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文字数 2,249文字

 中間試験を終えた日の夜、4日後に控えた映画についてのメッセージが届いた。場所は駅前のショッピングセンターに併設された映画館で、朝一の上映だった。映画を観たあとは施設内の飲食店で昼食をとる予定だという。佐伯先輩は午後から部活があるため、13時には解散するだろうとのことだった。

 その翌々日、今度は座席についての連絡があった。金曜日の夜で、僕は部屋でテレビゲームをしていた。ふたりの席はすでに佐伯先輩が予約してくれたそうで、僕には自分の隣か真後ろに座って欲しいとのことだった。最初は自力で僕の分を取ろうとしてくれたそうだが、結局方法が分からなかったという。とはいえ、僕だって経験がない。

 ゲームを中断し、携帯で映画館のWebサイトを開いてみた。作品名を探して選択する。続けて日時を選ぶと、座席表が表示された。それぞれの席は白と黒で色分けされており、黒色の席は予約済みであることを示しているようだ。すでに所々黒くなっている。ふたりの席は中央列真ん中の位置で、その両隣も後ろの席もまだ空いていた。隣の場合、左右の指定はなく、穂村さんは僕の席に応じて近いほうに座ると言っていたが、万が一を考えると避けたほうがいいだろう。そもそも、隣では僕が緊張してサポートに支障が生じる恐れがある。

 このまま順調に進みそうだぞと思っていると、クレジットカードの情報の入力欄が現れて手が止まった。クレジットカード? そんなもの持っていない。

 ヘルプに飛んで調べてみると、どうやらWeb上での予約は前売り券かクレジットカードがないとできないようだった。

 翌朝に行けば間に合うだろうか。しかし、公開したばかりの人気シリーズ、しかも日曜日の上映となると、早々に埋まってしまうかもしれない。

 時刻を確認する。20時になろうとしていた。

 自宅からショッピングセンターまでは、自転車を使えばだいたい15分ほど。映画館はレイトショーもやっているはずなので、閉まるのはまだ先だろう。幸い、明日は土曜日で学校は休みだった。

 腰を上げかけて止まる。頭の中で怒声が蘇り、横腹のあたりがうずいた。

 1階にスーパー、2階から4階に専門店を構えたその商業施設は、駅からほど近く、近隣の小学校や中学校からも歩いていける距離にあるため、十代の若者の格好の遊び場となっている。反面、昔からやや物騒なところがあり、小学生のころは毎年冬休み前になると、お年玉を持って子供だけで遊びに行かないよう、先生たちから度々注意を受けた。僕自身、以前他校の生徒に絡まれ、暴力を振るわれたのも、そこのゲームセンターだった。

 こんな時間にひとりで行って大丈夫だろうか。夜に出歩くという経験自体ほとんどないため、余計に心配になる。

 やはり明日にしよう。そう結論付けてテレビゲームを再開するも、やはり気がかりで、つい携帯に手が伸びた。座席表のページを開く。黒色の席がいくつか増えていた。僕はゲームの電源を切った。

 ジャージに着替え、上着の下にショルダーバッグを隠してリビングに降りた。怪訝な顔をする母に「今度体育の授業で長距離走の記録会があるから、その練習をしてくる」と嘘をついて家を出た。



 駐輪場に自転車を置き、ショッピングセンターの自動ドアをくぐると、幼いころから店内のBGMとして聴きなじみのある、穏やかな曲調のクラシックが耳に入ってきて、少し安心した。

 しかし2階に上がると、危惧していた通り、制服を着崩した中高生たちの姿が何度か目に入った。映画館は3階にあるが、そのような集団を見かけるたびに遠回りする必要があった。

 やっとの気持ちで映画館にたどり着いたものの、入ってすぐ、係員から未成年のレイトショー鑑賞は禁止されていると注意を受けた。二日後の入場券を購入することはできるかと尋ねると、それは可能だと言われて、受付に案内された。

 座席を確保できた旨を座席番号と共に穂村さんにメッセージで伝えた。ちょっとした達成感から、柄にもなく末尾に感嘆符を付けた。

 帰り際に、テナント内の雑貨屋の店先に陳列されていた黒縁の伊達眼鏡が目に入って購入した。当日、同級生に見られたりしたら厄介なことになりそうだと思ったからだ。変装と言えるほどではないが、少しは役に立つかもしれない。

 ショッピングセンターを出て一息ついたのも束の間、駐輪場のそばに人影があった。冷たい色の街灯に照らされて、制服姿の男女がふたり、ショッピングセンターの看板にもたれかかっている。揃ってうつむきがちでいる様子は険悪な雰囲気をかもしだしていた。しかも都合の悪いことに、僕の自転車は彼らの目の前にある。自転車を置いて帰ろうかとも思ったが、時間帯を考えると現実的じゃない。

 このままじっとしているわけにもいかず、彼らが動き出す様子もないため、覚悟を決めた。露骨に目を背けたりすると、却って反感を買うかもしれない。顔を上げてまっすぐ自転車に向かう。近づくにつれ、彼らの姿は明瞭になってくる。女子が着ている制服は、僕と同じ高校のもののようだった。小柄で顔も幼く見える。同級生かもしれない。一方、前髪を長く伸ばした男子の顔立ちは大人びていて、おそらく上級生だろう。ふたりとも本来であれば人を惹きつけそうな容姿をしていたが、不貞腐れた表情がそれを台無しにしていた。目の前を通る際に軽く会釈して素早く自転車を回収する。逃げるようにしてその場を去った。

 穂村さんたちもあんな雰囲気になってしまったらどうしよう。ペダルが重く感じた。
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