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文字数 1,154文字

 翌朝の教室では、男子たちが輪を作って盛り上がっていた。以前にも噂されていた2年生の女子の先輩が、本当に破局したらしい。「自分にチャンスが回ってきた」とおどける男子を、別の男子が叩いて笑いが起こる。にぎやかな声が寝不足の頭に響いた。

 きっと彼らの中に、本気で先輩に恋焦がれているものはいないのだろう。場を盛り上げるために合わせているか、芸能人に対してそうするように、憧れ、讃えているだけだ。

 僕も同じように、ただ遠くから見ているだけで良かった。それなのに、その人となりに触れてしまった。

 一部の女子達は言う「あの子は綺麗だけど性格が悪い」と。それが本当なら、どれほど良かったか。生まれ持った厄介な体質をフォローするためだけの道具として扱ってくれたなら、こんなことにはならなかった。そんな幼稚な陰口も簡単に見過ごせて、わざわざ面倒ごとに首を突っ込むなんて真似はしなかっただろう。

「なにあれ、ストーカー?」

「親衛隊かなにかじゃない?」

 あのときの嘲笑を思い出すとまた、冷たい感覚がこみ上げそうになる。

 我ながら呆れてしまう。この数年間、心を平穏に保つことを何よりも優先してきたはずなのに。

 立て直さなければならない。不安定な心は凶器だ。僕のこの力は、人を氷漬けにすることさえできるのだから。

 幸い、穂村さんと知り合ったのは2か月ほど前で、それまではすれ違う機会さえほとんどなかったから、距離を置くといっても特別なことは必要ない。普通に過ごしていれば、そもそも関わり合いを持つことはないのだ。

 それでも念のため、休憩時間に廊下に出ることや、食堂や図書館の利用を控えるようした。さらに登校時間を早め、放課後は一目散に教室を出た。

 それらの甲斐もあってか、クラスメイトたちから冷ややかな視線を向けられることも無くなり、学校生活は元通りになった。昼休みに階段を上ってくる佐伯先輩と出くわして、肝を冷やしたりもしたが、やはり僕のことなど覚えていないようで、見向きもされなかった。

 その一方で、穂村さんからのメッセージは何事もなかったかのように続いていて、シュネーの写真や動画を送ってくれたり、授業中に的外れな受け答えをして笑われてしまったことや、佐伯先輩が忙しくて次の日程の目途が立たないといった愚痴を投げつけられたりした。その都度、真剣に返事を返してしまう自分がいた。

 唯一そうしなかったのは、期末考査の近づいたある晩のことだった。突然、通話できないかという旨が送られてきた。僕はそれを見なかったことにして布団に入った。

 翌朝になって、『早くに寝てしまった』という出鱈目な理由を添えた謝罪文を送ろうと携帯を手に取ると、寝床についた1時間ほどあとにもう1通届いていて、前のメッセージは忘れてほしいということが書いてあった。
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