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文字数 1,773文字

 3年前の秋のことだ。その日は日曜日で、中学1年生だった僕と瀬戸はショッピングセンターのゲームコーナーで遊んでいた。 

 *****

 競走馬の着順を当てるメダルゲームの結果を、瀬戸と長椅子に横並びに座って見守っていると、近くで声がした。

「お前、こっち見てたろ」

 変声期の男子特有の不安定な声だった。僕ら以外の誰かに向けて言っているものだと思い、巻き込まれないようにと顔を伏せたが、「は?」という瀬戸の声で、それが間違いであることを知った。顔を上げると、ふた組の男女が瀬戸を見下ろしていた。

「とぼけるなよ。ずっと見られてたって、こいつが言ってんだ」

 集団の中で1番背の高い男子が、瀬戸に詰め寄った。最初に声をかけてきたのも彼のようだった。隣には『こいつ』と呼ばれた小柄な女子が、落ち着かない様子で立っていた。その後ろでは、額や頬にたくさんのニキビを作った男子と、不自然なほど派手なつけまつ毛をした女子がにやにやしていた。制服から察するに、他校の中学生のようだった。男子の襟元についた学年章の数字はローマ数字のⅡの形をしていた。

「『ずっと』って、どのくらい前から? あんたがどこにいるときに?」

 瀬戸はひるむことなく、小柄な女子の顔をまっすぐに見つめた。たちまち彼女の頬が赤く染まり、言葉を詰まらせた。その様子を見た長身の男子は、更に声を荒げた。

「そんなのどうだって良いんだよ! どういうつもりだよお前!」

「どういうつもりもなにも、身に覚えがない。そちらの勘違いじゃないか」

「何だと!?」

「だいたい、俺は目が悪いから、このくらいの距離じゃないと、人の見分けもろくにつかないんだ」

「言い訳してんじゃねえ!」

 長身の男子が瀬戸の胸ぐらを掴んで強引に立たせた。縮こまっていた僕ではなくニキビ面の男子が動いた。

「ここで争ってると騒ぎになる。ちゃんと話せる場所に行こう」

 解放された瀬戸は服装の乱れを直すと、普段と変わらない落ち着いた表情で「先に帰ってろ」と言った。首を横に振った僕を見て眉をひそめたが、拒みはしなかった。

 二手に分かれた彼らに前後を挟まれる形で連れられ、階段の踊り場に移動した。そこでどんなやり取りが行われたかはほとんど覚えていない。瀬戸の体が大きく揺らいだのを見て、手を上げられたのだと分かった。頬をさすり、なおも言葉で解決しようとする瀬戸を、長身の男子はもう一度殴った。しかしその直後、腹を押さえてうずくまったのは相手の方だった。続けざまに、瀬戸が右足を振りかぶるのが見えた。

「瀬戸!」

 僕が声を発したのと同時にニキビ面の男子が瀬戸に飛びかかった。細身の瀬戸は簡単に突き倒され、組み伏せられる形になった。鈍い音と女子たちの短い悲鳴が聞こえた。

 駆け寄ろうとして横腹に強い衝撃を受けた。息ができなくなり、足に力が入らなかった。

「おい、代われ! こいつ、舐めた真似しやがって」

 歳はひとつしか変わらないはずだが、子供と大人ほどの対格差があった。そのとき頭にあったのは、瀬戸が殺されてしまうのでは無いかという恐怖だけだった。それを防ぐためには、手段を選んではいられなかった。

 あのとき立ち上がれたのはきっと、武器を持っていたからだ。瀬戸に馬乗りになろうとしていた相手に、無我夢中で体当たりした。しかし、びくともしなかった。

「邪魔すんな!」

 突き飛ばされて尻餅をついた。すかさずニキビ面の男子が覆い被さってくる。僕は彼の右腕を見て、瞳に力を込めた。

「うわっ!」

 悲鳴を上げて懸命に右腕をさする彼の姿に、その場の視線が集まった。僕は呆気に取られている長身の男子に向かってもう一度ぶつかっていった。ただし今度は、ドライアイスを押し当てるかのように、凍った空気をまといながら。

 言葉にならない声を出して飛び退いた彼は、一瞬だけ僕をにらんだ。しかし突如生じた身体の異変と、その原因が僕にあることを察したのか、顔を青くすると、言葉にならない悲鳴をあげながら階段を駆け降りていった。他の3人も、慌ててそれに続いた。

「樋上……? お前、何した?」

 上体を起こし、地べたに胡坐をかいた格好で瀬戸が言う。僕は手のひらを開いてみせた。

「今日1000円ガチャで引いた、電気が流れるおもちゃ。これを押し付けたんだ」

 少し間があってから、瀬戸は一言、「そうか」とだけ答えた。
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