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文字数 1,722文字

 物心ついたときから、僕には不思議な力があった。それは物から熱を奪い温度を下げられるというもので、例えばコップの中の水を念じるだけで氷に変えることができた。

 幼いころは手当たり次第に凍らせてしまっていたが、15歳になった今では、対象の範囲や温度の下げ幅もある程度コントロールすることができる。自分の周りの空気を冷やして夏を快適に過ごしたり、出先で買ったアイスクリームが溶けないよう氷点下に保ったり、というように。

 加えて、温度に対して非常に敏感なところがあった。直接見たり触れたりしなくても、物の熱を定量的に感じ取れるのだ。この特性は母に重宝された。火にかけた食材の内部温度だったり、揚げ油の温度が専用の機器なしで分かるからだ。その精度も年を追うごとに高くなり、いつしか身の回りで熱が生まれたり消えたりすると、その大まかな位置や強さを感じ取れるまでになった。感知できる範囲は強度などにもよるが、例えば自宅で2階の部屋にいたとしても、1階の台所で誰かがガスコンロを使用すると、すぐに気がつける。

 熱を奪うことはできても、その逆はできなかった。したがって、力の加減には十分気を使う必要がある。ぬるくなった飲み物を冷やそうとして、シャーベットを作ってしまった回数は数えきれない。

 この不可逆性は特に、意図せず力が働いてしまった際に厄介だった。驚いたときに思わず声が出てしまうのと同じように、ふとしたきっかけで無意識に力を使ってしまうことがある。多少驚いたくらいであれば冷たい風を起こす程度で済むが、感情が不安定になって制御できなくなったりすると大変だ。5年前に祖父を亡くしたときなんかは、僕のいる場所すべてが冷凍庫のようになってしまった。「あのときは悲しむ暇もなかった」と、ことあるごとに両親から揶揄される。親族の中でも、この力を持っているのは僕だけだった。

 当然ながら、両親には力を隠して暮らすよう言われた。もともと内気で人と接することが得意では無かったため、それは学校に通い始めてからもさほど難しいことではなかったが、力を制御できなくなると、トイレや保健室に行くと言ったりして身を隠さねばならなかった。年に数回、そのような不可解な行動を繰り返しても指摘されなかったのはきっと、良くも悪くも印象に残らない地味な見た目と、引っ込み思案な性格から、僕は空気のような存在だったからだろう。

 一度だけ、この力で人を傷つけてしまったことがある。

 中学1年生のときだった。友人とゲームセンターで遊んでいると、他校のグループに因縁をつけられた。暴力を振るわれた僕は、そのとき初めて人に対して力を使った。相手はすぐに逃げ出してしまったから、負傷の程度は分からないが、軽い凍傷くらいは負っていてもおかしくない。しかし彼らも最初に手を出したことで咎められるのを恐れたのだろう、おおごとになることはなかった。

 その一件があってから、簡単に人を傷つけられるこの力と、その引き金を引くことができた自分が怖くなった。いつ何がきっかけで、また人に力を向けてしまうか分からない。それが意図的にしろ、そうでないにしろ。できる限り感情に起伏を起こさないよう心がけた。腹が立てば自分にも非があったと省み、泣きそうになると一過性のことだと言い聞かせた。

 それでも、力を完全に制御することはできなかった。陰口をうっかり耳にしたり、失敗をからかわれたりすると、つい冷気が漏れてしまう。悲しまずに生きるのは難しい。その機会を減らすことが、せめてもの対策だった。もともと多くなかった友人たちからも距離を置くようになって、小学生のころから通っていた習い事なんかも辞めてしまった。

 そんな日々はこの春、高校に入学してからも変わらなかった。

 朝、誰とも挨拶を交わさず席につく。教師から指名されることがある授業を、予習の範囲を越えないかとひやひやしながら受け、休憩時間は読書をして過ごす。当然、部活動にも入らなかった。

 結局、新しい友人をひとりも作れないまま1学期を終えた。

 ただそれも、一概に悪いこととは思わなかった。人と関わらなければ、この力で誰かに迷惑をかけたり、傷つけたりすることはないのだから。
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