!」
僕はたまらずゲームの中断ボタンを押した。
「つまり幼馴染ってこと? 瀬戸と穂村さんが?」
「簡単にいえば、そういうことだな」
口からは、言葉とは呼べないような短く曖昧な音しか出てこない。一呼吸おいて、ようやく返事をすることができた。
「知らなかった……ふたりともそんな素振りまったく無かったし」
「黙ってて悪かったよ。最初はお前らがそこまで親しいなんて知らなかったんだ。わざわざ言う必要も無いかなって。あいつ、今じゃ人気者だろ? 自慢みたいになるのも嫌だったし。お前が教科書とか忘れて来た日、あいつに口止めされたんだ。どこかで打ち明けて、驚かせたかったんだろうな」
そういうくだらないこと好きだから、と付け加えた。そしてコントローラーを床に置いて、こちらに顔を向けた。
「お前らこそ、どういうきっかけで知り合ったんだよ。他に共通の知り合いがいるってわけでもないだろ?」
レンズ越しの切れ長の目が、まっすぐに僕を見る。表情の微かな強張りさえ見抜かれてしまいそうだった。僕はひとつ、大きく息を吐いた。