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文字数 1,616文字
「2学期が始まってすぐのころ、体育のバスケで僕が怪我したこと覚えてる?」
体育の授業は1組と2組の合同で受けることになっているから、あのときは瀬戸も同じ体育館にいた。
「あのとき、保健室が閉まってたから外の手洗い場で冷やしてたんだけど、穂村さんがたまたま向かいの体育館から見てて、気にかけてくれたんだ。それが知り合うきっかけで、あとはたぶん、僕がひとりでいることが多いから、気をつかって話しかけてくれるんだと思う」
嘘はついていない。極端に不自然な点もないはずだ。しかし瀬戸は腕を組んで険しい表情をしていた。つい、どうかしたのかと尋ねてしまう。
「いや……その話を聞く限り、最初からあいつの方から関わろうとしてる感じだよな」
「まあ、そうかも」
「それが少し不思議で」
「……」
うまく平静を装えなかったのか、瀬戸は「そうじゃない」と言った。
「別に、樋上だからってわけじゃない。相手が誰であろうと、あいつがここまで積極的に人と関わろうとしてるのが不思議なんだ」
今度は僕が首を傾げる番だった。彼女の性格を考えたら、何も不思議なことはない。
「その時はまだ知らないはずだし……」
話の流れが全く理解できない僕を置いて、瀬戸はあごに手を当てて巡らせ始めた。たまらず説明を求めると、少し間があってから顔を上げた。
「あいつ、クラスではあまり自分から人に話しかけたりしないんだ」
「そうなの? 休み時間とか、よく友達と話してるイメージだけど」
「一部の仲良い女子たちとはな。話しかけられれば愛想よく対応してるから、人と接するのは今も別に嫌いじゃないんだと思う。けど、自分からはほとんど行かない。入学して1週間くらいは、誰とも口をきかなかったんじゃないかってくらい」
にわかには信じがたい話だが、嘘を伝えられる筋合いもない。瀬戸と話したりはしなかったのかと訊くと、入学前に彼の方から関係を隠すように頼んだのだと言う。彼女に近づきたがる男子たちの相手をするのが嫌だったそうだ。
「それに、学校での立ち振る舞いがあんなに変わってるなんて知らなかったからさ。小学生のころは、クラスの全員と友達になろうとするようなやつだったんだけど」
僕が思い描く人物像としても、その方がしっくりくる。
「気が強くて、男子たちともよく喧嘩してたよ」
へぇ、と声が出た。そんな姿、想像もできない。
「怒ったあいつはめちゃくちゃ怖いからな。何か揉めてるなら、早めに謝っておいた方がいい」
「だから、そんなんじゃないって」
そう言って笑うと、瀬戸も少しだけ笑った。そして今度は少し声のトーンを落とした。
「ただ身体が弱くて、しょっちゅう熱を出して学校休んでたな。何度か大きい病院で精密検査なんかも受けてたみたいだし」
そこで一旦言葉を切って濁したあと、思い切ったようにまた口を開いた。
「これは俺の推測でしか無いから、話半分で聞いてくれたらいいけど、どうも感情が昂 ると、身体がそれについていけないみたいなんだ。教室で同級生と言い合ってる最中、急に顔色悪くなったかと思えば、飛び出して、そのまま早退ってことが何度かあって。あいつが変わったのって、そういうところも関係してんのかなって」
顔がこわばりそうになるのを必死にこらえた。まさかそこまで考えていたとは。
「だから、どうして樋上には昔みたいに自分から歩み寄っていくんだろうって、ずっと不思議だったんだ。クラスでよく話してる女子たちと比べても、心を開いてるようだし」
瀬戸は問いかけるような目で見つめてくる。僕は視線を外し、首を横に振った。
「僕に訊かれたって分からないよ。だいたい、穂村さんは誰に対しても分け隔てなく、話しかけたりする人だと思ってたんだから」
「それはまあ、そうだよな」
ゲームを再開する形で話を切り上げようとしたのを、瀬戸の声が制した。
「話変わるけど、中学のとき、ゲーセンでガラ悪いのに絡まれたことあったろ?」
「……そんなこともあったね」
体育の授業は1組と2組の合同で受けることになっているから、あのときは瀬戸も同じ体育館にいた。
「あのとき、保健室が閉まってたから外の手洗い場で冷やしてたんだけど、穂村さんがたまたま向かいの体育館から見てて、気にかけてくれたんだ。それが知り合うきっかけで、あとはたぶん、僕がひとりでいることが多いから、気をつかって話しかけてくれるんだと思う」
嘘はついていない。極端に不自然な点もないはずだ。しかし瀬戸は腕を組んで険しい表情をしていた。つい、どうかしたのかと尋ねてしまう。
「いや……その話を聞く限り、最初からあいつの方から関わろうとしてる感じだよな」
「まあ、そうかも」
「それが少し不思議で」
「……」
うまく平静を装えなかったのか、瀬戸は「そうじゃない」と言った。
「別に、樋上だからってわけじゃない。相手が誰であろうと、あいつがここまで積極的に人と関わろうとしてるのが不思議なんだ」
今度は僕が首を傾げる番だった。彼女の性格を考えたら、何も不思議なことはない。
「その時はまだ知らないはずだし……」
話の流れが全く理解できない僕を置いて、瀬戸はあごに手を当てて巡らせ始めた。たまらず説明を求めると、少し間があってから顔を上げた。
「あいつ、クラスではあまり自分から人に話しかけたりしないんだ」
「そうなの? 休み時間とか、よく友達と話してるイメージだけど」
「一部の仲良い女子たちとはな。話しかけられれば愛想よく対応してるから、人と接するのは今も別に嫌いじゃないんだと思う。けど、自分からはほとんど行かない。入学して1週間くらいは、誰とも口をきかなかったんじゃないかってくらい」
にわかには信じがたい話だが、嘘を伝えられる筋合いもない。瀬戸と話したりはしなかったのかと訊くと、入学前に彼の方から関係を隠すように頼んだのだと言う。彼女に近づきたがる男子たちの相手をするのが嫌だったそうだ。
「それに、学校での立ち振る舞いがあんなに変わってるなんて知らなかったからさ。小学生のころは、クラスの全員と友達になろうとするようなやつだったんだけど」
僕が思い描く人物像としても、その方がしっくりくる。
「気が強くて、男子たちともよく喧嘩してたよ」
へぇ、と声が出た。そんな姿、想像もできない。
「怒ったあいつはめちゃくちゃ怖いからな。何か揉めてるなら、早めに謝っておいた方がいい」
「だから、そんなんじゃないって」
そう言って笑うと、瀬戸も少しだけ笑った。そして今度は少し声のトーンを落とした。
「ただ身体が弱くて、しょっちゅう熱を出して学校休んでたな。何度か大きい病院で精密検査なんかも受けてたみたいだし」
そこで一旦言葉を切って濁したあと、思い切ったようにまた口を開いた。
「これは俺の推測でしか無いから、話半分で聞いてくれたらいいけど、どうも感情が
顔がこわばりそうになるのを必死にこらえた。まさかそこまで考えていたとは。
「だから、どうして樋上には昔みたいに自分から歩み寄っていくんだろうって、ずっと不思議だったんだ。クラスでよく話してる女子たちと比べても、心を開いてるようだし」
瀬戸は問いかけるような目で見つめてくる。僕は視線を外し、首を横に振った。
「僕に訊かれたって分からないよ。だいたい、穂村さんは誰に対しても分け隔てなく、話しかけたりする人だと思ってたんだから」
「それはまあ、そうだよな」
ゲームを再開する形で話を切り上げようとしたのを、瀬戸の声が制した。
「話変わるけど、中学のとき、ゲーセンでガラ悪いのに絡まれたことあったろ?」
「……そんなこともあったね」