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文字数 1,805文字

 セレクトショップを出たふたりは雑貨屋を2軒回ったあと、3階のゲームコーナーに立ち寄った。

 ここは以前、僕が他校の生徒に絡まれ、結果的に能力を使って人を傷つけてしまった因縁の場所だ。あの出来事があってからは避けていたため、足を踏み入れるのは久しぶりだった。当時は無かったゲームがいくつか増えていた。耳が痛くなるような大音量の電子音や、メダルがぶつかり合う音は変わらない。

 ふたりは一通りぐるっと回って吟味したあと、太鼓を叩くリズムゲームで遊び始めた。そこで分かったのは、佐伯先輩はリズムゲームも得意だということと、穂村さんにはリズム感が致命的に欠けているということだった。

 その後、レースゲームとガンシューティングにも手を出していたが、やはり穂村さんは苦戦していた。過保護だという両親の教育方針を考えると、ゲームセンターで遊ぶということ自体、あまり経験が無いのかもしれない。

 そんな穂村さんに気を遣ったのか、佐伯先輩はひとりでバスケットボールのゲームを始めた。フリースローの要領で、ゴールをめがけて次々とボールを投げていくもので、佐伯先輩のシュートは面白いようにゴールに吸い込まれていった。その度に派手な電子音が鳴り、隣で見学する穂村さんの拍手も響いた。

 この日、穂村さんは終始安定していて、僕の出番はほとんどない。正直なところ、集中力が切れてきていた。バスケットボールが跳ねる周期的な音が、いっそう意識を遠のかせる。

 ふと、近くにあったクレーンゲームが目に入った。クマをモチーフとしたキャラクターのぬいぐるみが、取り出し口まであと僅かという位置にうつぶせの状態で置かれている。財布を確認すると、500円玉が2枚入っていた。

 佐伯先輩がゲームを続けていることを確認して、クレーンゲームの投入口に500円玉を入れた。500円で3回チャレンジできる機種だった。

 1回目の挑戦では素直にぬいぐるみを持ち上げようとしたが、真上に少し浮いただけだった。

 2回目、今度は頭に標準を合わせると、ぬいぐるみは背筋運動をするように上体を上げ、途中で糸が切れたように下がった。その反動で、体全体が少し取り出し口の方に移動した。

 3回目も同じようにクレーンを操作する。ぬいぐるみは再び背筋運動を行い、そして元の体勢に戻るときにやはり前に動いた。頭だけ取り出し口に浮いたような形になったぬいぐるみは、しばらくの間シーソーのように体を上下させていたが、やがて落ち着いた。

 そのとき、ボールの弾む音がぴたりと止まった。

「留衣!」

 僕まで身構えてしまうくらい、強い口調だった。

「どこ見てんだよ、俺が頑張ってんのに」

「ご、ごめんなさい……」

 佐伯先輩は、鋭い視線をこちらにも向ける。

「知り合い?」

 少なくとも一度は、教室の前で話しているところを見られているはずだが、このときばかりは地味な顔立ちで助かった。目の前に冷気を出して、左右に振った。

「いえ、たまたま見えたから、つい……」

 申し訳なさそうにうなだれる姿に、佐伯先輩は勢いを失ったのか、聞き取れないような声で何度か言葉を吐いたあと、早足で歩き出した。穂村さんは戸惑ったような表情で一度僕を見てから、後を追いかけた。さっきまで佐伯先輩が遊んでいたゲームの愉快なBGMが、やけに大きく聞こえた。

 穂村さんの精神状態を考えると、このまま帰ることはできなかった。エスカレーターを使って1階に降りる。ふたりの後ろ姿はすぐに見つかった。横並びで足並みが揃っていることに、ひとまず安心する。しかし、目線を合わせるような素振りはなく、うつむきがちな穂村さんの姿勢から、和やかな空気でないことはひしひしと感じ取れた。これまでよりも長めに距離を空けてついていく。

 突然、佐伯先輩が立ち止まったと思ったら、穂村さんに向かって深く頭を下げた。穂村さんはうろたえたように両手を横に振る。ゆっくりと頭を上げた佐伯先輩は、どこかを指差した。そしてふたりは、その方向へ向かっていった。

 ふたりが立ち止まった位置まで来て、佐伯先輩が指差した方を見ると、クレープの店があった。入り口にレジカウンター、奥に2人掛けの丸テーブルが3つ並んでいるだけの小さな店だ。

 その席のひとつに、佐伯先輩がこちらに背を向けて座っていた。肩越しに見える、両手で大事そうにクレープを持つ穂村さんの表情はいつも通り明るく、ほっと胸を撫で下ろした。
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