2-10

文字数 1,890文字

 ふたりが解散するのを見届けたあと、昼食をとって帰ろうとフードコートに向かっている途中、穂村さんからメッセージが届いた。

『またこの間の喫茶店で!』

 前回と違い、断るという選択肢は用意されていないようだった。

 ちょうど外に出たタイミングで、穂村さんと鉢合わせた。

「今日もありがとね!」

「今回は僕、ほとんど何もしてないよ」

 それどころか注意を逸らし、迷惑をかけてしまった。

「そんなことないよ。居てくれるだけで、安心感が違うもん」

「さあ、行こう」と、先陣を切る彼女の後を追う。

 駅前の道は人通りが多く、制服姿もちらほら目に映る。こんなところを同級生にでも見られたら厄介なことになる。だいたい、穂村さんは嫌じゃないのだろうか、こんな冴えない奴が隣を歩いていて。それも佐伯先輩と一緒にいた直後に。

 そっと横目で(うかが)うと、ちょうど同じくらいの高さに目がくる。ついさっきまで追っていた、高低差のあるふたりの後ろ姿が浮かんで、慌ててかき消した。

 喫茶店はこの日も()いていて、前回と同じ席に座った。飲み物も前回と同じくコーヒーとカフェオレをそれぞれ選び、昼食がまだだったので、サンドイッチも注文した。

「いやー、ゲームセンターではちょっと焦ったね!」

 穂村さんは明るい声で言う。

「急に怒鳴るんだもん。びっくりしちゃった。あんなに怒ることないよね」

「僕が遊んでたせいで、ごめん」

 顔を見られなくて、テーブルの木目に向かって言う。

「そんな、樋上くんのせいじゃないよ。わたしの方こそ、面倒なことに巻き込んじゃってごめんね」

「それは全然、構わないけど……」

 けど、の後がつながらない。店内のBGMとして流れるトランペットのメロディが、間を埋めてくれていた。

 助け舟を出すように、穂村さんが口を開いた。

「だいたいさ、ひとりでバスケしてるところ見せられたって、つまんないよ。そりゃあ、わたし、ゲームは下手くそだけど、下手は下手なりに楽しんでたのに。だから、一番悪いのは、やっぱり佐伯さんだね」

 そう言って愉快そうに笑ったあと、「そういえばさ!」と両手を合わせた。

「この前、お母さんが一緒にお父さんを説得してくれて、もう少し遅い時間帯でも遊びに行って良いことになったんだ!」

「それは、おめでとう」

「ありがと! これでやっと、友達と晩御飯食べにいったりなんかもできるよ。夜のファミレスとか、高校生っぽいよね。この辺にあったっけ?」

 喫茶店を出て、駅とは反対方向に10分ほど歩くと、ファミレスが1軒ある。そう伝えると、せっせと携帯で調べ始めた。

「ほんとだ! 向こうにはあまり行ったことないから知らなかった。今日はそっちに行けば良かったかな、お腹空いてるし」

 頼んだものがやってくると、穂村さんはサンドイッチに舌鼓を打った。

「樋上くんは文理選択、どっちにする?」

 僕らの高校では、2年生から進路に合わせて、文系と理系のクラスに分かれるようになっている。その希望調査票が先週配られたところだった。

「理系かな。熱のこととか、やっぱり興味あるし」

「はえ~そっか~……じゃあ、来年も違うクラスかなぁ」

 穂村さんはがっくりと肩を落とす。

「同じクラスだったら、学校でももっと助けてもらえるのに」

 悪戯っぽく笑う彼女に、僕も「そうだね」と笑顔を作った。

 先にサンドイッチを食べ終わって手持ち無沙汰になると、話題を探して足元に置かれた荷物置きに目をやった。穂村さんの手提げ鞄がひとつ、入っている。

「佐伯先輩が見立ててくれた服は買わなかったの?」

「服? ああ、あれね。うん、迷ったんだけど、やっぱりわたしには難しいかなって」

 どんなものかは知らないが、穂村さんが着こなせない服なんて一体誰が購入するのだろう。

「なんかね、佐伯さんはけっこう派手なファッションが好きみたい。ギャル! って感じの。ミニスカートとか、肩が出てるニットとか。ちょっと勇気いるよね。あと寒いし」

 そう言って、サンドイッチを口に運ぶ。豪快に頬張る姿は、佐伯先輩の前では決して見せないものだろう。当然だ、先輩と僕とじゃ、生まれた星が違うのだから。比べる方がどうかしている。そもそも、異性という認識すらされていないからこそ、こうやってデート終わりにも関わらず、ためらいもなく一緒にいてくれる。頭では分かっているのだけれど、胸が苦しくなって、込み上げてくるものを抑えることができなかった。


「どうしたの?」

 穂村さんの一言で、はっと顔を上げる。僕は氷のように冷えてしまったコーヒーをさっと口にして、急にアイスコーヒーが飲みたくなったのだと言った。穂村さんは不思議そうに瞬いた。
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