2-7
文字数 1,545文字
中学に上がって精悍 さも兼ね備えた瀬戸は、女子たちから憧れの的となった。その評判は学年の垣根を超え、上級生が教室に覗きにくることも珍しくなかった。
しかし当の本人はまるで無関心で、活発な男子たちから声をかけられても仲間に加わることはなく、僕と変わらずに接してくれた。そんな人気者と僕が行動を共にしているものだから、他の小学校出身の同級生たちは当然疑問に思う。
『ただ近所ってだけで、ずるいよな』
そのようなことを囁 かれたり、直接言われたりもした。彼らの言う通り、何か秀でたものがあるわけでもない僕が瀬戸と繋がりがあるのは、ただ家が近くて、一緒にいる時間が長かったからだ。
「あいつ、物持ちがいいところがあって、傘とか筆記用具とか、中学に入った時からほとんど変わってないし、ハンカチなんかは小学生のときからずっと同じのを使い続けたりしてるんだよね」
穂村さんは興味深そうに耳を傾けた。
「だから、人間関係においてもそういうところがあるのかなって。惰性 で付き合ってくれてるというか……今だって、あいつが他の同級生 とあまり関わろうとしないのは、僕に気をつかってるんじゃないかと思うことがあるよ。僕がひとりにならないように。ああ見えて、結構優しいから。あれほど何でもできるんだし、いくらでも輪の中心になれるのに」
吐き出してしまったあと、ふと我に返って横を向くと穂村さんと目が合って、すぐにまた逸らす。
「ああ、ごめん。なんか後ろ向きなこと言っちゃって。こんなこと聞かされたって、困るよね」
気落ちするようなことがあると、転がり落ちるようにどんどん悲観的な方向に行ってしまう。昔からの悪い癖だ。呆れられてしまっただろうなと俯いていると、予想外の言葉が返ってきた。
「光栄だなぁ、いつも感情を抑えてる樋上くんが、本音で話してくれるなんて」
車道の信号が赤に変わって生まれた音の隙間を、穂村さんが「けどさ」と埋める。それまでとは打って変わり、真剣なトーンだった。
「なかなか、弱音とか愚痴って吐けないよね。気持ちが溢れ出しちゃって、止められなくなるのが怖いから。さっきはああ言ったけど、よくよく考えると、わたしも似たようなところ、あるかもなぁ」
西日が、物憂 げな横顔を赤く照らす。視線に気づいたのか、ゆっくりとこちらに顔を向けた。先ほどとは逆の立場で視線がぶつかって、大きなその目を細める。
「これからはきっと、たくさん樋上くんに付き合ってもらうことになるよ。相手が樋上くんだったら、何も心配いらないもんね」
泣きそうなときの胸のほてりを冷ます方法ならいくつか知っている。だけど、それとは違うこのざわめきは、どう抑えたらいいのだろう。ろくに返事を返すことさえできずに、ただ曖昧な笑みを浮かべるばかりだった。
横断歩道につくと、穂村さんがすっと前に出た。くるりと90度向きを変え、足を止める。
「心配することないと思うよ」
「え?」
「瀬戸くんのこと。こう言っちゃなんだけど、彼、そんな風に気づかうようなタイプには見えないもん。実際、楽しそうだったし。あんなに他人 に気を許してる姿、初めて見た。自信を持ったらいいと思うよ」
信号が変わり、穂村さんは「じゃあね」と歩き出した。僕も「また」と応えて横断歩道を渡る。白と黒の縞模様を見ながら、実際に関心があるのは本人ではないとはいえ、瀬戸についての話題の中で、こんなにも自分にも触れられたのは初めてだと思った。
横断歩道を渡り切ったところで微熱を感じて反射的に振り返った。道の向こうで穂村さんが笑っていた。まるで手を振るように、彼女のすぐそばで熱を帯びた風が左右に揺れている。僕も真似して冷たい風を起こすと、穂村さんは仰け反るような仕草を見せたあと、また嬉しそうに笑った。
しかし当の本人はまるで無関心で、活発な男子たちから声をかけられても仲間に加わることはなく、僕と変わらずに接してくれた。そんな人気者と僕が行動を共にしているものだから、他の小学校出身の同級生たちは当然疑問に思う。
『ただ近所ってだけで、ずるいよな』
そのようなことを
「あいつ、物持ちがいいところがあって、傘とか筆記用具とか、中学に入った時からほとんど変わってないし、ハンカチなんかは小学生のときからずっと同じのを使い続けたりしてるんだよね」
穂村さんは興味深そうに耳を傾けた。
「だから、人間関係においてもそういうところがあるのかなって。
吐き出してしまったあと、ふと我に返って横を向くと穂村さんと目が合って、すぐにまた逸らす。
「ああ、ごめん。なんか後ろ向きなこと言っちゃって。こんなこと聞かされたって、困るよね」
気落ちするようなことがあると、転がり落ちるようにどんどん悲観的な方向に行ってしまう。昔からの悪い癖だ。呆れられてしまっただろうなと俯いていると、予想外の言葉が返ってきた。
「光栄だなぁ、いつも感情を抑えてる樋上くんが、本音で話してくれるなんて」
車道の信号が赤に変わって生まれた音の隙間を、穂村さんが「けどさ」と埋める。それまでとは打って変わり、真剣なトーンだった。
「なかなか、弱音とか愚痴って吐けないよね。気持ちが溢れ出しちゃって、止められなくなるのが怖いから。さっきはああ言ったけど、よくよく考えると、わたしも似たようなところ、あるかもなぁ」
西日が、
「これからはきっと、たくさん樋上くんに付き合ってもらうことになるよ。相手が樋上くんだったら、何も心配いらないもんね」
泣きそうなときの胸のほてりを冷ます方法ならいくつか知っている。だけど、それとは違うこのざわめきは、どう抑えたらいいのだろう。ろくに返事を返すことさえできずに、ただ曖昧な笑みを浮かべるばかりだった。
横断歩道につくと、穂村さんがすっと前に出た。くるりと90度向きを変え、足を止める。
「心配することないと思うよ」
「え?」
「瀬戸くんのこと。こう言っちゃなんだけど、彼、そんな風に気づかうようなタイプには見えないもん。実際、楽しそうだったし。あんなに
信号が変わり、穂村さんは「じゃあね」と歩き出した。僕も「また」と応えて横断歩道を渡る。白と黒の縞模様を見ながら、実際に関心があるのは本人ではないとはいえ、瀬戸についての話題の中で、こんなにも自分にも触れられたのは初めてだと思った。
横断歩道を渡り切ったところで微熱を感じて反射的に振り返った。道の向こうで穂村さんが笑っていた。まるで手を振るように、彼女のすぐそばで熱を帯びた風が左右に揺れている。僕も真似して冷たい風を起こすと、穂村さんは仰け反るような仕草を見せたあと、また嬉しそうに笑った。