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文字数 1,751文字
落ち着きを取り戻したのか、熱気はずいぶんと柔らかなものになっていた。しかしそんな穏やかな熱気とは裏腹に、思い詰めた口調で穂村さんが「ねえ」と言った。
「この間はどうして、ああなっちゃったの?」
「この間?」
とぼけて見せたが、
「あれは前にも言った通り、面談が不安だったから」
「うそ! 樋上くんがそんなことであんなになるわけないじゃん! 今日のわたしでさえ、ボヤ騒ぎで済んだのに。何か悩みがあるなら教えて。話すだけで楽になることって、あると思うの」
事実、自分は今日すごく晴れやかな気分になったと、彼女は付け加えた。
「それとも、わたしじゃだめ?」
しゅんと肩を落とし、上目遣いで僕を見る。反則技に近い。
「そういう訳じゃなくて、本当にしょうもないことなんだ。それにもう割り切れたというか──」
「それでも、今後の傾向と対策として知っておきたいの!」
僕の言葉を遮って、ぐいと顔を近づける。2枚目のイエローカード。
「ええと……」
穂村さんは「うん」と大きくうなづく。言葉ひとつ聞き逃すまいというようなその眼差しに、照れることさえ忘れ、胸が熱くなった。
「あの時は……自分が嫌になって」
「自分が嫌に? どうして?」
「それは……えっと……」
木々のざわめきが激しくなって、やんだ。その間、穂村さんはずっと僕の言葉を待ってくれていた。
「その前にまず、ごめん。急に、距離を置きたいとか言っちゃって」
「え? ああ、うん。いいよ。けど、寂しかったなぁ」
穂村さんは場を和ませるような感じで冗談っぽく言った。それにつられて、「僕も寂しかった」と口にすると、また草木の揺れる音がして、やがて穂村さんの笑い声が響いた。
「変なの、自分が言い出したんじゃん」
今度は笑いすぎて涙が出てきたのか、また目元をぬぐっている。
「う、うん……だから、そのことで悩んでたというか、後悔してたというか……色々考えてるうちに、自分が嫌になってしまった」
木々のざわめきよりも大きな笑い声は止まらない。
「……だからしょうもないって言ったんだ」
「全然しょうもなくなんかないよ」
満面の笑みで言われても説得力がない。自業自得とはいえ、いたたまれなくなってきた。
「そっかぁ、寂しかったんだ」
恥ずかしさと情けなさで顔も上げられない僕は、何も言い返せなかった。
「けど安心した。嫌われちゃったのかと思ってた」
その声色の変化に、僕はようやく顔を上げる。
「まさか。嫌いになる理由がない」
どれほど必死に、それを探しただろう。けれどもそれは、ほんのひとかけらさえ見つけることはできなかった。
「……へえ」
穂村さんはそう呟いて、少しはにかんだ。その表情に思わず見惚れそうになったとき、彼女の体温に気がついた。周りの空気もそうだが、彼女の身体そのものが熱を帯びている。それも40度に近い。
「もしかして、熱ある?」
穂村さんは思い出したかのように、「ああ」と言った。
「そっか、気づくよね。流石は樋上くん。大丈夫、風邪ひいた訳じゃ無いよ。今回みたいに派手に暴走しちゃうと、こうなるの。昔は寝込んでたけど、今は1時間もあれば治るから」
横になるかと尋ねると、少し思案するような素振りを見せたあと、首を横に振った。
「ううん、平気。このままでいい。慣れてるから。小学生のころは、もうしょっちゅうだったよ。やたらと突っかかってくる男子とかいてさ。最近は頑張って猫かぶってるけど、実はわたし、結構短気なんだ」
身に覚えはないが、あの年頃の男子は好意をもった相手についちょっかいを出してしまうものだという。穂村さんは一体、何人の初恋を奪ったのだろう。
「だから今でも、同級生の男子たちには変に身構えちゃうところがあるんだよね。火種はないに越したことないから。けど、そうしたらそうしたで、今度は女子たちから『お高くとまってる』なんて言われてさ。まったく、こっちの苦労も知らないで。ちょっとイラッとしただけでボヤ騒ぎになる生活、1日でも経験してみろって感じだよね」
愚痴をこぼす穂村さんの口調は普段に比べるといくぶん早口で強く、おそらくこっちの方が、瀬戸のよく知る彼女の本来の姿に近いのだろう。
「この間はどうして、ああなっちゃったの?」
「この間?」
とぼけて見せたが、
この間
というのは三者面談があった日のことで、ああ
というのは力の暴走だということをきちんと説明された。「あれは前にも言った通り、面談が不安だったから」
「うそ! 樋上くんがそんなことであんなになるわけないじゃん! 今日のわたしでさえ、ボヤ騒ぎで済んだのに。何か悩みがあるなら教えて。話すだけで楽になることって、あると思うの」
事実、自分は今日すごく晴れやかな気分になったと、彼女は付け加えた。
「それとも、わたしじゃだめ?」
しゅんと肩を落とし、上目遣いで僕を見る。反則技に近い。
「そういう訳じゃなくて、本当にしょうもないことなんだ。それにもう割り切れたというか──」
「それでも、今後の傾向と対策として知っておきたいの!」
僕の言葉を遮って、ぐいと顔を近づける。2枚目のイエローカード。
「ええと……」
穂村さんは「うん」と大きくうなづく。言葉ひとつ聞き逃すまいというようなその眼差しに、照れることさえ忘れ、胸が熱くなった。
「あの時は……自分が嫌になって」
「自分が嫌に? どうして?」
「それは……えっと……」
木々のざわめきが激しくなって、やんだ。その間、穂村さんはずっと僕の言葉を待ってくれていた。
「その前にまず、ごめん。急に、距離を置きたいとか言っちゃって」
「え? ああ、うん。いいよ。けど、寂しかったなぁ」
穂村さんは場を和ませるような感じで冗談っぽく言った。それにつられて、「僕も寂しかった」と口にすると、また草木の揺れる音がして、やがて穂村さんの笑い声が響いた。
「変なの、自分が言い出したんじゃん」
今度は笑いすぎて涙が出てきたのか、また目元をぬぐっている。
「う、うん……だから、そのことで悩んでたというか、後悔してたというか……色々考えてるうちに、自分が嫌になってしまった」
木々のざわめきよりも大きな笑い声は止まらない。
「……だからしょうもないって言ったんだ」
「全然しょうもなくなんかないよ」
満面の笑みで言われても説得力がない。自業自得とはいえ、いたたまれなくなってきた。
「そっかぁ、寂しかったんだ」
恥ずかしさと情けなさで顔も上げられない僕は、何も言い返せなかった。
「けど安心した。嫌われちゃったのかと思ってた」
その声色の変化に、僕はようやく顔を上げる。
「まさか。嫌いになる理由がない」
どれほど必死に、それを探しただろう。けれどもそれは、ほんのひとかけらさえ見つけることはできなかった。
「……へえ」
穂村さんはそう呟いて、少しはにかんだ。その表情に思わず見惚れそうになったとき、彼女の体温に気がついた。周りの空気もそうだが、彼女の身体そのものが熱を帯びている。それも40度に近い。
「もしかして、熱ある?」
穂村さんは思い出したかのように、「ああ」と言った。
「そっか、気づくよね。流石は樋上くん。大丈夫、風邪ひいた訳じゃ無いよ。今回みたいに派手に暴走しちゃうと、こうなるの。昔は寝込んでたけど、今は1時間もあれば治るから」
横になるかと尋ねると、少し思案するような素振りを見せたあと、首を横に振った。
「ううん、平気。このままでいい。慣れてるから。小学生のころは、もうしょっちゅうだったよ。やたらと突っかかってくる男子とかいてさ。最近は頑張って猫かぶってるけど、実はわたし、結構短気なんだ」
身に覚えはないが、あの年頃の男子は好意をもった相手についちょっかいを出してしまうものだという。穂村さんは一体、何人の初恋を奪ったのだろう。
「だから今でも、同級生の男子たちには変に身構えちゃうところがあるんだよね。火種はないに越したことないから。けど、そうしたらそうしたで、今度は女子たちから『お高くとまってる』なんて言われてさ。まったく、こっちの苦労も知らないで。ちょっとイラッとしただけでボヤ騒ぎになる生活、1日でも経験してみろって感じだよね」
愚痴をこぼす穂村さんの口調は普段に比べるといくぶん早口で強く、おそらくこっちの方が、瀬戸のよく知る彼女の本来の姿に近いのだろう。