3-1

文字数 1,598文字

 話を切り出したのは、2回目の付き添いから1週間が経った日曜日の夜だった。

 夕飯のあと、何度も書き直したメッセージを送った。内容は、次回のデートはもう自分の付き添い無しでも大丈夫ではないかということと、変な噂が立って佐伯先輩の耳に入らないよう、自分とは距離を置いた方が良いのではないかということだ。

 返信はすぐにあった。

『何かあった?』

 間を置かずに返す。

『別に、何もないよ』

 1分ほど空いて、

『今、通話できる?』

 と返ってきた。想定しておらず躊躇(ためら)われたが、

『大丈夫』

 と返した。携帯のバッテリー残量が減っていたため机の上の充電器に繋ぐ。すぐに着信音が鳴った。

「もしもし、樋上くん?」

 電話越しに聞こえる声は、いつもより近く感じて体が熱くなった。携帯を握りしめ、「うん」と答える。

「穂村だけど。えっと、さっきのことで、急だったから、ちょっとビックリして、もう少し理由とか聞きたいかなって……やっぱり大変だった?」

「いや、大変とかではなくて……単に、この間もだいぶ落ち着いてたし、いつまでも僕が付いて行くのも変だと思ったから」

「それはそうかもしれないけど、まだちょっと心細いかな……」

「穂村さんなら大丈夫だよ。普段学校でも、なんの問題もないし」

「学校で普通に過ごすのとは、訳が違うよ」

「ああ、うん……そうだね、ごめん、適当なこと言った。けど、大丈夫だっていうのは真剣に考えた結果だよ。それにこの先、僕がいたら邪魔になることもあるでしょ?」

 戸惑うような声が続いたあと、小さく「分かった」と返事があった。

「頑張ってみる。けどさ、学校で話したりするのは別によくない? 先輩だって、普通に他の子と仲良くしてるし」 

「それは……念のためだよ。この前ゲームセンターで顔を見られてるし、また何かあるとまずいから。穂村さんはうちのクラスでも有名で、ちょっとしたことでも騒ぎになるんだ」

「そんな、大袈裟だよ」

「そんなことないよ。前に映画のBlu-rayを貸してくれたときも、クラスの男子に問い詰められたんだから」

「え、そうなの?」

「うん。だから、僕みたいなのが話したりしてると、やっぱり『何だあいつ』ってなる。(はた)から見たら不自然で、余計に目立つんだよ。僕らが一緒にいるのは」

「不自然? どういうこと?」

「それは……何て言うかその……アンバランスというか……」

「アンバランス?」

 穂村さんの声色が低く暗くなっていく。それでも、なんとか言葉を絞り出す。

「だから、穂村さんが関わる相手として、僕はあまりにも不釣り合いなんだよ」

 息を呑む音が聞こえた。手に汗が滲む。

「誰かに何か、言われたの?」

「そういうわけじゃないけど、みんなそう思ってるよ」

「わたしは、そんなふうに思ったことなんてない」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、みんながみんな、余裕があるわけじゃないんだ。どうしても人と比べてしまって、自分よりも優れた人を見たら焦ったり落ち込んだりするし、そうでない人を見たら安心する。きっと僕は、クラスの中でも安心して下に見れる存在だったのに──」

 聞こえてくる言葉を無視して一気に吐き出す。

「そんなやつが穂村さんと話したりしているものだから、納得できないのが普通だよ。正直、辛いときがあるんだ、そういう視線を受けるのが」

 聞こえ続けていた声がぴたりと止まった。携帯が熱を帯びてきて、思わず耳から離す。彼女の感情を源とするエネルギーが電話越しに伝わってきたのかと思った。しかしなんてことない、充電中のバッテリーが熱を発しているのだ。再び耳に近づけたところで、声が聞こえてきた。

「……分かった。樋上くんが辛いなら、仕方ないよね。無理させちゃって、ごめん」

「いや……こちらこそ」

 ぎこちない挨拶のあと通話を切り、ベッドに身を投げた。ため息が白くのぼる。窓には結露ができていた。

 仕方ない。

 自分でももう一度、そう言葉にしてみた。
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