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文字数 2,193文字

「小学5年生の春に、瀬戸がクラスに転校してきて」

「うんうん」

「たまたま家が近かったから、担任の先生に『慣れるまで一緒に登下校してやれ』って言われたのが最初かな」

 裏門を出てすぐの分かれ道を、右手に進む。下り坂は続き、勾配はさらに急になる。

「そのときは他にもたしか、3人だったかな、同じように近所の子が一緒だったんだけど、瀬戸は昔から今みたいな感じで……いや、もっとひどかったかも。話しかけられても生返事ばかりだったから、そのうち、ひとり、ふたりと抜けて行って、5月にはもう、僕と瀬戸だけになってた気がする」

 今でも瀬戸は中性的な顔立ちをしているが、転校してきたばかりの彼は誰がどう見ても女の子だった。(はた)からは男子グループに女子がひとり混ざっているように見えただろう。小学校の高学年といえば、女子と一緒に行動するのをからかわれる年頃で、彼らにとってはそれも嫌だったのかもしれない。まだ中学以降ほど女子たちから人気があるわけでもなかったから、当時の瀬戸は僕以上に孤立していたように思う。

「樋上くんは、どうして他の子みたいに離れていかなかったの?」

「あんまり覚えてないけど、僕も他に一緒に帰るような友達がいなかったし、黙々と歩くのも嫌じゃなかったんじゃないかな。あとは、変に真面目だったから、先生の言いつけは守らなきゃって思ってたとか。前に、うちは特に制限ないみたいなこと言ったけど、思い返すと、ひとつひとつの約束事はしっかり守るよう(しつ)けられてた気がする」

「ああ、うちも分かるかも。結局、反発する勇気は無いもんなぁ」

「反面、融通が利かなくて、仲間内で家や学校のルールを破るようなことをしようとすると(とが)めちゃったりしてたから、僕も浮いてはいたんだよね。だから感じの悪い言い方になるけど、きっと僕にとっても都合が良かったんだ。まあ向こうからしたら『ひとりで歩きたいのに何だこいつ』って感じだったかもしれないけど」

 穂村さんは「そんなことないよ」と笑った。

「ふたりになってからも会話はほとんどなかったけど、別に気まずいとかは思わなかったな。瀬戸の方も、ちゃんと待ち合わせ場所で待っててくれたりして」

「馬が合うってやつじゃない?」

「どうだろう。性格も全然違うけど」

「そう? 雰囲気とか少し似てると思うよ」

「瀬戸と僕が?」

 穂村さんはいたって真剣な表情でうなづいた。

「うん。なんていうかこう、テンションが似てる気がする。落ち着いてて、達観してる感じ? 思慮深いっていうのかな。あと、本が好きなところなんかも一緒だよね」

「そんなこと初めて言われた」

 思いもしない言葉に、苦笑してしまう。

「瀬戸は本当に落ち着いてると思うけど、僕は頑張って抑えてる感じだから、実際のところは全く違うよ」

「抑えてるっていうのは、やっぱり

があるから?」

「ああ、うん、そうだね」

 道の両脇に民家が現れ始める。夕飯の支度だろうか、出汁(だし)の美味しそうな香りと、鍋を温めているであろう火の気配がした。

「じゃあさ、わたしといるときは我慢する必要ないよ。冷気がバッと出てきても、サッと止められるから!」

「それはそうかもしれないけど……えっと、瀬戸の話だよね」

「あ、そうだった」

「あそこを曲がってしばらくしたら、交差点があって、僕はそこの信号を渡るけど、駅へはまっすぐだから、たぶん一緒に歩けるのはそこまでかな」

 坂道が終わり、国道に出る。右折して、道なりに歩いた。

「毎日一緒に歩いているうちに、仲良くなったの?」

「うん、まあ……そんな感じ。2学期からは、お互いの家で遊ぶようになったりもして。あと、瀬戸のお母さんが家で書道教室をやってるから、それにも一緒に通ったな」

 この道は交通量が多く、自然と声が大きくなる。

「書道教室? 良いなー!」

「僕は中学の途中でやめちゃったけど、瀬戸はずっと続けてて、今も書道部だよね」

「もうやらないの? また一緒に部活でやればいいじゃん」

「あんまり大人数は得意じゃないから、部活とかはちょっと気が引けるかな……力が制御できなくなったとき、周りに人がいると危ないし」

「えー、せっかくの高校生活だよ? もったいない! 力のことが心配ならさ、茶道部は? メンタル鍛えられるし、万が一があってもわたしの力で抑えられるよ」

「そうだね……考えとく」

「お願いね!……ってそうそう、また脱線してた。それで、一緒に登下校してただけ? なんかこう、グッと距離が縮まる決定的な出来事とかは無かったの?」

「決定的なこと? そうだな……」

 交差点の角に建つコンビニの看板が見えてきた。たしかちょうど瀬戸が転校してきたころだった。あのコンビニができたのは。以前にどんな建物が建っていたかはもう思い出せない。

「これと言って思いつかないな。一見、近寄り難いかもしれないけど、そこまで気難しくもないし、根気よく話しかけてれば心を開いてくれると思うよ」

 穂村さんは「ふむ」と腕組みをして、視線を宙に這わせた。10秒ほどそうしていたあと、にこりと微笑んだ。

「そっか、特効薬みたいなものはないんだね。ありがとう、参考になった」

 何度見ても、直視するのがはばかられるような眩しい笑顔ではあるが、その声にはどこか落胆の色があった。彼女とその友達はきっと、状況を打開するとっておきの一手を望んでいたのだろう。それを答えることができない自分にがっかりした。
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