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文字数 1,596文字

「その話を聞き出したかったの」

 満足そうな表情で穂村さんは言った。

「忘れてたわけじゃないけど、物を隠された話なんて勝手にできないよ」

「分かってる」

 穂村さんはくすりと笑う。

「結局あのあと、瀬戸くんに直接聞いちゃった。そしたら、案外素直に教えてくれて、ちょっと拍子抜けしたな。あれ、引っ越すときにわたしがあげたものなんだ。だから、わたしからもありがとう。一生懸命探してくれて」

 通りで、あんなに大切にしていたのか。

「前にも言ったけど、今でも大事に使ってるよ」

「知ってる。高校で最初に見たとき、ちょっと引いたもん」

 両腕をさすって寒がるような仕草を見せる穂村さんに、苦笑いするしかなかった。

「けどよくよく考えたらたぶん、わたしからもらったからじゃなくて、樋上くんとの思い出があるから、大事にしてるんだと思う」

「まさか」と否定すると、穂村さんは続けた。

 瀬戸が引っ越した年の夏休み、穂村さん一家は新居に遊びに行ったらしい。母親同士が高校の同級生なのだという。そこで新しい友達はできたかと尋ねたとき、瀬戸はあの出来事について話したのだそうだ。

「『あんたがクラスに溶け込もうとしないから、そんな目に合うんでしょ』って言ったら、すっごい怖い顔されたな」

「それは……穂村さんが悪いよ」

 穂村さんは「えへへ」と頭をかきながら、反省の感じられない笑みを浮かべる。

「内心はすごく安心してたんだよ。前の学校じゃ、わたしくらいしか友達いなかったから。『女の子みたい』なんてからかわれても、言い返しもしないで、そのたびにわたしが代わりに怒っては、今みたいに熱出して寝込んでたな」

 瀬戸のやつ、『よく喧嘩してた』なんて他人事みたいに言ってたけれど、自分もその要因だったんじゃないか。

「そのときから、その子と話してみたいって思ってたんだ。けどあいつ怒っちゃって、名前も教えてくれなかった」

 あれは失敗だった、と懺悔の声を漏らす。

「それでこの前、樋上くんが小学校からの友達って聞いて、もしかしてって思ったの」

 さぞがっかりしたんじゃないかと言いかけて、やめた。まっすぐな笑顔を見ていると、そんな卑屈な気持ちも吹き飛んでしまったからだ。

「それは瀬戸からも聞かなかった」

 驚いたと告げると、穂村さんは表情をほころばせながらも不穏なことを言った。

「これまで話してたら、何らかの罰が必要だよ」

 やがて熱波は完全に止み、穂村さんの体温も平熱に近づいてきたころ、彼女はポツリと言った。

「なんかこの感じ、ちょっと青春っぽいね」

「……そう、かな」

「ぽいよ! あ、せっかくだし雪とか降らせられない? ロマンチックな感じの」

「雪か……やったことないけど、多分無理じゃないかな」

 雪を作るためには低い温度だけでなく、空気中に十分な量の水や微粒子が必要のはずだから──そう説明していると、突然穂村さんが笑い出した。

「言ってみただけだよ。真面目だなぁ、樋上くんは」

 無邪気に笑う穂村さんは相変わらず太陽のようで、こんなに近くにいたらまた心が焼け焦げてしまいそうだ。

「念のために言っておくけど、褒めてるんだからね?」

 穂村さんはそう付け加えて、月が浮かぶ湖に目を細める。そんな言動のひとつひとつが、僕の心を焦がすと同時に、明るく照らしてくれる。いくら強く目を閉じても、抗いようがない。

 これからも、彼女と関わっていたい。そのために、そばにいても乱れない強い心が欲しい。

 視線に気づいたのか、振り向いて「うん?」と小首をかしげる姿に、耳まで熱くなる。

「ううん」

 首を横に振る。やっぱり、すぐには無理だ。   

 物の熱だったら、簡単に抑え込めるのに。

 いっそ今だけは、このひりつくような痛みを楽しんでしまおうか。

 視線を逸らさず、まっすぐ彼女の目を見る。

 その瞳が大きく開かれて揺れる。

「青春っぽさを噛み締めてた」

 暖かい風が吹いて、僕の頬を優しく撫でた。
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