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文字数 1,870文字

 折角だからとキッチンカーに寄ってみた。馴染みのある昔ながらの屋台とは違い、看板やメニューのデザインまで凝っている。その上、店員もみんな若くて眩しい。心なしか、購入の列に並んでいる客も華やかな人が多い気がして、尻込みする。しかしこの機会を逃せばもう一生縁が無いかもしれないと、思い切ってキューバサンドの列に並んだ。

 落ち着かない気分で順番を待っていると、広場の入り口の方から同世代の女子たちが横並びで4人、向かってくるのが見えた。部活帰りなのか、お揃いの大きなかばんを背負っている。その中のひとりに見覚えがあった。集団の中でも一際目を引く小柄な彼女は、以前、学校の廊下で佐伯先輩と歩いていたときと同じように、人懐っこい笑みを浮かべている。多くの男子生徒からアプローチを受けているようなことを聞いたが、クリスマスマーケットに友達と訪れるということは、誰も相手にされなかったのだろうか。ふと、そんな考えが頭に浮かんで、慌ててかき消した。他人の色恋沙汰に関心を持つなんて、以前は考えられなかったのに。後ろめたさに襲われて、視線を落とした。携帯でネットのニュースサイトを開く。都会の方でも、初雪が観測されたらしい。

 代金と引き換えに、ハムとチーズが入ったキューバサンドを受け取った。包み紙越しの温もりと、バターの香ばしい匂いが、幸せな気持ちをくれた。

 広場を後にする前にもう一度、休憩スペースの方に目をやると、ふたりがいたテーブルには別のカップルが座っていた。わらび餅ドリンクを飲み終わって、別のものを買いに席を立ったのかもしれない。だとすると、自分がここにいるのは良くない。周囲を警戒しつつ、その場を離れた。

 市街地と逆方向に行くと、湖に沿った遊歩道に出る。遊歩道の一部も公園に含まれてはいるけれど、広場や遊具があるエリアとはそれらを囲う背の高い木々によって分け隔てられており、こちら側はクリスマスマーケットの会場になっていないため、打って変わって物静かな雰囲気になる。冷たい湖風が吹くこの季節、それも夜となると人影はなく、会場から微かに聞こえてくる賑わいも相待って、物寂しささえ覚えるほどだった。

 真っ黒な湖の向こう岸には町明かりが見える。ほとりまで石造りの階段が続いていて、その中ほどに腰を下ろしてキューバサンドを食べた。パンも食材も、コンビニのサンドイッチとはまるで違い、驚くほど食べ応えがあった。押し寄せてくる充実感に、勇気を出して良かったと思えた。これまでにもきっと、一歩を踏み出せずに触れられなかった楽しいことや嬉しいことがいっぱいあったのだろう。これからは、考えるだけ考えて逃げるんじゃなくて、もっと行動に移せる自分になりたい。そうしていつか振り返った時に、今回のことはとてもいい経験だったと思えたらいい。

 想像していたよりも、ずっとすがすがしい気分だった。明日以降、なんて言って穂村さんと顔を合わせよう──そんなことを考えてしまうほどに。彼女は、瀬戸との関係を打ち明けたくてうずうずしているかもしれない。とすると、瀬戸に間に入ってもらうわけにはいかない。そもそも、いきなり他力本願じゃ何も変わっていないじゃないかと心の中で苦笑していたそのとき、ふと、切り裂くような熱を感じた。

 階段を上がり、位置を推測する。キッチンカーが集う広場の方ではない。屋台が並ぶ大通りからも離れている。どうやら、遊歩道をずっとゆき、公園を抜けて里山と湖に挟まれるようになったところに現れたようだ。たしかあの辺りにはベンチもいくつか並んでいる。誰かがタバコに火をつけるためにライターでも使ったのだろうか。しかしそれにしては規模が大きい気がする。まだ残っているのも妙だ。

 まさか、と足が動いたが、数歩行ったところでその熱はすっと収まっていった。かと思えば、またしても同じような位置に現れる。大学生が花火でもしているのだろうか、そう考えてやめた。まずは行ってみよう。だってついさっき決めただろう、動いてみることが大切だと。

 熱は出たり消えたりを繰り返していたが、公園の端に位置する駐車場が見えてきたところで落ち着いた。そして同時に、それらに隠れて見落としていた球状に広がる熱波に気がつき駆け出した。

 遊歩道は一旦駐車場に行き着くが、そこからはまた湖沿いに出る道が続いている。里山を迂回するように作られたその細い道から人影が飛び出してきたと思ったら、慌てた様子で駐車場を突っ切り、そのまま公園へと入っていった。激しく打つ心臓を無視して、地面を蹴る足に力を込めた。
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