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文字数 1,924文字

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「あのあとくらいから、お前も少し変わったよな。なんとなく人を避けるようになった」

「僕はもともと、人が苦手だから」

「一緒に学校行かなくなったのも、あれからすぐだったな。朝は体調が悪いとかなんとかって」

「あれは……たしか不登校になりかけてたんだよ。学校が嫌すぎて。地味で冴えない、そのうえ運動もできない男子にとって中学校というのは、息がしづらい場所なんだ」

 君には分からないだろうけど、という言葉をぐっと飲みこんだ。

「ちょうど思春期に入りかけてた時期に、たまたまあんなことがあったってだけで、あれがきっかけで急に変わったわけじゃない」

 たまたまだよ、と繰り返すと、瀬戸は何か言いかけてやめたあと、意を決したように口を開いた。

「小学生のころ、お前もちょくちょく、逃げるようにしてどこか行くことあったろ」
 
「……そうだっけ?」

「そうだよ。青ざめた顔で離れる様子が、穂村とそっくりだったから印象に残ってるんだ。最初に気づいたのは、俺が転校してきてすぐのころだった。たしか廊下で──」

 ずきりと、胸の痛みがよみがえった。僕らの通っていた小学校では2年ごとにクラス替えがあり、瀬戸が転校してきた春もその年にあたっていた。それまで、僕には4年間クラスが同じで、頻繁に行動を共にしていたふたりの友人がいた。クラス替えによってひとりとは別れてしまったが、もうひとりとは同じで、残りの2年間も彼と仲良くできると信じ込んでいた。

 進級して間もない休み時間、廊下で、彼が別のクラスメイトと話しているところに出くわした。ふたりは僕には気づいておらず、放課後に何人かで遊ぶ約束をしているようだった。

 クラスメイトが「樋上も呼ぶ?」と彼に尋ねた。その子と同じクラスになったのは初めてで、早とちりして身構えた僕の耳に入ってきたのは、思いがけない言葉だった。

「嫌だ、あいつがいるとつまんねえもん」

 僕は頭を殴られたような衝撃と、押し寄せてくる冷たい胸の痛みに襲われ、その場を逃げだした。

「次に見たのがその年の秋で、運動会に向けてリレーの練習をしてる時だった。最後の方でお前が抜かれて、そのままの順位で終わったことがあった。馬鹿な奴らが『樋上のせいだ』って聞こえよがしに話してて、気になって探したら、お前は青い顔して中庭の方に走っていってた」

「よく覚えてるね、そんなこと。あまり覚えてないけど、泣きそうになったから、慌てて隠れたんだろう、きっと」

「最初は俺もそう思ったよ。けど、どうも雰囲気が違った。泣きそうと言うより、何かに怯えてる感じに見えた。穂村と同じだ。だから俺は、こっそりついていったんだ」

 思わず、声が出た。

「お前は中庭の池の前に突っ立って、涙を流すわけでもなく、(うつ)ろな表情でただぼーっと水面をみつめてた。あれはいったい何してたんだ? お前らが親しいのと、関係してたりしないか?」

 頭をフル回転させて、言い訳を探した。しかし妙案は浮かばない。下手に誤魔化したとして、瀬戸にはまだ隠し持っているものがあるかもしれない。突きつけられれば、完全に手詰まりになってしまうほどの。それならば、早い段階で多少身を切ってでも逃げ道を切り開いておくべきだ。僕はまっすぐ、見つめ返した。

「その通りだよ。僕らは気持ちが(たかぶ)ったり、逆に沈んだりすると体調を崩してしまう体質みたいで、原因はよく分からないんだ。基本的にはすぐに(おさ)まるし、腫れ物扱いされても困るから、先生たちにも伝えてない。あの日、怪我をしたときも、その発作が起こっちゃって、それをたまたま穂村さんに見られたんだよ。症状が似てたから、同じような体質だって分かって、それで交流するようになって、対処法とか悩みを共有する間柄になった」

 瀬戸はまた、腕を組んで俯いた。本当に隠す必要があることを守り抜くためには、まだ足りないようだ。

「それで、瀬戸の言うように、僕らがあまり学校で話さなくなった理由だけど」

 瀬戸はゆっくりと顔を上げた。シーソーのように、今度は僕が顔を伏せる。

「簡単に言うと、好きになってしまったんだ、穂村さんのことを」

 声が震えた。顔が熱い。笑われたり、呆れられたりするのではないかと、恐る恐る視線を上げると、神妙な面持ちが見えて、何とか話を続けることができた。

「だけど、穂村さんは佐伯先輩のことが好きで……それで、一緒にいるのが苦しくなって、僕の方から適当なこと言って、距離を置くようにした。ほんと、馬鹿みたいだよね。少し仲良くなっただけで、好きになってしまうなんて。相手にされないのなんか、分かってたはずなのに」

 視線をテレビ画面に戻す。部屋はまるでゲームの世界のように、時が止まってしまったかのようだった。
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